コントラバスでツィゴイネルワイゼンは無理でしょ!(前編)

putchees2006-01-17


コントラバスは地味な楽器


西洋音楽にとって、低音はたいへん重要な要素です*1
その中でも欠かせない楽器がコントラバスcontrabass
ダブルベースbouble bass)です。


コントラバス縁の下の力持ちです。
オーケストラではいつも和音のボトムを支えています。
コントラバスがいなければ、弦の和音は
気の抜けたようなものになるでしょう。


その反面、コントラバス
印象的なメロディを奏でるなどということは、
ついぞありません。


作曲家は、コントラバスではなく、
チェロやヴァイオリンにメロディを割り振るはずです。


なぜなら、コントラバスがメロディなんて弾いても、
聞こえやしないからです。


音楽が好きな人ならおわかりでしょうが、
低音というのは、メロディを聞き取りづらいのです。


コントラバスがせわしいメロディを弾いても、
なにがなんだかようわからんのです。


したがって、コントラバスにスポットライトが当たるような曲は、
めったにありません*2

ベースが主役になるには


ポピュラー音楽に目を向けてみましょう。
ベースが主役になるには、
せめてアンプとエフェクターが必要です。


たとえば、ジャズの世界には
ジャコ・パストリアスJaco Pastoriusという
とんでもないベーシストがいて、
ベースを音楽の主役にしてしまいました。


もっとも、彼が使っていたのは
コントラバスではなくて、エレクトリックベース
(ベースギター)でした。


プログレなんかだと、6弦ベースなどというキワモノ楽器
使って、バリバリソロを取る人がたくさんいます。


しかし、アコースティックなコントラバスで、
アンプもエフェクターもなしで主役を張ろうというのは、
明らかに無理な話です。

コントラバスで目立つには?


ところが、クラシックの世界にも、
ベースでソロを取りたいという人がいるのです。


無謀です
単に目立ちたがりなのかもしれません。


しかも、なんの伴奏もなく、
コントラバスの独奏だけで曲を奏でようと
考える人までいるのです。


明らかに無茶だと思うのですが、
今回はそんなコンサートに出かけてきました。


コントラバス独演会だったのです。
もちろん、生音だけですよ。


ぼくは珍しい楽器が聴けるというと、
なるべく足を運ぶようにしていますが、
生音のコントラバスのリサイタルに行くのは初めてです。


ちょっと恐い気もしますが、
どんな音楽が聴けるのか、
わくわくするではありませんか。


昨年12月のコンサートですから、ちょっと古い話になりますが、
低音楽器が好きな人は必読です!

今回はコンサート報告です


【今回のコンサート】


B→C ビートゥーシー
(バッハからコンテンポラリーへ)
山崎実(やまざき・みのる)コントラバス


【日時】


●2005年12月13日(火)19:00〜21:00
●東京・東京オペラシティリサイタルホール(初台)


【ミュージシャン】


山崎実(コントラバスcontrabass)
加藤昌則(ピアノpiano)
小松亮太バンドネオンbandoneon)


【曲目】


J.S.バッハ無伴奏ヴァイオリン・パルティー
 第2番ニ短調 BWV1004 から「シャコンヌ
●J.-F.ツビンデン:J.S.バッハへのオマージュ op.44
サラサーテツィゴイネルワイゼン op.20
●山崎実:B→C バンドネオンからコントラバス
ピアソラ:キーチョ
●加藤昌則:5つのバガデル から
 分断されたプレリュード/牧歌と踊り/トッカータ
●フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調
●(アンコール)J.S.バッハG線上のアリア

意欲的なコンサートシリーズ


東京・初台のオペラシティが主催している
室内楽のコンサートシリーズ、
B→C」に出かけてきました。


このコンサートは、1998年から
月に一度、日本人の若手演奏家を呼んで
開かれているリサイタル(独奏会)です。


J.S.バッハの曲と、現代曲を演奏するという決まりがあるほかは、
プログラムは出演者に任されているそうです。


ヴァイオリンやピアノといった独奏に適した楽器は
もちろん、ヴィオラバスーンマリンバといった
地味な楽器演奏家も招かれています。


さらに、能管エレクトーンバンドネオンといった、
クラシック以外の楽器奏者も出演しています。


そういった楽器の奏者がみんな、
バッハと現代曲を取り上げるのです。
ちょっと面白そうですよね?


ぼくはこれまで何度か出かけていますが、
毎回楽しい体験でした。


今回ももちろん、楽しいリサイタルでした。


このシリーズでコントラバス奏者が出るのは、
これで3回目のようです。


さて、どんな首尾だったでしょうか。

バンドネオンの有名奏者がゲスト


今回出演した山崎実は、
小松亮太(こまつ・りょうた)のタンゴグループに
所属していたコントラバス奏者のようです。


小松亮太は、日本でもっとも著名な
バンドネオン奏者です。


きょうはその小松亮太も客演していました。
そのためかどうか、客席はほぼ満席でした。


おそらく、いま期待の奏者ということなのでしょう。


いつも思うことですが、
オペラシティリサイタルホールの座席は
たいへん窮屈で、座り心地が悪いのです。
どうにかならないでしょうか。


でも、それはとりあえず我慢しましょう。
さあ、演奏が始まります。

バッハのシャコンヌコントラバスで?


