フリージャズは一日にして成らず。セシル・テイラーの遠い道のりを聴け!

putchees2006-06-19


ジャズはおしゃれな音楽!?


ジャズは、静かでおしゃれで無難な音楽
だと思われているようですが、
ぼくにとってはおよそ信じがたいことです。


個人的な認識では、
ジャズほどかまし音楽はないし、
ジャズほどファッションと結びつかない音楽はないし、
ジャズほど危険な音楽はありません。


ジャズのすべてがそうだとはいいませんが、
たとえば、フリージャズfreejazzというジャンルには、
それらすべてがあてはまります。


フリージャズは、みんなでよってたかって、
でたらめな音を出すという音楽です。


そういうでたらめを
音楽だと認めたがらない人は多いでしょうが、
残念なことに、フリージャズも立派な音楽です。


しかしいうまでもなく、そんな音楽を聴きたがるのは、
ごく少数の人だけです。


フリージャズこそは、
もてない音楽の最高峰(最下層?)といってもいいでしょう。


ジャズという音楽に関して、
ぼくがいちばん不思議に思うことのひとつが、
そんなフリージャズなどというでたらめな音楽が、
どうやって生まれてきたのかということです。


今回ご紹介するCDは、そのナゾを解くひとつのカギ
与えてくれるものだと思います。


よかったら下までお読みください。

今回はCD紹介です


【今回のCD】
ネフェルティティ ライブ・アット・ザ・カフェ・モンマルトル
Nefertiti, The Beautiful One Has Come
Live at the Cafe Montmartre, 1962
(原盤:Freedom1975/CD:Revenant1997)


【ミュージシャン】
セシル・テイラーCecil Taylor(ピアノpiano)
ジミー・ライオンズJimmy Lyons (アルトサックスalto sax)
サニー・マレイSunny Murray(ドラムスdrums)


【曲目】
●Disc 1
1.Trance
2.Call
3.Lena
4.D Trad That's What
5.(無音トラック)
6.Call- (version 2)
●Disc 2
1.What's New
2.Nefertiti, The Beautiful One Has Come
3.Lena - (version 2)
4.Nefertiti, The Beautiful One Has Come - (version 2)
5.(無音トラック)
6.D Trad That's What- (version 2)


【データ】
1962年11月23日、コペンハーゲンデンマーク)、
カフェ・モンマルトルにおけるライブ録音
November23,1962 Cafe Montmartre, Copenhagen, Denmark

フリージャズの開祖


アメリカ生まれの黒人ピアニスト、
セシル・テイラー(1929-)は、
フリージャズの開祖とも言うべき存在です*1


(セシル・テイラー


彼は1950年代後半にレコードデビューし、
60年代以降、現在に至るまで、独自のスタイル
フリージャズを演奏し続けています*2


一般には、フリージャズを最初に試みたのは
オーネット・コールマンということになっています。


しかし、オーネットについては以前に何度か書いていますが*3
彼の音楽はフリージャズというより、
原始的なブルースに近いものと思われます。


フリージャズという音楽を
もっとも典型的な形で実践したミュージシャンといえば、
なんといってもセシル・テイラーでしょう。


ためしに、彼のもっとも有名なアルバム*4
ユニット・ストラクチャーズUnit Structures」(Blue Note 1966)を
聴いてみてください。


(ユニット・ストラクチャーズ)


メロディもリズムもなく、ごちゃごちゃとした音
とりとめなく流れていくだけです。


なるほどこれがフリージャズかという気がします。


面白いかどうかはともかく、
クラシックやポップスの前衛音楽とは
明らかに異なるサウンドです。


その意味で、ユニークな音楽といえます*5


こういう音楽を、彼はいったいどうやって作り上げたのでしょう?

伝統的なジャズからの飛翔


「ユニット・ストラクチャーズ」の8年前の録音を聴いてみると、
彼は、フツウのジャズに近い音楽をやっています。


以前ご紹介した「ルッキング・アヘッドLooking Ahead!」です*6
1958年の録音です。
これを聴くと、ほとんどハードバップです。


(ルッキング・アヘッド)


ここから「ユニット・ストラクチャーズ」までに、
彼はいったい、どんなブレイクスルーを経たのでしょう?


