「もてないうた」早川義夫の心に沁みる歌声を聴け!

putchees2005-10-22


バカなアマチュアバンド


数年前まで、ぼくはプッチーズThe Putcheesという
マチュアバンドで、メンバー共通の友人である、
ひとりのもてない男性をモチーフにした歌を
次から次に作っていました。


その人がもてなくて、
オナニーばかりしているっていう歌です。


そんな歌ばっかりで、
しまいにはCDまで作ってしまいました。


宴会の余興同然のバンドでしたが、
なんでそんなバカなことをしていたのかと問われると、
面白かったからとしかいいようがありません。


ラブソングなどはこっぱずかしくて、まったく作る気がしませんが、
もてない男が自己完結的にオナニーしているさまなら、
どういうわけか、いくらでも歌のモチーフになりました。


フツウと感覚が逆のようです。
変態だと思われても仕方ありません。


もちろん、人には言えない恥ずかしいことをやっているという
認識はあるのです。


ほかの人からはまったく理解できないことでしょうが、
ぼくたちはそんな歌を大まじめに作っていました。
作曲のためのミーティングでは、歌詞やメロディについて
メンバー同士が口角泡を飛ばすこともしばしばでした。


バカとしか言いようがありません。


しかし、バカバカしいことほど、
真剣にやらないと面白くなりません。


だいたい、アマチュアバンドの歌なんて、
誰が聴きたがるものですか。


それなら、よっぽどくだらない歌を作ったほうが、
陳腐なラブソングなんかより
面白がってもらえるのではないか、と考えていました。


しかし、ぼくらの歌は
度を超してくだらなさすぎたと今では思っています。

もてない男


ぼくらの歌のモチーフにされていた男性は、
どういうわけかもてないので、
30代半ばになるまで童貞を守っていました。


そういう人は、世の中に大勢いるように思われます。


ただ、それをわざわざ歌にしようという人は、
ぼくらを除いてあまりいないでしょう。


さて、少し前の朝日新聞で、ミュージシャンの早川義夫
帰ってきたもてない男」(小谷野敦著・ちくま新書
という本の書評をしていました*1


それを読んで、ぼくはまったく適任だと思ったのでした。
別に早川義夫もてない男だからではなくて*2
彼が過去に「もてないおとこたちのうた」という曲を歌っているからです。


きょうは、その曲が収録されているアルバムを紹介しようと思います。

本日のCD


早川義夫
「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」(1969)


ASIN:B00006C1OY

曲目

1.わらべ唄
2.もてないおとこたちのうた
3.無用ノ介
4.シャンソン
5.サルビアの花
6.NHKに捧げる歌
7.聖なるかな願い
8.朝顔
9.知らないでしょう
10.枕歌
11.しだれ柳

たいへん有名なアルバムですが


このアルバムは、名前だけは有名なので、
知っている人も多いでしょう。


日本のポップスの伝説的アルバムといっても
いいかもしれません。


しかし、実際に聴いたことがある人は、
ほとんどいないのではないでしょうか。


早川義夫(はやかわ・よしお1947〜)は、伝説のバンド
ジャックスJACKSのリーダーとして知られています。


ジャックスの音は、いまの耳には、
いかにも古くさくて貧乏くさく聞こえます。
それも無理からぬことです。なにしろ60年代ですから。


この「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」では、
早川義夫はピアノ、もしくはギター、オルガンの弾き語りをしています。


伴奏のシンプルさ(というより貧弱さ)が、
サウンドが古びるのをなんとか防いでいます。


聴くなら、ジャックスよりこちらをすすめます。


早川義夫自身によるライナーノーツには「時代遅れの歌」と
書かれています。


1969年の時点で、すでに時代遅れのもてないアルバムだったようです。
本レビューで紹介するのにふさわしいではありませんか。

暗い、そして古い


アルバムの1曲目は「わらべうた」という暗い歌です。
あまりに暗いので、ここでいきなりザセツする人が大勢いそうです。
早川義夫の声は生なましくて、ほとんど痛々しいほどです。


くだんの「もてないおとこたちのうた」は、
続く2曲目に収められています。


もてない男の心情を歌う、一種のコミックソングです。
これを初めて聴いたときは、
ぼくたちプッチーズの先駆者がこんなところにいたのかと、
同志を見つけた思いでした。