1曲目は大バッハJ.S.Bachの「シャコンヌCiaccona」でした。
数あるバッハの作品の中でも1、2を争うほどの大傑作です*3


ヴァイオリンの独奏曲ですが、たったヴァイオリン一挺で、
音楽の絶頂を極めてしまうような作品です。


ヴァイオリン奏者なら、誰でもあこがれるであろう、
美と技巧の超難曲なのです。


ヴァイオリンで弾くのを聴いていたって
手に汗握る、スリリングな曲です。
山崎実は、それをコントラバスで奏でようというのです。
よほど腕におぼえがなければ、
こんな難曲は選ばないに違いありません。


聴く前からわくわくします。


さあ、始まります。


……


……


………


あれ?


あれ??


あーあ。


ぜんぜんダメじゃん!!!

あまりに無謀だった


がんばりは見事だと思うのですが、
コントラバスシャコンヌは、
やっぱり無理でした。


音程もメロディもメロメロです。


ぼくは元の曲を知っていたからまだしも、
原曲を知らないと、
なにがなにやらさっぱりだったでしょう。


これが、シャコンヌの初体験という人がいたら
あまりにかわいそうです。

ツィゴイネルワイゼンは?


一曲とばして、
ツィゴイネルワイゼンZigeunerweisen」を聴いてみましょう。


この曲では、ピアノの代わりに
小松亮太バンドネオンが伴奏を務めました。


この曲は、知らない人はいないでしょう。
19世紀末の名ヴァイオリニスト・
サラサーテPablo de Sarasateが作った、
ヴァイオリン史上不滅の名曲です。


ツィゴイネルワイゼンも、
たいへん技巧的な曲として知られています。


さあ今度は、うまく弾けるかな?


……


……


………


あーあ。


やっぱりダメじゃん!!!

まじめに怒ってもムダ?


素人の耳にも、
まともに弾けていないのは明白です。


あの情熱的でメロディアスな音楽が、
まるで低音ごりごりの前衛音楽のようになっています。
無惨と言うほかありません。


これではまるで……


……いや、やめましょう。
もう、つっこみどころ満載なので、
あえてつっこむのはよそうと思います。


今回のリサイタルはどうやら、
出演者のチャレンジングな選曲を
文字通りのチャレンジとして楽しむ演奏会だったようです。


もしそうだとすると、
「弾けてないじゃないか!!」なんて、
しかめ面で怒ってもしょうがありません。
弾けなさ具合を笑って楽しむ余裕が必要なのです。


みんなまじめに聴いていましたが、
笑ってあげたほうがよかったのかもしれません。

ベースで無茶するな!


この2曲ではっきりしたことがあります。


コントラバスでヴァイオリンの曲を弾くのは
やめたほうがいいということです。


少なくとも、ヴァイオリンの難曲に挑むのは
絶対によしたほうがいいということです。


どんなコントラバスの名人でも、
シャコンヌ」「ツィゴイネルワイゼン」のような曲を
コントラバス弾けるわけがありません


そもそも、ヴァイオリンとコントラバスでは、
調弦からして違うのですし*4


ヴァイオリンのための曲は、ヴァイオリンで聴いたほうが
気持ちいいに決まっています


笑って許してくれる聴衆ならまだしも、
原曲に敬意を払っていないと思われたりしたら、
演奏者にとって大きなマイナスではないでしょうか。

コントラバス独奏の可能性


では、コントラバス奏者は、
どういった曲を演奏すればいいのでしょう?


それには、3つの道が考えられます。


ひとつは、最初からコントラバスのために作られた
独奏曲を弾くということです。→(A)


もうひとつの道は、完全な独奏ではなく
あくまで他の楽器との協同の中で、
コントラバスの美質を発揮するということです。→(B)


さらに最後は、
他の楽器、たとえば
ヴァイオリンやチェロのための曲を弾くにしても、
コントラバスならではのよさを引き出せるような作品を
チョイスするということです。→(C)


あ、あともうひとつ考えられるのは、
独奏をあきらめて、あくまで伴奏に徹するという道です。
しかし、まだあきらめるのは早いように思います。
コントラバスに独奏させたっていいじゃありませんか。


がんばれ、コントラバス奏者


今回のコンサートの残りの曲で、上に挙げた
3つの道がすべて試みられていました。


果たしてコントラバスの独奏に可能性はあるでしょうか?
というわけで、以下に、(A)から(C)の方法について、
ひとつずつ見ていきましょう。


(以後、後編につづくid:putchees:20060124)

*1:反面、たとえば日本の伝統音楽では、低音はほとんど無視されています。

*2:コントラバスのための曲というのは18世紀から存在しているのですが、いうまでもなく、その数はたいへん少ないです。

*3:シャコンヌ」は、組曲になっているうちの一曲です。

*4:今回の奏者は、調弦を変えていたかもしれません。