そこで、今回ご紹介するアルバムです。


1962年に録音された、コペンハーゲンでのライブ盤です。
これこそ、「ルッキング・アヘッド」と、
「ユニット・ストラクチャーズ」の
ちょうど中間に位置する演奏です。


保守的なハードバップが、フリージャズへと
脱皮する瞬間をとらえた録音なのです。

CDライナーの日本語訳


「ネフェルティティ」と題された
このCDにはライナーがついていませんが、
オビの解説文が、短くて的確な内容なので、
以下に全文を訳出してみます。
(素人なので、誤訳があればご容赦を)

1962年までの数年間、アメリカのピアニスト、セシル・テイラーは
ジャズ界の辺境にいた。彼のごつごつとして、打楽器的なタッチと、
常識を破るハーモニーのセンスは、リスナーとプレイヤーの双方に、
激しい論争を巻き起こした。そして彼は多くのリズムセクションとも
.うまくやって行けなかった。進歩的な批評家に取り巻かれ、
ダウンビート誌の「ニュー・スター」に選定されたにもかかわらず。
テイラーはその数年間、ステージに立つ機会をほとんど与えられず、
多くの時間を皿洗いの仕事に費やした。だが少なくともテイラー自身は、
自分がなぜ皿洗いをしなければならないかを理解していた(彼は自分で
そう語っている)。つまり、彼には長い準備期間が必要だったのだ。
1961年にテイラーの父親が死んだのを機に、彼は、自分の思い描く
芸術のビジョンにぜったいに忠実であろうと誓った。テイラーは、
自身のユニットががっちりとかみ合うまで猛烈な努力を重ねた。
そして遂に、彼の目指す音楽が実現するのをさまたげる、
最後の障壁を打ち破った。すなわち彼は、小節間を隔てる縦線
(バーライン)を打ち破ったのだ。


1962年、コペンハーゲンのカフェ・モンマルトルにおけるライブ録音は、
テイラーの成熟したスタイルの誕生をとらえている。ジミー・ライオンズの
バップ的なスタイルは、過去のジャズを引きずっているが、
サニー・マレイの叩く、きらめくような、そして不規則なリズムは、
未来のジャズ(ちょうど数年後にあらわれるアルバート・アイラーのそれ)
を指し示している。この作品はもともと1975年にフリーダムレーベルから
リリースされたが、これまでアメリカ国内でCD化されていなかった。
しかしながら、テイラーのキャリアの中で、きわめて重大で音源として、
カルト的な支持を集めている。


「聴衆は、そわそわして、お互いにひそひそとささやきあった。
そして神経質そうに会場の内外を歩き回っていた。まるでその場が、
耐えられないほど暑くなったかのように……」
(ホイットニー・バリエット/1958年、グレート・サウスベイ・
ジャズフェスティバルにおけるセシル・テイラーの演奏について)

ベース抜きのバンド


このアルバムは、3人による演奏です。
セシル・テイラーのピアノ、
ジミー・ライオンズのアルトサックス、
それにサニー・マレイのドラムスです。


ベースがいません。


どうやら、このヨーロッパツアーで、
セシル・テイラーは、合衆国から
ベーシストを連れて行くことができなかったようです。


ベースのないバンドは、
気の抜けたビールのようなサウンドになりそうです。


しかし、このバンドでは、
ベースのいないことが、かえって
バンドのサウンド伸びやかにしています。


ベースの重いビートから自由になったバンドが、
軽やかに飛翔します。


のちに日本での超絶ライブ「アキサキラ」*7で再現される楽器編成が
このとき発明されたのです*8

ハードバップが壊れる瞬間


オビの解説にあるとおり、
ジミー・ライオンズのアルトサックスは、
いささかオーソドクスなスタイルです。
チャーリー・パーカーCharlie Parkerの影響下にある、
バップのフレーズを繰り出します。


セシル・テイラーのピアノは、
伝統的なジャズの和声ギリギリの音を出しています。


サニー・マレイのドラムスは、
まさに、バーラインを破壊しそうな、
つんのめったビートを繰り出します。


決してフリージャズではありません。
しかしまちがいなく、フツウのジャズでもありません。


では、これはいったい何でしょう?


1950年代のジャズ、つまりハードバップが、
音を立てて崩れようとしているのではないでしょうか。


過去のスタイルが壊れて、
新しいスタイルが生まれようとする瞬間
記録されているのです。


従来のジャズの枠を超えていこうとする3人の意志が、
ある瞬間には、ギリギリのところで踏みとどまり、
別の瞬間では、すでに踏み越えてしまっています。
その危うさ、アンバランスさこそ、この演奏の醍醐味です。


なんとスリリングな音楽でしょう。


演奏している彼ら自身、
自分たちのやっていることに、
戦慄を覚えていたのではないでしょうか。


それほど、予測不可能な音*9が鳴っているのです。


いわば過渡期の音楽ですが、
過渡期の音楽には、成熟したものにはない新鮮な魅力があります*10
彼ら3人の演奏からは、新鮮な音楽だけがもつ、
前のめりのサウンドが聞こえてくるのです。


