ミンガス&ドルフィーの最高のライブを聴く!(前編)

putchees2006-03-12


ひさびさにジャズの古典を扱います


きょうはジャズのアルトサックス奏者、
エリック・ドルフィーEric Dolphy(1928-1964)
について書きます。


他の人と(おそらく)ちょっと違った意見を書きます。


今回のレビューは、
エリック・ドルフィーに関するさまざまな見解を読んで、
最近感じるようになってきた違和感がもとになっています。


彼の卓越した音楽に関する、
ひとつの見方だと思ってくださるとうれしいです。

今回はひさびさにCDレビューです


【今回のCD】
「タウンホール・コンサートTown Hall Concert」
チャールス・ミンガスCharles Mingus
(Jazz Workshop 1964)
ASIN:B000000Y2N


【ミュージシャン】
●チャールス・ミンガスCharles Mingus(ベース)
●ジョニー・コールズJohnny Coles(トランペット)
エリック・ドルフィーEric Dolphy
(アルトサックス、ベースクラリネット、フルート)
●クリフォード・ジョーダンClifford Jordan(テナーサックス)
●ジャキ・バイアードJaki Byard(ピアノ)
ダニー・リッチモンドDannie Richmond (ドラムス)


【曲目】
1.So Long Eric
2.Praying With Eric(Meditations)


1964年4月4日、ニューヨークにおけるライブ録音

アルトサックスの天才


モダンジャズには、
60年の歴史の中で幾人もの天才が登場してきましたが、
エリック・ドルフィーがそのひとりであることに
異を唱える人は少ないでしょう。


彼はアルトサックスのほかに、
ベースクラリネットバスクラリネット)、
フルート、それにふつうのクラリネットを演奏しました。


風変わりでありながら、
聴き手の心をとらえてはなさない彼のアドリブソロは、
追随者のいないまま、孤高の輝きを放っています。


聴けばわかりますが、彼のアドリブソロは
とてもまねのできる種類のものではありません。


それくらい個性的なミュージシャンだったわけです。

2枚の代表的アルバム


さて、彼の36年の生涯で残された数少ない
リーダーアルバムのうちでもっとも有名なのは、
ブッカー・リトルBooker Little(トランペット)と
組んだときのライブ演奏
アット・ザ・ファイブスポット第一集
Eric Dolphy At The Five Spot vol.1」
でしょう。


Eric Dolphy at the Five Spot vol.1)


誰でもそのよさがわかる熱い演奏です。
まさにジャズという感じです。


そしてそれと並んで有名なのが、ブルーノートレーベルに残された
アウト・トゥ・ランチOut to Lunch!」でしょう。


(Out to Lunch!)


こちらは、いささかわかりづらい内容です。
曲もアドリブもいっそう風変わりで、
聴いてすぐに楽しめる音楽ではありません。

大友良英の影響?


このふたつのうち、
最近はなぜか「アウト・トゥ・ランチ」が
ほめそやされることが多いような気がします。


ひょっとして、
最近大友良英が作った、まったく同名のアルバム
「アウト・トゥ・ランチ」の影響かもしれません。
このアルバムで大友良英は、ドルフィーのアルバムを
全曲カバーしたそうです。


後世のミュージシャンがそういうことをしたくなる気持ちも、
わからないではありません。


なにしろ、このアルバムに収められた
ドルフィーのオリジナル曲はどれもヘンテコですから、
ジャズの素材としてはたいへんチャレンジングでしょう。


内容も、ドルフィーのすべてのアルバムのうちで
もっともまとまっています。
きちんと、構成が練られているのです。


ドルフィーのほかのアルバムが、
(平凡なバップのレコードと同様に)
いろんな曲の寄せ集めみたいなのとは大違いです。


そして、このアルバムはジャケットがかっこいい
優れたデザインで知られるブルーノートレーベルの中でも、
1、2を争うすばらしさです。


これをもって、ドルフィー最高傑作だという意見があるのも、
うなずけない話ではありません。


しかし、それはほんとうでしょうか。


世のドルフィーファンは、
これを毎日毎日聴いているのでしょうか?*1

ドルフィーの最高傑作?


ぼくはエリック・ドルフィーを知って15年になりますが、
「アウト・トゥ・ランチ」を通して聴いた回数は、
たぶん50回程度だと思います。


「アット・ザ・ファイブスポット」は100回以上、
「イン・ヨーロッパ第一集」と「第二集」に関しては、
おそらくそれぞれ300回以上聴いているでしょう*2


どうしてこんな差が出るかというと、
後者のほうが聴いていて楽しいからです。
(少なくともぼくにとっては)


「アウト・トゥ・ランチ」は、たしかによくできていますが、
娯楽としては、いささか息苦しいという気がします。


いかにもよくできてはいますが、
ジャズとしてほんとうに面白いかと問われると、
ちょっと首をかしげてしまいます。


アルバムとしてのまとまりが優先されて、
ドルフィーのアドリブソロがじゅうぶんにはばたく前に、
曲が終わってしまう気がするのです。


ブルーノートのアルバムにありがちですが、
「作品」として作り込まれすぎなのではないでしょうか*3


このアルバムよりも、(作品としてのまとまりはともかく)
のびのびとアドリブソロを繰り広げる
「ファイブスポット」や「イン・ヨーロッパ」のほうが
ジャズとしては面白いかもしれません*4

