オーネット・コールマン日本公演に酔いしれる!(後編)

putchees2006-04-13


前編よりつづき


3月末に行われた、
オーネット・コールマンOrnette Coleman
来日公演の模様をレポートしています。


もてないジャズの筆頭ですが、
男らしい音楽がお好きな方は必聴のミュージシャンです。


興味のある方は、ぜひ前編からお読みください
id:putchees:20060410

オーネットは風呂場の演歌おやじ


それにしても、アルトサックスを吹くときの
オーネット・コールマンは、実に気持ちよさそうです。


この気まぐれなアドリブはどうでしょう。


暗いかと思えば明るくなるし、
速いかと思えば遅くなるし、
まだ続くかと思えば終わってしまうし、
まるでとらえどころがありません


ひとつの情緒にとどまることがありませんから、
ロマンチックな気分にひたることなどできません。


ぼくが「女にもてないジャズ」というゆえんです。


フツウは、こういう音楽を聴いていたら
いやになるものですが、オーネットに限っては、
それが最高に気持ちいいのですから、ほんとうに不思議です。


彼の吹くアドリブにどっぷりつかって、あてのない
音の流れに漂うことは、無上の喜びなのです。


こうして彼の演奏を聴いていると、ぼくの脳裡に
むくむくと湧いてくるイメージがあります。


風呂に浸かって、いい気分で歌っているおっさんです。


「ここで〜いっしょに〜死ねたらいい〜とぉ〜♪」


…とか、銭湯や温泉で(人目もはばからずに)
うなっているおっさんがいるでしょう。
あれとオーネットの姿がダブるのです。

サイドマンは三助だ!?


風呂場のおっさんは、まったく気まぐれですから、
自分が気持ちいいように歌うだけです。


節を勝手に変えたり、途中で別の曲に変わったり、
まったく自分勝手です。


オーネットもそれと同じです。
自分の気持ちいいように歌っているだけなのです。


とすると、オーネットの周囲で演奏しているサイドマンたちは、
あたかも風呂焚きや三助に見えてきます。


ドラムスは、さしずめ風呂の釜焚き
ふたりのベースは、湯をかき混ぜたり、
背中を流してくれたりする三助といったところでしょうか。


サイドマンの作る湯加減がちょうどいいと、
オーネットは実に気持ちよく歌うことができるのです。


だから、サイドマンたちは、
必死で、オーネットにとってちょうどいい湯加減を
作ろうとするのです。


では、オーネットにとって「歌いたくなる湯加減」とは
どんなものでしょう?

歌いたくなる伴奏とは?


オーネットが気持ちよく歌うためには、
なにより周囲が自由な空間でなければなりません。


なにしろ彼の歌は気まぐれですから、
途中で自由に節を変えたり、テンポを変えたりすることが
できないと、気持ちよく歌えないのです。


オーネットはおそらく、
ひとつの情緒や雰囲気に縛られることを極度に嫌っています。
音楽の要素でいえば、一定のテンポやコードにとらわれない
音の流れを好みます。


そのために、ドラムスは
速くも遅くも感じられるようなビートを叩きますし、
ベースは、ひとつのコード進行にとらわれないような音の流れ
作るのです。


オーネットにとってのいい湯加減というのは、
そういうものだと思われます。


ですから、ピアノが入ったりするとダメなのです*1


ピアノは、良きにつけ悪しきにつけ、
音の流れをせばめてしまう楽器です。


ことに今回、一部の曲で共演した山下洋輔のピアノは、
オーネットのアルトの自由さを奪ってしまっているように
感じられました。


オーネットの音楽は、パーカッション群や
ベース、ギターといった、音の隙間が多い楽器
共演することで輝くといえます。

銭湯で歌うブルース!


