ミンガス&ドルフィーの最高のライブを聴く!(後編)

putchees2006-03-16


前編よりつづき


ジャズのアルトサックス奏者、
エリック・ドルフィーEric Dolphyについて
書いています。


彼の最高傑作は、1964年に録音された
アウト・トゥ・ランチOut To Lunch!」だ、
というのが定説らしいので、
それと違った意見を述べてみようと思います。


興味のあるかたは、前編からお読み下さい。
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ミンガスの傑作=ドルフィーの傑作


まあ、音楽評なんて小難しいことを書いてもしょうがないので、
簡単にいきます。


これを聴いてください。


チャールス・ミンガスの「タウンホール・コンサート」です。


サイドマンとしての参加ですが、そんなこと関係なく、
これこそ、エリック・ドルフィー最高傑作
(少なくともそのひとつ)ではないでしょうか。


ことに、最晩年(1964年)のドルフィー最高のプレイは
これであると、ぼくは断言できます


ドルフィーの面白さは、なんといっても、
彼ののびやかなアドリブソロにあります。


それを存分に堪能できる音楽なのです。

ドルフィー生涯の盟友


チャールス・ミンガス(1922-1979)はベース奏者ですが、
ただのベース弾きにとどまらず、
デューク・エリントンDuke Ellingtonの影響下、
たいへんスケールの大きな音楽を作りました。
彼は5〜6人程度の小編成でも、まるでオーケストラのような
濃密な音のドラマを作り出すことができたのです。


(チャールス・ミンガス)


ミンガスが自分のバンドのメンバーに選んだのは、
いずれ劣らぬ腕っこきです。
ドルフィーも、そんなひとりでした。


ミンガスとドルフィーの共演は、古く1940年代から続いています。


1964年、ドルフィーはミンガスバンドの
ヨーロッパツアーに同行します。


4月いっぱいをかけて各地を回ったあと、
ミンガスたちは合衆国に戻りましたが、
ドルフィーはひとり欧州にとどまります。


彼はそのままヨーロッパに定住する予定だったようですが、
6月29日、ベルリンで急死します。


この1964年のバンドこそ、
実はミンガス音楽史最強のメンツでした。

ミンガス&ドルフィー最高の名演


1964年のミンガスバンドには、
数多くの録音が残されていますが、そのうち
もっともすぐれているのが、今回紹介する
「タウンホールコンサート」です。


このアルバムのライブ録音は、
ヨーロッパツアーを前にして、
ニューヨークで行われたものです。


「アウト・トゥ・ランチ」の録音が行われたのが2月末
そしてこの「タウンホールコンサート」は4月の頭です。
時期的にほぼ同じ録音です。


このアルバムには、ライブ録音らしく、
2曲しか入っていません。


そのうちの2曲目が圧巻です。


プレイング・ウィズ・エリック」は、
メディテーションズ」というタイトルでも知られています。


山あり谷ありの多彩な構成で、人間社会の和解という、
ミンガスの祈りがみごとに音楽として結実した傑作です。


デューク・エリントンを崇敬したミンガスらしく、
曲の構成はたいへん作り込まれていますが、
このバンドのすごいところは、それがまるできゅうくつではなく、
自然発生的に生まれた音楽のように演奏されているところです。


それを保証しているのが、
バンドメンバーの卓越した才能です。


歌心にあふれる、力強いミンガスのベース
あらゆるスタイルを巧みに弾き分けるジャキ・バイアードのピアノ*1
ドルフィーと拮抗するほど太い音で咆哮する
クリフォード・ジョーダンのテナーサックス
ちょっと陰のあるジョニー・コールズのトランペット
それらをすべて受け止めるダニー・リッチモンドのドラムス
そしてなにより、鳥のように羽ばたくドルフィーの自由なアドリブです。