アドリブ派と構成重視派の違い


そんなのはおまえの好みの問題だろうと言われると、
言葉に詰まってしまいますが、
ここには本質的な問題がある気がしないでもありません*5


つまり、ジャズにとって大切なのは曲(作品)かアドリブかという、
古くからある論争です。


ここでは、その問題に深く立ち入りません。
ただ、それぞれのミュージシャンが、
どういった特性を持っているかは、考慮してもいいでしょう。


ジャズミュージシャンには、(乱暴に分けると)
ただバリバリとアドリブを吹くのが得意な人と、
バンドとしてのサウンド作りが得意な人がいます。


ジャズが、アドリブ重視の音楽である以上、
前者のほうが圧倒的に多数です。


バンドを率いて、独自のサウンドを作ることができる
ジャズミュージシャンは、ごくごく限られています*6


ほとんどのジャズミュージシャンは、
こういうと悪いですが、
アドリブの垂れ流ししかできません。


もちろん、ジャズのアドリブ自体には、
高度な技術と知識、それに経験が必要とされます。


よく訓練されたジャズミュージシャンは、
そこらのクラシックの演奏家より、
楽理(音楽理論)についてはるかに多くの知識を持っています。


しかし彼らが作曲をしないのは、おそらく
作曲することよりも、アドリブをやるほうが楽しいからです


ジャズミュージシャンの多くは、心のどこかで
作曲すること自体をバカにしているかもしれません。
それくらい、ジャズミュージシャンにとって、
アドリブは本質的なものなのです。

ドルフィーはアドリブの人


ではエリック・ドルフィーはどうだったかというと、
ぼくは、基本的にアドリブの人だったと思います。


多くのジャズミュージシャンと同様、
アドリブの一瞬の燃焼にすべてをかけるタイプです。


いかに彼に作曲の才能があろうと、
後世のぼくたちにとっては、
「アドリブのドルフィー」というほうがではないでしょうか。


「作曲家、あるいはサウンドクリエイターとしてのドルフィー」は
なのです*7


ジャズ評論家の後藤雅洋は、たしか
ドルフィーの個性を解くカギは、彼のオリジナル曲にあると
書いていました。


ドルフィーのアドリブとオリジナル曲の
雰囲気は似通っているから、オリジナル曲の構造を解くことで、
ドルフィーの音楽の不思議さも解くことができるのではないか?
という主張です。


その考えに、ぼくは同意しません


なぜなら、彼のオリジナル曲そのものより、
彼のアドリブのほうがずっと魅惑的だからです。
(これに反対する人はいないでしょう)


ドルフィーのオリジナル曲は、
彼のアドリブ演奏のミニチュアみたいなものでしかありません。


ドルフィーの音楽における曲の意味とは、
チャーリー・パーカーCharlie Parkerのプレイにおける
曲の意味と同じだったのではないでしょうか。


つまり、純然たる素材としての曲、という意味です。


ドルフィーにとって、曲やその構成が
決定的な意味を持ったとは、とても考えられません。


それよりも、アドリブ演奏のほうがはるかに決定的ではないでしょうか。


つまり「アウト・トゥ・ランチ」は、ドルフィーにとって
たいへん特殊なアルバムなのです。

サイドマンとして活躍


ドルフィーのアドリブは、演奏自体を触媒にしながら
炎のように盛り上がっていく、
典型的なジャズミュージシャンのそれでした。


彼のキャリアの多くは、リーダーとしての演奏ではなく、
楽器に熟達した、器用なサイドマンとしての演奏でした。


彼の特異なソロを必要とするミュージシャンに請われて、
さまざまなセッションに参加しました*8


そうしたセッションで、ドルフィー
自分に許された範囲で、自由に歌うことを楽しんだのです。


その中には、リーダーアルバムに
勝るとも劣らないすばらしい演奏がいくつもあります。


今回は、そんなアルバムのひとつをご紹介します。
そして、ドルフィーという不世出のアルトサックス奏者が、
どんな特質を持ったミュージシャンであったかを
明らかにしたいと思っています。


それは同時に、
ドルフィーの最高傑作はアウト・トゥ・ランチだ」
という流れに横やりを入れる試みです。


(以下、後編につづくid:putchees:20060316)

*1:もちろん、そういう人がいるということは知っていますけど。

*2:もちろんこれらの回数はあてずっぽうです。

*3:ほかにはセシル・テイラーCecil Taylorの「ユニット・ストラクチャーズUnit Structures」にも同様の不満を感じます。セシル・テイラーの音楽は、なんといっても奔放なライブ盤で聴くに限ります。

*4:なお、「イン・ヨーロッパ第1集」についてはこちらをどうぞ→id:putchees:20050615

*5:ちなみに、ぼくは「アウト・トゥ・ランチ」が前衛的なアプローチだから苦手なわけではありません。

*6:マイルス・デイヴィスMiles Davisは、そうしたミュージシャンの代表的なひとりです。

*7:彼の潜在的な作曲の才能は、早世したために、じゅうぶんに開花しないままでした。彼は晩年、弦楽四重奏曲の構想を持っていたそうです。

*8:彼はしばしば、ソロの出番がない、スタジオミュージシャンでした。