徳川の末裔・松平頼則のピアノ協奏曲に酔う!

putchees2006-03-21


珍しい日本人オーケストラ曲の演奏会!


きょうは東京フィルハーモニー交響楽団
演奏会に出かけてきました。


日本人作曲家の珍しい曲が
たくさん聴けるプログラムだからです。


ところが、いささか中途半端なコンサートでした。
とても楽しみにしていたので、ちょっと残念です。


手短かにご紹介します。

今回はコンサート報告です

【今回のコンサート】
東京フィルハーモニー交響楽団
「音楽の未来遺産 雅やかな舞の響き」


【日時】
2006年3月10日(金)19:00〜21:00
赤坂・サントリーホール(大ホール)


【曲目】
●伊藤昇:コンポジション(室内管弦楽版)(1930)
●橋本国彦:交響的舞踊組曲より(1933)
「序曲」「黎明」「漁夫たちの踊り」
松平頼則:ピアノとオーケストラのための主題と変奏(1951)
近衛秀麿:越天楽(伝統曲・1931編曲)
(休憩)
ラヴェル:古風なメヌエット(1895/1929)、
ラ・ヴァルス(1920)、ボレロ(1928)


【ミュージシャン】
指揮:渡邊一正
管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団
ピアノ独奏:北川恭子

伊藤昇のヘンテコな曲


一曲目は、戦前に活躍した作曲家、伊藤昇(いとう・のぼる)の
曲でした。


伊藤昇については以前、こちらの記事でご紹介しました
id:putchees:20051126


昭和初期の日本で、こつこつと
前衛音楽を作っていた異色の作曲家です。


この日演奏されたコンポジションは、1930年(昭和5年)の作曲。
10人ちょっとの小編成で演奏される小品です。


この曲は、いってみれば
音のコラージュという感じでした。


さまざまなメロディの断片が
気まぐれに現れては消えるという印象です。
なるほど、「コンポジション」というタイトル通りです。


なんとなく、同時代の美術家、
マックス・エルンストMax Ernstのコラージュを思い出しました。


しかし、音楽そのものはなんだか素人っぽい感じがしました。
精緻な前衛とはほど遠い印象です。


もっとも、それはひょっとすると
演奏のせいだったかもしれません。


あっという間に終わってしまったので、
観客も「なんじゃこりゃ」と、きょとんとしていた印象でした。


前衛曲ではありますが、
ぼくが前回聴いたマドロスの悲哀への感覚」のほうが、
ずっと衝撃的でした。

橋本國彦、かっこいいかも


つづく橋本國彦(はしもと・くにひこ1904-1949)の作品は、
ナクソスの作品集に収録されている曲からの抜粋でした。


CDを聴いた印象だと、
どうにも古くさいオーケストラ曲だったのですが、
生演奏を聴くとなかなかです


華麗で確実なオーケストレーションがお見事。
けっこういいじゃん!


昭和8年の時点でこれだけ完成された作品を仕上げていたのです。
さすが、若き黛敏郎が心酔した才人です。


以前、オーケストラ・ニッポニカの公演で
彼のモダニズム時代の曲を聴いて感心したのですが、
やはり、ただものではありません*1


今後、注意して聴いていきたい作曲家です。


なお、橋本國彦の作品集というのはこちらです。


日本作曲家選輯 橋本國彦)


よかったら聴いてみてください。

最高のピアノ協奏曲!


今回のコンサートの白眉は、なんといってもこれ、
松平頼則(まつだいら・よりつね1907-2001)の
「ピアノとオーケストラのための主題と変奏」です。


もったいぶったようなタイトルですが、
ここでいう「主題」というのは雅楽の「越天楽」(えてんらく)のことです。
日本人なら誰もが知っている雅楽の有名曲のメロディを、
ピアノ協奏曲という形でさまざまに展開してみせる曲なのです。


これがもう、すばらしいのひとこと。
ナクソスのCDで聴いてはいましたが、
実演はまったくの別物です。


「越天楽」そのもののゆったりとしたオープニング。それに
みやびやかなピアノが加わって、華麗な古代宮廷を幻視させます。
やがてリズミカルに展開し、まるでジャズのような激しさに。
めくるめく音絵巻です。そして堂々のフィナーレ。


もう、大感動です。


こんなに気品があって、軽やかでありながら
堂々としている音楽はめったにありません。


日本のオーケストラ曲はとかく貧乏くさいのですが、
この曲には、貴族的な風格があります。


それもそのはず、松平頼則は、徳川将軍家の末裔
ノーブルさは、生まれついてのものだったのです。


松平頼則


この曲は、ハーモニーもメロディもどこまでも日本的です。
それでいて、高度な洗練をそなえているのです。


雅楽が、いかにすばらしいモチーフであるかがわかります。
日本には日本のやり方があるとはっきり主張しています。
これこそ日本の、ひいてはアジアのオーケストラ曲です。


