ケニー・ドーハムの枯れたトランペットを聴け!(後編)

putchees2005-09-28


今回のCD


トランペット・トッカータTROMPETA TOCCATA
ケニー・ドーハムKenny Dorham


(BLUE NOTE 1964 BLP 4181)

ミュージシャン


ケニー・ドーハムKenny Dorham(トランペットtrumpet)
ジョー・ヘンダーソンJoe Henderson(テナーサックスtenor Sax)
トミー・フラナガンTommy Flanagan(ピアノpiano)
リチャード・デイヴィスRichard Davis(ベースbass)
アル・ヒースAl Heath(ドラムスdrums)

渋い通好みのトランペッター


(前編よりつづき)

前編からずいぶん時間が空いてしまいました。
申し訳ありません。ようやく復活です。
「女にもてないCDレビュー」は、今後もフツウに続きます。
今後は、週に1回の更新を目指したいと思います。


さて、ジャズトランペッター、ケニー・ドーハム
1964年のアルバムについてお話をしています。


興味のある方は、前編からお読みください。
前編はこちらです↓
http://d.hatena.ne.jp/putchees/20050728

あたたかで訥々としたサウンド


ケニー・ドーハムの残したリーダーアルバムの中で、
もっとも有名なのは、NEW JAZZ(Prestige)レーベルに残された
「静かなるケニーQuiet Kenny」(1959)でしょう。
このアルバムには、彼の美質がすべて込められています。


1曲目「蓮の花Lotus Blossom」の美しいメロディは、
トランペッターなら誰でも、
一度は自分で吹いてみたいと思うのではないでしょうか。


そして「My Ideal」での訥々としたアドリブソロは、
彼の温かな音色とあいまって、最良の効果を上げています。


決して都会派のおしゃれなジャズではありませんが、
滋味あふれる音楽です。


そして最近はラテンジャズがもてはやされているので、
Blue Noteレーベルに残された
「アフロ・キューバンAfro Cuban」(1955)や
「ウナ・マスUna Mas」(1963)などが人気のようです。


後者はハービー・ハンコックHerbie Hancockが参加し、
ゴキゲンなラテンふうジャズピアノを聴かせてくれます。


しかし今回紹介するのは、1964年に残された、
ケニー・ドーハム生涯最後のリーダーアルバムです。


たいへん地味なアルバムなので、
ほとんど注目されることもありません。
このサイトで取り上げるのにふさわしいアルバムといえます。

クラシックふうのタイトル曲


さて、このアルバムには、
「トランペットトッカータTrompeta Toccata」という、
クラシック風の題名がついています。


この名前は、アルバム冒頭に収められた、
ケニー・ドーハム自身による曲のタイトルです。


ちなみに「trompeta」というのは、
「trumpet」のイタリア語型です。


本アルバムで特異なのは、このタイトル曲です。
ほかの3つの曲は、とりたてて変わったところのない
ハードバップなのですが、
タイトル曲の「トランペット・トッカータ」は、
曲調もサウンドも、明らかにユニークなものです。
この曲を中心に紹介していきたいと思います。


「トランペット・トッカータ」は、
クラシックのファンファーレふうのテーマを持っています。
モダンジャズの中ではたいへん珍しい曲調です。
ハイノートを駆使した、トランペットらしい華やかなテーマです。


演奏はトランペットの無伴奏によるおごそかな幕開けから始まります。
テーマは途中から一転して激しいリズムに。
そして壮絶なアドリブソロに突入します。

演奏をしくじってる!!


こういう雰囲気の曲をバッチリ決めると、
カッコいいものです。


ところが、意余って力足りずで、
ケニー・ドーハムは、最後のテーマに戻ったところで、
一か所トチってしまいます。
ハイノートが連続するので、しくじって
ひとつ下の倍音が出てしまったようです。


自作の曲を間違えてしまうのですから、かなりトホホです。
ケニー・ドーハム=非実力派説を裏付ける証拠といえましょう*1
しかも、ケニー・ドーハムのくすんだ音色は、こうした調子の曲を
演奏するのにあまり向いていません。


この手の曲を得意とするのは、たとえば、
1950年代末に彗星のように現れたジャズトランペッター
ブッカー・リトルBooker Little*2です。


彼の1960年のリーダーアルバム「Booker Little」の
A面2曲目に収められた「マイナー・スイートMinor Sweet」を聴いてみてください。


ちょうど「トランペット・トッカータ」に似た、
クラシックふうのテーマですが、
ブッカー・リトルは、完璧な音色とテクニックで、
あざやかに歌い上げます。


ケニー・ドーハムのあぶなっかしい演奏とは、
雲泥の差があります。


これぞジャズトランペットという感じです。


ブッカー・リトル一流、
ケニー・ドーハム二流という言葉が頭に浮かびます。


しかしケニー・ドーハムは、そんなにダメなトランペッターでしょうか?
「トランペット・トッカータ」は、魅力のない演奏でしょうか?


決してそのようなことはありません。


魅力がないどころか、これほど不可思議な魅力を持ったモダンジャズは、
ほかに例がないといえるほどです。
それは、この演奏には個性的なサウンドがあるからです*3


その「サウンド」をかたちづくっている要素を
分析してみましょう。

最先端のジャズに挑戦!


