これぞ男の音楽!ヒンデミットの独奏ソナタ全集を聴け!!

putchees2006-06-06


20世紀のもてない巨匠


前回に引き続き、
ドイツのもてない巨匠・ヒンデミット
Paul Hindemith(1895-1963)の
曲をご紹介します。


ヒンデミットこそ、
20世紀前半の音楽界でも指折りの
「女にもてない作曲家」なのです。


前回はオーケストラ曲でしたが、
今回は室内楽をご紹介します。


いかにもマイナーな音楽ですが、
カッコよさは保証します。


もてない音楽を率先して
聴いてみたいという物好きな方は、
ぜひ下までお読みください。

今回はCD紹介です


【今回のCD】
ヒンデミット ソナタ全集 Paul Hindemith Complete Sonatas」
アンサンブル・ヴィラ・ムジカ Ensemble Villa Musica
(CD7枚組)独・MDG304 0690-2


【曲目】
●ヴァイオリンとピアノのためのソナタ(×4)
●チェロとピアノのためのソナタ(×3)
ヴィオラとピアノのためのソナタ(×3)
ヴィオラ・ダモーレとピアノのための小ソナタ
ピアノソナタ(×3)
●ピアノのための変奏曲
●2台のピアノのためのソナタ
ファゴットとピアノのためのソナタ
●ハープのためのソナタ
●4手のピアノのためのソナタ
●ホルンとピアノのためのソナタ(×2)
●フルートとピアノのためのソナタ
オーボエとピアノのためのソナタ
クラリネットとピアノのためのソナタ
イングリッシュ・ホルンとピアノのためのソナタ
●トランペットとピアノのためのソナタ
オルガンソナタ(×3)
●童謡「求婚にでかけた蛙」による変奏曲(チェロとピアノのための)
コントラバスとピアノのためのソナタ
テューバとピアノのためのソナタ
トロンボーンとピアノのためのソナタ

マイナー楽器のための曲


この7枚組のCDボックスは、ヒンデミットによる
独奏楽器とピアノのためのソナタ全集です。


「○○とピアノのためのソナタ
というやつです。


パウルヒンデミット


ヒンデミットは、
オーケストラで使われるほとんどの楽器のために
独奏ソナタを書きました。


ほとんど、というのは、
パーカッションが抜けているからです。


しかし、それを除けば、コントラバスから
コーラングレイングリッシュホルン)、
バスーンヴィオラ、チューバなど、独奏ではほとんど使われない
楽器のためにもソナタを書きました。


そんな曲を作る作曲家は、たいへん珍しいのです。


マイナー楽器のソロ奏者としては、
レパートリーを拡張してくれる、
涙が出るほどうれしい作曲家だったわけです。

もてないソナタ


これだけたくさんの楽器のために(特に管楽器のために)
ソナタを書いた作曲家は、20世紀以降では
フランスのプーランクFrancis Poulencと双璧でしょう。


プーランクも、オーボエクラリネット
フルートやホルンのためにソナタを書きました。


プーランクの音楽が、
フランス的なやさしさと心地よさに包まれているのに比して、
ヒンデミットのそれは、いかにもドイツ的堅苦しい感じです。


プーランクソナタは、おしゃれカフェのBGMになりそうなのに、
ヒンデミットソナタは、どこのBGMにもなりゃしません。


まあ、くどいようですが、
ヒンデミットのほうは
もてない音楽というわけです。


このCDセットでは、ドイツのアンサンブルが、
そんな彼のソナタを(無伴奏ヴィオラソナタを除いて)
すべて網羅しています。


こういう曲をまとめて聴くのは難しいので、
このセットはたいへん貴重です。


もともとバラ売りされていたのですが、
ボックスセットになって、買い求めやすくなりました。


全7枚が、なんと8000円ほどで手に入るのですから、
買わないわけにはいきません。
(箱が大きいので、ちょっとかさばりますが)

男の魂をゆさぶるドライな音楽


曲の内容ですが、すべてが面白いわけではありません。


なんだこりゃ。


そう思われて仕方がない凡作も多数あります。


しかし、全集というのはだいたい玉石混淆です。
多少は大目に見てあげてください。


もちろん中には、
おお!と感激するような作品もあるのです。


ことに、1920年に書かれた曲の多くは、
モダンで角張った響きが、男の心をゆさぶります。


第一次世界大戦で傷ついたヨーロッパには、
新しいスタイルの音楽こそが似合うと考えた
ヒンデミットが、19世紀ロマン派の亡霊を寄せ付けまいと
ゴリゴリの硬派で作り上げた名曲揃いです。


ただ、さすがのヒンデミットも、1930年代後半以降になると、
いささかパワーが衰えてきちゃうのですが、
それでも、独特のドライな作風は魅力的です。

オルガンソナタが最高!