日本が世界に誇っていい
ピアノ協奏曲の大傑作です。


ぼくたちは、こういう音楽をこそ
聴くべきではないでしょうか。


そして、海外に対しても、こういう作品をこそ
紹介していくべきではないでしょうか。


日本らしくない日本人のオーケストラ曲なんて、
結局どこの国の人も聴きたがらないのですから。


演奏はベストという感じではありませんでしたが、
きょうの中ではまちがいなくいちばんでした。


演奏したピアニストも、かっこよく見えました。
短躯の日本人ピアニストが弾いて、堂々としていられる、
数少ない曲のひとつという気がしました。


興味を持ったかたは、ぜひナクソス
日本作曲家選輯でこの曲を確かめてください。


日本作曲家選輯 松平頼則

オーケストラによる雅楽


前半の最後は、お公家さん作曲家・指揮者
近衛秀磨(このえ・ひでまろ1898-1973)が作った、
越天楽のオーケストラ版でした。


さきほどの「主題と変奏」のモチーフになった雅楽の有名曲を、
そのまま西洋オーケストラに移し替えたものです。


1931年昭和6年)に作られています。


これが、想像以上の美しさ
ナクソス「日本管弦楽名曲集」にも収められていますが、
ぜひいちどお聴きください。


日本作曲家選輯 日本管弦楽名曲集)


この曲の功績は、雅楽の美しさを、
世界中どこへ行っても、現地のオケで再現できるということです。


実際、編曲者の近衛秀磨は、指揮者として
この作品を欧州各地で演奏しています*2


日本の文化を海外へ正しく伝えるために、
たいへん意義のあることではないでしょうか。


聴いて楽しむ分にも、とても満足できる曲だと思うのですが、
今回の演奏終了後、客席から高いびきが聞こえてきました。
余韻にひたる瞬間なのに、だいなしです。


どうも、今回のコンサートに来ていたお客さん(の一部)は、
熱心に聞いている感じではありませんでした。


それがたいへん残念でした。

聴衆も演奏も中途半端?


コンサートの後半はラヴェルMaurice Ravelの名曲集でした。
前半に演奏された日本人作曲家の作品が作られたのと
ほぼ同時代に、フランスで作られた音楽です。


「古風なメヌエット」に「ラ・ヴァルス」ときて、
最後は「ボレロ」ときたもんだ。


これらの超有名曲について、
ぼくがなにか解説する必要はないでしょう。


コンサート全体の感想を書いてみたいと思います。


きょうのコンサートは、
急きょ、開催が決まったもののようでした。


東京フィルから正式な告知が出たのが、
公演のおよそひと月前でした。


そのため、前宣伝が不十分だったのかもしれません。
今回のお客さんは、(想像ですが)タダで見に来ていた人
多かったのではないでしょうか。


そのため、特に前半の曲では、
あまり熱心に聴いていない人が多かったようです。


あちこちで、演奏中にぺちゃくちゃしゃべっている人がいて、
がっかりしました。


演奏するほうも、心なしか、
あまり熱心ではないような印象を受けました。
あるいは、練習が不足していたのかも知れません。

日本人作曲家への偏見を捨てよう


ぼくは、このコンサートの予告を見て、
たいへん楽しみにしていました。


演奏次第では、大盛り上がりになる可能性のある
プログラムだと思ったからです。


日本人のオケが日本人作曲家の曲をやるのに、
なんの葛藤も必要ありません。
聴く方も、納得して聴けるはずです。


ウィーンフィルベートーヴェンマーラー
演奏するようなものですから、
すばらしい演奏が繰り広げられて、おかしくありません。


ところが今回は、
聴く方も演奏する方も、
中途半端な気持ちのようでした。


演奏するほうは、
日本人作曲家の曲なんて恥ずかしくてやれないよ
なんて思っているフシがありますし*3、聴く方も、
こんな日本臭い曲より、モーツァルトを聴いて夢見心地になりたいわ
なんて思っていたりします。


それではいけません。


日本人の、日本人作曲家の作品に対する偏見が、
きょうの中途半端な雰囲気の、
ひとつの原因だったような気がします。


いつかそうした偏見が消えて、
たくさんの日本人が*4、日本人作曲家の作品を
楽しみに聴きに来るという日が来ればいいと思います。。

日本人作曲家の曲を聴こう!


とはいえ、こういうコンサートは、
たいへん貴重です。


なかでも松平頼則の「主題と変奏」は、
たいへん楽しい体験でした。


ぜいたく言わないで、
こういうコンサートが開かれたこと自体を
喜ぶべきなのでしょう。


ありがとう、東京フィル。


みなさんも、ぜひ上で紹介した曲を
CDで聴いてみてください


きっと、いいと思える曲がひとつは
見つかるはずです。


ぼくはこうして、日本人作曲家の作品に対して、
ささやかな宣伝活動を続けるつもりです。


ただあいにく、こんな音楽を聴いていても、
女の子にはぜったいにもてません。


(この稿完)


(次回は、オーケストラ・ニッポニカによる、大澤壽人
幻の名曲演奏会のレポートです)

*1:橋本國彦については過去の記事をお読み下さい→id:putchees:20051130

*2:ちなみに、初演されたのはなんとスターリン時代のモスクワでした。

*3:もちろん全員がそうだなんていいません。中にはそういう演奏家もいるだろう、という意味です。

*4:そして世界中の多くの人が。