畢生のフルートソロ


「プレイング・ウィズ・エリック」の中で、
ドルフィーフルートベースクラリネットを吹いています。


このフルートがすごい
これほど高貴なジャズフルートのソロは、
おそらく空前絶後でしょう。


この演奏の前では、ドルフィーの死の直前に演奏された
「You don't know what love is」もかないません。


即興のレベルとしてはほぼ同等だと思いますが、
共演者のレベルが段違いです。


有名な「You don't know what love is」が収められたアルバム
ラスト・デイトLast Date」での共演者は、
のちに有名になるとはいえ、当時まだ凡庸なヨーロッパの
ジャズミュージシャンにすぎない
ミシャ・メンゲルベルクMisha Mengelberg(ピアノ)と
ハン・ベニンクHan Bennink(ドラムス)でした。


(「ラスト・デイト」)


「タウンホールコンサート」では、ドルフィー
ジャキ・バイアードのピアノとミンガスのベースを
バックにしているのです。


静謐で品のあるバイアードのピアノと、
ミンガスのよく歌うアルコ弾きのベース、
その上で、ドルフィーのフルートが蝶のように舞います


この3人が奏でる、美しい音の世界は、
ジャズというジャンルの壁さえ凌駕してしまいそうです。


これに比べると、「ラスト・デイト」でのバッキングは、
いかにもやぼったいものです。


共演者のレベルの違いが、「ラスト・デイト」との
決定的な違いではないかとぼくは思っています。


冒頭のフルートソロのあと、
ドルフィーはベースクラリネットに持ち替えて、
熱っぽいソロを奏でます。


この生き生きとしたアドリブはどうでしょう。
「アウト・トゥ・ランチ」のドルフィーが、
しかめ面したゲージュツ家だとすれば、
このコンサートにおけるドルフィーは、演奏を楽しむ
陽気なジャズミュージシャンそのものです。


そして曲の最後でふたたび、ピアノ・ベースとのトリオで
超絶のフルートソロを繰り広げます。


これはすごい。言葉になりません。
ドルフィー一世一代のフルート演奏といって
さしつかえないでしょう。


ドルフィーは、ミンガスの緻密な構成の枠内で
演奏していますが、実にのびのびとしています


これを聴けば、
ドルフィーのもっともすぐれた資質がどこにあるか、
あまりに明白です。

ドルフィーとショーターは似てる?


ジャズ評論家の中山康樹は、
「ジャズ名盤を聴け!」という本の中で、
テナーサックス奏者・ウェイン・ショーターWayne Shorterの資質は
お気楽なアドリブ演奏の中にあると看破していました。

ショーターはリーダーシップをとれる器でも
トータルなサウンド・クリエイターでもない。
演奏や作曲の才能は一流でも、それを一個の
作品としてまとめあげる構成力に著しく欠ける。
(中略)ショーターの魅力とは、一切の責任を
負うことなく自由奔放かつ放電状態で吹いたとき
こそストレートに表出される。(266、269ページ)


まことに卓見といえます。


ドルフィーも、ショーターと少し似たところがあります。
彼はリーダーシップを発揮するタイプではなく、
全キャリアを通じて、いちサックス吹き
あるいはいちフルート吹きとして存在感を発揮してきました。


無責任に即興を垂れ流すときに、
もっともすばらしいプレイをするのです。


ですから、本質的には、
リーダーだろうと、サイドマンだろうと、
どっちでも関係ないのです。


ドルフィーらしいアドリブを取っているかどうかが問題なのです*2

ドルフィーはいちサックス吹き


「アウト・トゥ・ランチ」がドルフィーの最高傑作だという人は、
このようにおっしゃることが多いようです。


「不遇の天才ミュージシャンが、最晩年にようやく機会に恵まれて、
自分で本当にやりたかった音楽を作ることができた。それがこのアルバムだ」


おそらく、その通りなのでしょう。
しかし、そのことと、受け手側が面白いと思うかどうかは別の話です。


ジャズのアルバムにも、
たとえばコルトレーンJohn Coltraneの「至上の愛Love Supreme」のように、
作品としてのまとまりが最良の結果を生む例がないではありません。
しかしそれがそのミュージシャンの最高の演奏になるとは限りません。