このボックスセットの中で
ぼくがいちばんおすすめしたいのは、
vol.6に収められた「オルガンソナタ1番」
Sonata For Organ No.1(1937)です。


1930年代後半の作品ですが、
この曲はパワーにみなぎって、ぎらぎらと輝いています。


オルガンというのは、ヨーロッパ音楽の中で
特別の位置を占める楽器です。


簡単に言えば、キリスト教
切っても切れない関係にある楽器です。


14世紀以降のキリスト教世界で、オルガンの音は、
神に捧げる祈りの声と同一視されてきたのです。


しかし、20世紀の大衆のための音楽を追求する
ヒンデミットは、そんなこと気にしちゃいません。


オルガンを、(中世までのように)、
ただの楽器に還元しようとします。


彼の「オルガンソナタ1番」を聴いてみてください。


冒頭のとんがったメロディでしびれます。
おー、かっこいい。


バッハJ. S. Bachのような、神への捧げもの的な雰囲気は
みじんもありません。


乾いた現代的な音が響くだけです。


まるで、プログレバンドのオルガンのようです。


ELPの「展覧会の絵」でも聴いてるみたいな気がしてきます。


この切れ味、さすがヒンデミットです。
男らしくって、ぶるぶるきちゃいます。


オルガンというのは、ぼくたち日本人にもっとも
なじみにくい楽器だと思うのですが、
こういう曲を聴いていると、
「ああ、ただの楽器として使ってもいいんだな」
という気がしてきます。
もはやオルガンを聴いて、怖じ気づかなくてもいいのです。


聖なるsacred楽器を世俗のsecular領域まで
引きずり下ろしてくれる、いかした作曲家というわけです。


この曲を、ヤマハやローランドのシンセで演奏したとしても、
まったく違和感なく響くでしょう。
それほど現代的で、クラシックらしからぬ曲なのです。


この1曲だけでも、じゅうぶん聴く価値があると思いますよ。

ヒンデミットは音楽教師だった


ヒンデミットが、これほどたくさんの楽器のためのソナタを残したのは、
彼自身がヴィオラ、ヴァイオリン、ホルンなど、
数多くの楽器を演奏できた*1ということと、
彼自身がすぐれた音楽教師であったということと関係があります。


彼は、音楽学生のための教育的な曲として、
これらのソナタを作ったのかもしれません。
技巧的で退屈な曲が多いのは、それと多少関係がありそうです。


しかしそれでも、オルガンソナタを見ればわかるとおり、
膨大な作品群の中に、魅力的な作品が
埋もれているのは見逃せないのです。

名演の定評高いCDボックス


これらのソナタのうち、ピアノと、
ホルンやチューバなど金管楽器のための曲は、
カナダ生まれの有名なピアニスト、
グレン・グールドGlenn Gouldが(なぜか)録音しています。


有名なそちらの録音は、あいにく聴いたことがないのですが、
今回紹介しているCDの演奏も、なかなかの出来です。


ドイツのアンサンブル・ヴィラ・ムジカの演奏は
たいへん硬質で精度の高いものだと思います。


この全集は、クラシック音楽の賞を
いくつも受賞しているようですから、
品質は折り紙付きです。


ヒンデミットの音楽を実にヒンデミットらしく
演奏しているといっていいでしょう。


もてない音楽好きなら、
ヒンデミットをはずすわけにはいきません。


前回ご紹介した「弦楽と金管のための演奏会用音楽」
合わせて、ぜひいちどお試しください。


ただもちろん、こんな音楽を聴いていても、
女の子にはぜったいにもてません


(この稿完結)

*1:しかも、ヴィオラとヴァイオリンに関しては、ソリスト級の腕前だったそうです。