驚くべきスピード感
そして驚くべき集中力です。


同じ時期のマイルス・デイヴィスMiles Davis
オーネット・コールマンOrnette Coleman
ジョン・コルトレーンJohn Coltraneなどより、
はるかに先鋭的で鮮烈なサウンドです。

フリージャズへの慎重な歩み


このサウンドは、
決して自然発生的に(あるいは突発的に)
生まれたものではありません。


CDのオビに書かれていたように、
セシル・テイラーと仲間たちは、
限りないリハーサルを重ねて、
ここまで到達したのでしょう。


「ユニット・ストラクチャーズ」に聞かれるような、
一見でたらめな音が、
一朝一夕に生まれたのではないことがわかります。


つまりセシル・テイラーは、
オーソドクスなジャズから、
一歩一歩、足下を確認しながら進んできたのです。


ひとつのコードを崩すのに、
ヴォイシングをひとつずつ変えながら、
用心深く進めていったのです。


この事実は、
セシル・テイラーに関する世間の大きな誤解
「デタラメしか弾けない、いんちきピアニスト」
に対する確実な反証です。


でたらめしか弾けない人に、
こんな演奏は不可能です。


セシル・テイラーは、なんでも弾けるピアニストだからこそ、
前人未踏の領域に踏み込むことができたのです。


ここから、さらに4年を経て、セシル・テイラー
「ユニット・ストラクチャーズ」のようなサウンド
に到達したというわけです。


まさに「フリージャズは一日にして成らず」なのです。

「ユニット・ストラクチャーズ」より面白い!


「ネフェルティティ」を聴いてわかるのは、
セシル・テイラーが、決してジャズの破壊者などではなく、
過去の膨大なジャズの遺産を継承しながら
その先を目指したミュージシャンだということです。


ジミー・ライオンズ、サニー・マレイは、
自身の限界に挑むように、
セシル・テイラーの革新的なサウンド
ついていこうとしています。


ジャズが変わっていこうとしていた
1962年という時点でしか生まれることのなかった、
奇跡のライブ演奏です。


ハードバップでも、フリージャズでもない、
唯一無二のサウンドです。


フリージャズが苦手な人も、
この演奏を受け入れることはさして難しいことではないでしょう*11


このCDは極めてマイナーですが、
ジャズファンなら、聴かずに済ませるわけにはいきません。


スピード、テンション、そしてひらめき。
ジャズの面白さがすべて詰まっていると言っても過言ではありません。


セシル・テイラーはどうも……」なんて食わず嫌いはやめて、
ぜひ一度、このアルバムを聴いてみてください。


「ユニット・ストラクチャーズ」でザセツした人も、
必ず楽しんでいただけるものと信じます。


ただもちろん、こんな音楽を聴いていたら、
女の子にはぜったいにもてませんけどね。


(この稿完結)

*1:セシル・テイラーについては、過去のこちらの記事をお読みください→id:putchees:20041225 id:putchees:20050210 id:putchees:20050216 id:putchees:20050321 id:putchees:20050605

*2:なお、セシル・テイラーに関する、日本語によるもっともまとまったCD紹介とレビューは、こちらのURLにまとめられています→http://outbreakin.hp.infoseek.co.jp/taylor-music1.htm このサイトは、たいへんな労作だと思います。敬意を表しつつご紹介します。

*3:オーネット・コールマンについての過去の記事はこちら→id:putchees:20041206 id:putchees:20041207 id:putchees:20041210 id:putchees:20060410 id:putchees:20060413

*4:もっともすぐれたアルバムという意味ではありません。

*5:セシル・テイラー畢生の傑作ということになると、以前ご紹介した「サイレント・タンSilent Tongue」あるいは「ダーク・トゥ・ゼムセルブズDark to Themselves」を挙げることになります。

*6:こちらをごらん下さい→id:putchees:20041225

*7:セシル・テイラー初来日のライブについては、こちらをお読みください→id:putchees:20050216

*8:1960年代末に結成された山下洋輔トリオは、いみじくも彼らと同じ楽器編成でした。

*9:あるいは、分類不可能な音。

*10:たとえば、マイルス・デイヴィスの「イン・ア・サイレント・ウェイIn a Silent Way」などを思い浮かべてみてください。

*11:なるほど、フリージャズという音楽はこういう過程を経て生まれたのか、ということが納得できるはずです。