いってみれば、「アウト・トゥ・ランチ」の
まとまり具合というのは、クラシックや
現代音楽的なまとまり方であって、ジャズの面白さとは
ちょっと違うような気がしないでもありません。


「アウト・トゥ・ランチ」一枚をもって、
ドルフィーサウンドクリエイターとしての才を
必要以上に持ち上げるのは、彼の特質を見誤ることに
なりはしないでしょうか。


それよりも、いちサックス吹きとして評価するほうが、
はるかに彼の功績に見合っていると思います。

ジャズの面白さとは


好みというのは人それぞれですから、
「アウト・トゥ・ランチ」がいちばんクールだという人が
いてもまったく不思議ではありません。


しかし、このアルバムこそがドルフィーの最高のアルバムで、
彼の美質がすべてここに詰まっているなどと言われると、
さすがに反論したくなります。


少なくとも、ぼくはこのアルバムを
集中して聴き通すことができません。


それよりも、雑な演奏で知られる
「イン・ヨーロッパ」の第1集および第2集、
そして他人のアルバムである「タウンホールコンサート」などは、
何度聴いても、ぐいぐいと引き込まれてしまいます。


ジャズの面白さは、それらの方にこそあるとぼくは信じています。
ドルフィーを聴きたいという人がいたら、ぼくはきっと、
これらのアルバムを紹介するでしょう。


いきなり現代音楽ぽい「アウト・トゥ・ランチ」を聴いて、
ドルフィーが嫌いになる人がいたら、
あまりにもったいないことです。


これからドルフィーを聴こうという人は、
ぜひ「いちサックス吹き」「いちフルート吹き」としての
彼に触れてください。

自分の耳で確かめてよう!


ぼくも「アウト・トゥ・ランチ」というアルバムの価値は認めています。
ただ、


ドルフィーファンなら「アウト・トゥ・ランチ」を聴くのが当然だ。
「ファイブスポット」や「イン・ヨーロッパ」なんて、
ただの保守的なハードバップだ!
「アウト・トゥ・ランチ」がわからないのは、
ドルフィーをわからないのと同じだ。


…という風潮になってしまうと、
ぼくのような人間は肩身が狭くなってしまいます。
だから今回はあえて、否定的な立場を取って書いてみました*3


ぼくの意見に同意してくれるドルフィーファンも、
少なからずいるはずだと、ひそかに思っています。


「タウンホールコンサート」は、ミンガスとドルフィーという
傑出したジャズミュージシャンふたりの代表的な名演を聴くことができる
オトクなアルバムです。


もし、あなたがジャズに興味があるのなら、
ぜひ聴いてみてください。ぜったいに損はさせません。


ただ、こんな音楽を聴いていても、
女の子にはぜったいにもてませんから、そのつもりで。
(間違っても、こんなのを女の子にすすめてはいけません)


(この稿完結)


(次回は東京フィルが演奏した伊藤昇、松平頼則などのオーケストラ曲を
ご紹介します)

*1:ジャキ・バイアードはジャッキー・バイアードと表記されることもあります。

*2:「アウト・トゥ・ランチ」は、アドリブの一瞬の燃焼度はたいへん高いのですが、ジャズのアドリブというのは、盛り上がるために必要な時間というのがあるのです。飛行機が離陸するために、じゅうぶんな長さの滑走路が必要なのと同じです。このアルバムには、そのための時間が足りない気がします。

*3:ぼくが「アウト・トゥ・ランチ」で面白いと思うのは、ドルフィーはもちろんトニー・ウィリアムス、ボビー・ハッチャーソンなどのすぐれた演奏それ自体であって、曲の構成うんぬんが面白いと感じたことは一度もありません。だから「アウト・トゥ・ランチ」の曲をカバーするというのは、ぼくからすると不思議なことです。