きょうのオーネットは、
息子の焚く風呂に浸かって、
ふたりのベースに背中を流してもらって、
すっかり上機嫌で歌っているように見えました。


ぼくには、真っ暗けのステージの背景に、
富士山のペンキ絵が描かれているように見えました。


ああ、オーネットは風呂場の演歌おやじだったんだなあ。
ぼくはしみじみと思いました。


ただ、風呂場のおっさんと違うのは、
バックボーンとなる音楽が、
オーネットの場合はブルースだということです。


オーネットのアドリブを聴いて、
どうしてフリージャズだなんて思うのでしょう。


どう聴いてもブルースじゃありませんか。


テキサス生まれの75歳のじいさんが、東京の銭湯で、
いい湯加減で、気持ちよくブルースを歌っているわけです。


フツウは、そんなおっさんがうなる声を
聞かされたりしたら苦痛でたまらないわけですが、
オーネットの場合は、奇跡的に
すばらしい声の持ち主であったために、
周囲の人がやんやと喝采を送るのです。


オーネット・コールマンの奏でる
最高のブルースを聴いて、こちらも
いい湯に浸かったようにさっぱりしました。


ああ気持ちよかった!

パット・メセニーも三助


今回の結論:オーネット=風呂場のおっさん


これは、オーネットの音楽を聴くのに、
なかなかいいたとえだという気がします。


サイドマンがパット・メセニーPat Methenyだろうと
ジェリー・ガルシアJerry Garciaだろうと、すべて、
オーネット様にとっては湯加減を調整する三助でしかないのです。


ぜひ「チャパカ組曲Chappaqua Suite」や
ダンシング・イン・ユア・ヘッドDancing in Your Head」を
聴くときに、このことを思い浮かべてみてください。


ぼくの言っていることが、よくわかるはずです。

十年一日の音楽ですが


以前のレビューで、オーネットの音楽は、
ひとつのギャグだけで30年食べている芸人みたいなものだと書きましたが、
今回のステージでも、まったく同じことを感じました。


彼のスタイルは、完全なワンパターンで、
いっさい変わっていないのです。


だがオーネットが歴史に名をとどめ、
いまなお本質的には「全部いっしょ」のアルバムを
送り出しているにもかかわらず聴く気を起こさせるのは、
オーネットが最高のアルトサックス奏者であり、
いちサックス吹きとしての凄みを
いまだに失っていないからにほかならない。



と、中山康樹が書いているとおりです*2



風呂場で気持ちよく歌うおっさんには、
進歩など無縁です。


ときどき、違う風呂に入ったり(違うサイドマンと共演したり)、
違う節を歌ったりするだけです。


それでも、ぼくらはオーネットと同じ銭湯に入って、
彼のうなる声を聴くことができるだけで幸せなのです。


これほどほれぼれとするようなアルトサックスの歌は、
ほかにありません。


なんだか、人間国宝の至芸を見るような思いをさせるステージでした。

お客さんは男ばっかり


今回のオーチャードホールは、
ほぼ満席でした。


こんなもてない音楽を聴くために、
これだけの人が集まったかと思うと、
実に感動的でした。


しかし、客席のほとんどは、ぼくと同じ、
(もてなさそうな)男たちでした。


そりゃそうです。こんなコンサートに、
女の子といっしょに来るほうが間違っています*3


男だけがじっくり楽しむコンサートなのです。


ああそうか、ここは男湯だったんだ!


…と、オチがついたところできょうはおしまいにします。


オーネット・コールマンの音楽を
ナマで聴くよろこびにふるえる一夜でした。


もしあなたがオーネット・コールマン
聴いたことがないなら、ぜひいちど聴いてみてください。


つかみどころはありませんが、
なかなか気持ちいいですよ。


ただもちろん、こんな音楽を聴いていたら、
女の子にぜったいにもてません。


(この稿完結)


(次回は4月1日に行われた、恒例の渋さ知らズin新宿ピットインの
ライブ報告を書きます)

*1:とはいえ、オーネットは10年ほど前に、ジェリ・アレンGeri Allen、ヨアヒム・キューンJohachim Kuhnというふたりのピアニストと共演しています。なお、ヨアヒム(ジョアキム)・キューンについては、過去の記事をお読みください→id:putchees:20041226 id:putchees:20041227

*2:中山康樹著「ジャズ名盤を聴け!」(2001年)より。

*3:ジャズのことをよく知らない男が、「ジャズの大物」というふれこみを聞いて、取引先からタダでもらったチケットで女の子といっしょに来ていたかもしれませんが、きっとそのデートはうまくいかなかったでしょう。