しかし残念ながら、この歌はさして印象的ではありません。
まじめなのかふざけているのか、中途半端な感じがいただけません。
それにコミックソングは一般に、古びるのが早いようです。
同様に、NHKを風刺した「NHKに捧げる歌」も、時事風刺なので
古くさくて聴くに堪えません。


しかし、陰気でつまらない曲だけではありません。
たいへん印象的な曲が、このアルバムには収められています。
「無用ノ介」「朝顔」の2曲です。

感動的な2曲


「無用ノ介」は、1967年から1970年まで
週刊少年マガジン」(講談社)で連載されていた
さいとうたかをによる同名の劇画がモチーフのようです*3
一匹狼の刺客を主人公とする時代劇画です。


この曲は、日本音階を使った多分にセンチメンタルな歌です。
ピアノの孤独な伴奏と、バックに流れる機械的な乾いたリズムが印象的です。


早川義夫の、のどから絞り出すような歌声が感動的です。
聴いていると、孤独なさすらい人の後ろ姿がうかんできます。
木枯らしに吹かれながら聴きたい歌です。


朝顔」は、このアルバムのクライマックスと呼べるかもしれません。


ピアノの陰鬱なイントロから始まります。
しかし、やがて驚くべき暗さから、
驚くべき明澄さへと変化していきます。


伴奏が途中でピアノからオルガンに引き継がれます。
歌はいっそうのびやかになり、空気が澄み渡ってくるようです。


そして、歌声は歌詞の通りに、空の彼方へ消えていきます。


決して複雑ではありませんが、なんと豊かなメロディでしょうか。
聴くものの胸を打たずにはいません。


これに続く「知らないでしょう」も、迫力に満ちた歌です。


早川義夫の歌は、決してうまくありません。
しかし、飾り気がない歌声のほうが、聴き手の胸に迫るものでしょう。
これだけ丸裸の歌声を聴かせる勇気のあるシンガーは、そう多くないはずです。
いかにも陰気なアルバムですが、一度は聴いてみてもいいと思います。


ただ、こんな音楽を聴いていても、女の子にはぜったいに、
ぜったいにもてません。

もてる音楽をやるべきだった


深夜に近所の商店街を通ると、へたくそなギターをかき鳴らして、
へたくそな歌をがなりたてている若者が大勢います。


どんなへたくそな連中でも、その前でうっとりと演奏を眺めている
若い女の子がいて愕然とします。


ぼくらはもてるために、ああいう音楽をやるべきでした。


バンド仲間に会うと、いまからでも遅くないから
もてるような音楽をやるべきではないのか、と提案するのですが、
「どうせやらないくせに」と返されて答えに窮します。


まったくその通りなのです。
ひねくれているから、そういうことができないのです。
ぼくたちはどこかで道を誤ったようです。


商店街でギターを弾いてるような連中は、最初から
もてることが第一で、そのためにどうすればいいのか
わかっているのです。


もてない男は、けっきょくいつになってももてないようです。
プッチーズの歌のモチーフになっている友人のことを
おちょくっている場合じゃありません。


自分たちがいちばんもてないのです。


こんなレビューも書いてる場合じゃありません。
もっともてるブログを書くべきなのです。
恥も外聞も捨てて、
クールなもてる音楽のレビューを始めるべきなのです。


しかし「どうせそんなのやらないくせに」と言われるのが関の山なので、
今後もぼくは、もてないレビューを書き続けるのです。


今後ともよろしくお願いいたします。


(次回は伊福部昭の「交響組曲わんぱく王子の大蛇退治」をご紹介します)

*1:書評の全文が早川義夫のサイトに掲載されています→http://www15.ocn.ne.jp/~h440/book21.html ちなみに本の内容自体はどうということはありません。読んでみたら、ぼくのこのレビューと似通った部分があって、いやな気持ちになりました。

*2:彼自身は「自分はもてない」と主張しています。ウェブサイトを見ると最近の日記に「初めて合コンをした」とか書いてあって、ちょっと切ないです。

*3:69年には伊吹吾朗主演で連続ドラマ化(日本テレビ系)されています。