バルトークの弦楽四重奏曲に戦慄せよ!

4


超もてない超有名曲


きょうは、クラシックの
超有名曲をご紹介します。


超有名曲のくせに、
女の子にまったくもてない音楽です。


よかったら下までお読みください。

今回はCD紹介です


【今回のCD】
バルトーク弦楽四重奏曲全集
Bartok: The 6 String Quartets
(PHCP-9165)


【曲目】
●CD1
弦楽四重奏曲第1番イ短調 Op.7/Sz40(1908)
弦楽四重奏曲第3番 Sz 85(1927)
弦楽四重奏曲第5番 Sz 102(1934)
●CD2
弦楽四重奏曲第2番イ短調 Op.17(1915-1917)
弦楽四重奏曲第4番 Sz 91(1928)
弦楽四重奏曲第6番 Sz 114(1939)


【ミュージシャン】
ノヴァーク弦楽四重奏団Novak Quartet
(録音:1965)

20世紀音楽のふたりの天才


ロシアのストラヴィンスキーIgor Stravinsky(1882〜1971)、
ハンガリーバルトークBartok Bela(1881〜1945)、
ふたりは、いずれも20世紀を代表する作曲家です。


このふたりにはいくつかの共通点があります。


年齢はわずか一歳違い
ヨーロッパの周辺地域に生まれ、
それぞれ自国の民族的な音を取り上げ、
クラシック音楽の流れを変えてしまうような
革新的な作品群を残しました。
そして第二次世界大戦を目前にアメリカ合衆国へ移住し、
かの地で生涯を終えました。


バルトーク)
ストラヴィンスキー


ふたりはいずれも先鋭的な作風ですが、
伊福部昭によれば、
ストラヴィンスキー派とバルトーク派は、
しばしば相容れないそうです。


つまりストラヴィンスキーが好きな人は
バルトークが嫌いで、
バルトークが好きな人は、
ストラヴィンスキーが嫌いなのだそうです。


ホンマかいな? と思うのですが、
91年の生涯で数知れない音楽愛好家と交流した
伊福部昭の言うことですから、
それなりの実感にもとづいた発言なのでしょう。


ちなみに、伊福部昭自身はストラヴィンスキー派で、
バルトークのことは嫌いだったようです。


ではぼく自身はどうかというと、
完全にバルトークです。


伊福部昭を敬愛するぼくですが、
この点だけは彼と正反対の意見です。


もちろん、ストラヴィンスキーも嫌いではありませんが、
好きな曲はどっちが多いかと言われたら、
迷わずバルトークを挙げます。


ヴァイオリン協奏曲2番、
ピアノソナタ、ミクロコスモス、
中国の不思議な役人など、
思い出しただけでぞくぞくするような名曲ぞろいです*1

ほとんどフリージャズ?


思うに、ストラヴィンスキーの音楽は流麗すぎます
あまりにスムースで、物足りなく感じることがあります。
一方バルトークの音楽は、ごつごつとしています
どうしてここまで肩肘張っているのかと思うくらい角張っています。


シリアスなジャズやヘビーなロックを愛する人にとっては、
ごつくて角張ったバルトークの音楽は
たまらない魅力ではないでしょうか。


たとえば、有名な
「2台のピアノとパーカッションのためのソナタ」(1937)
なんて、ほとんどフリージャズです。


セシル・テイラーCecil Taylor
ここから影響を受けたと聞いても、
まったく驚かないでしょう*2

もてないクラシック


伊福部昭は、
ストラヴィンスキーリムスキー・コルサコフRimsky-Korsakov、
ラヴェルMaurice Ravelのような、知的で端正な
作曲のスタイルを愛したようです。


バルトークのように、あたかも業をむきだしにしたような
作風はいやらしいと思ったのではないでしょうか。


しかし、ぼくはそういう
いやらしい音楽が大好きなのです。


なにしろもてない音楽好きですから。


バルトークの作品は、
いわばもてないクラシック


(前も書きましたが)だいたい、
バルトークが好きなうら若き乙女なんて
いまだかつてお目にかかったことがありません*3


きょうはそんな「もてないバルトーク音楽」の
真骨頂、弦楽四重奏曲String Quartetsを
ご紹介しましょう。

ジャズ好きにオススメ


弦楽四重奏曲というのは、
ふたつのヴァイオリン、ヴィオラ
それにチェロで演奏される曲のことです。


バルトークの残した6つの弦楽四重奏曲は、
超有名曲です。


クラシック音楽の分野では、
ベートーヴェン弦楽四重奏曲に並ぶ傑作
とまで言われています*4


だから、ぼくがあえて紹介するような必要もなさそうです。


ぼくが付け加えることができるとすれば、
もてない音楽好きなら、ぜったい聴くべし
と言うことくらいです。


こんなもてそうにない
えげつない曲を、上品なクラシック音楽のファンが
喜んで聴いているというのは、とても信じられません。


クラシックのマニアだけじゃなくて、
ぜひ、ジャズやその他の角張った音楽が好きな人たちに
聴いてもらいたいと思います。

失禁しそうな不協和音


まあ、とにかく聴いてみましょう。
ぼくのオススメは、なんといっても4番
その最終第5楽章です。


「ギーギーギーギー、ギー、ギー、ギーィィィッ!!!」


ああっ!!
たまらん。


なんという非常識な不協和音!
なんて野蛮な音なんだ!


そしてこの律動!
ズンズンと腹に響くリズムの快感ときたら!


これぞもてない音楽、
これぞ男の音楽という感じです。


「ギギギッ!!」


お、終わった!


あまりに気持ちよくて、
おしっこがもれそうです。


ほかの曲もオススメですが、
とんがり具合からいうと、全6曲のうちで
なんといってもこの4番がオススメです*5

超コワイ音楽


弦楽四重奏曲というのは、
このジャンルを確立したベートーヴェン以降、
インテリの屈託した内面
仮託するものだと見なされてきました*6


文学青年が、人生の悩みを投影するのに、
弦楽四重奏曲はちょうどいいBGMだったわけです。


バルトーク弦楽四重奏曲も、
もちろん過去の伝統を踏まえ、
内省的な雰囲気は濃厚なのですが、
4番などは過激になりすぎて、
伝統的な弦楽四重奏曲の枠組みを
明らかに逸脱しているような気がします。


天才がイッてしまうときほど、恐ろしいものはありません。


さっきのようなギーギーという不協和音を聴いたら、
人生の悩みを投影するどころではありません。


気の弱い人は、はだしで逃げ出すかもしれません。


以前ご紹介した
メシアンMessiaenの「幼児イエスにそそぐ20のまなざし」
に勝るとも劣らない、超コワイ音楽なのです*7


前衛の現代音楽なら、これより激しい(あるいはヘンテコな)
弦楽四重奏曲はいくらでもありそうですが、
伝統的なクラシックの作法で
ここまでイッちゃってるところが面白いのです。

名盤多数!好きなのを選んで!!


この作品はなにしろ超有名曲ですから、
聴く機会はいくらでもあります。


つい最近も、来日したバルトーク弦楽四重奏団Bartok Quartetが、
全曲演奏会を開いていました*8
間違ってもデートには使えない演奏会です。


この作品の全曲を収めたCDも、
毎年何種類もの新譜が登場するほどです。
間違っても、女の子へのプレゼントにはできないCDです。


個人的には、こんな角張った音楽を
いったい誰が聴いているのか不思議なのですが、
一定の需要があるのでしょう。


ぼくが今回取り上げたCDは、
たまたまぼくが持っているだけの話ですので、
ほかの弦楽四重奏団の録音を聴いていただいて、
まったく問題ありません。


ぜひ、いい録音と演奏で、
この世紀の名曲を聴いていただきたいと思います。


そして、こんなもてない曲がメジャーになってしまうという、
クラシック音楽懐の深さを感じていただきたいと思います。


ただもちろん、こんな音楽を聴いていたら、
女の子にはぜったいにもてません。


(この稿完結)


※もしコメントをいただけるなら、あなたがストラヴィンスキー派かバルトーク派か教えてください!

*1:バルトークのヴァイオリン協奏曲2番については、過去の記事をお読みください→id:putchees:20050530

*2:セシル・テイラーについてはこちらをお読みください→id:putchees:20041225 id:putchees:20050210 id:putchees:20050216 id:putchees:20050321 id:putchees:20050605 id:putchees:20060619

*3:同じことを過去に書いてます→id:putchees:20050530

*4:20世紀以降でいうと、ショスタコーヴィチShostakovichの弦楽四重奏曲群と双璧でしょう。もてなさ具合もたぶん同じくらいですし。

*5:ほかには2番、3番、5番あたりも楽しいと思います。

*6:弦楽四重奏曲は、音楽史的にはハイドンHaydnやボッケリーニBoccherini、モーツァルトMozartなどの先駆者を経てベートーヴェンによって完成されたといわれています。

*7:メシアンの「20のまなざし」についてはこちらをごらんください→id:putchees:20060430

*8:ぼくは、まだ実演では聴いたことがありません。全曲演奏会なんて行ったら、途中で眠ってしまうだろうからです。しかし、人生に一度は経験したいものです。