この演奏を聴いて最初に感じるのが「ユニークなムード」です。
クラシカルでありながら、モダンでもあり、
技巧的でありながら素朴であり、
華やかなはずなのに暗さをたたえた独特のムードは、
この曲だけの特徴です。


それにはまず「トランペット・トッカータ」の
作曲の技法に言及しなければなりません。


この曲のアドリブパートは、コードチェンジがごく限られています。
これは、当時流行の「モードmode」手法にもとづいています。
1小節ごとにめまぐるしくコードを変えるのをやめて、
ひとつのコード上で、演奏可能なスケールやフレーズを追求しようという手法です。
コード進行が単純になると、音楽の展開が単調になりそうですが、
代わりに独特の「ムード」が醸し出されます。


この手法は、50年代後半にマイルス・デイヴィスが創始したのですが、
60年代前半においては、マイルスバンド出身の
ジョン・コルトレーンJohn Coltrane*4のグループが発展させていました。
「トランペット・トッカータ」におけるサウンドは、
コルトレーンの影響を多分に感じさせます。


ケニー・ドーハムは保守派のハードバッパーと見なされていますが、
この曲では、当時最先端のサウンドに挑んでいるのです。
ちょっと意外な感じがします。


ケニー・ドーハムはプロのミュージシャンですから、
時代の要求に応えることは当然といえば当然ですが、
せっかくですから録音当時の背景を少し探ってみましょう。

アンドリュー・ヒルとの共演


「トランペット・トッカータ」が発表された1964年といえば、
日本では東京オリンピックが開催された年です。
ちょうどこの年の3月、ケニー・ドーハムは、
先進的なジャズピアニスト、アンドリュー・ヒルAndrew Hillの
レコーディングに参加しています*5
その録音は「ポイント・オブ・デパーチャーPoint of Departure」という
アルバムにまとめられました。


その場に集まったミュージシャンは6人。
ピアノのアンドリュー・ヒル
アルトサックスのエリック・ドルフィーEric Dolphy
テナーサックスのジョー・ヘンダーソン
トランペットのケニー・ドーハム
ベースのリチャード・デイヴィス、
ドラムスのトニー・ウィリアムスTony Williamsです。


従来のジャズの枠を超えていこうとする、
たいへん野心的なセッションでした。


このときのセッションに加わったミュージシャンのうち、
エリック・ドルフィー
リチャード・デイヴィス、
そしてトニー・ウィリアムスは、
同じ1964年の2月に「アウト・トゥ・ランチOut to Lunch」を録音しており、
ケニー・ドーハム
ジョー・ヘンダーソン
そしてリチャード・デイヴィスは、
9月に「トランペットトッカータ」のセッションに集うのです*6


「アウト・トゥ・ランチ」は、エリック・ドルフィー最後の
セッション録音によるリーダーアルバムで、
彼のもっとも野心的なジャズが収録されています*7


「アウト・トゥ・ランチ」に集ったミュージシャン3人と
「トランペット・トッカータ」に集ったミュージシャン3人が、
同じアンドリュー・ヒルのセッションで顔を合わせているのです。


新しいジャズを模索する時代の空気の中で、
先鋭的なミュージシャンに囲まれ、
「保守派」のケニー・ドーハムとても、影響を受けないわけがありません。


ジャズがハードバップから脱皮しようとしているとき、
この「トランペット・トッカータ」が生まれたのです。

ホットでクールなアドリブソロを聴け!


さて、では実際の演奏について探ってみましょう。


この演奏には、「熱さ」と「冷たさ」が
矛盾しないで同居しています。


まずは「熱さ」。
各ソロパートにおける火の出るようなアドリブは、
ここに集ったミュージシャンたちの実力を出し切ったものです。


そして「クールさ」。
情緒的な要素を拒否する、
ここちよい冷たさが満ちた演奏です。


「熱さ」に関して言えば、
リーダーのケニー・ドーハムはもちろんですが、
テナーサックスのジョー・ヘンダーソンが、
コルトレーンばりに、フリーク・トーンまで駆使して
ばりばりと吹きまくります。


アル・ヒースのキンキンと硬質な音色のドラムが、
ホーンのふたりをプッシュしまくります。


たいへんテンションの高い、熱気に満ちた演奏です。


しかしどうがんばっても、このふたりには、
コルトレーン風のサウンドを作るのは無理がありそうです。


ピアノのトミー・フラナガンも、
彼も言ってみれば保守派のジャズピアニストですから、
こういった先鋭的なサウンドを得意とするタイプではありません*8


しかし、こういう典型的なバップミュージシャンたちが、
必死で新しいジャズを演奏しようとしているところが、
また味わい深いものです。


古いタイプのジャズと新しいタイプのジャズが、
とまどいながら共存している様子が、
とてもスリリングです。

クールなベースに注目!


フロント(ホーン)のふたりがひたすら熱いのにくらべ、
リズムセクションの3人は、抑制したスタイルを守っています。
ここから、ある種の冷たさが醸し出されています。


ピアノのトミー・フラナガンは、
熱狂というよりは、ごくストイックに、気品に満ちたタッチで
静かに楽曲のハーモニーを支えます。


ドラムのアル・ヒースは、メリハリのあるドラミングで、
静と動の両極端を行き来します。


しかし、クールさについては、
ベースで参加したリチャード・デイヴィスの作るムードが、
もっとも大きく寄与していると言えるでしょう。


テーマではアルコ(弓弾き)を使っておごそかなムードを演出し、
アドリブパートのバックでは、執拗なオスティナートで、
モノトーンのクールなムードを演出します。


思うに、本セッションにおけるキーパーソンはこの人です。


リチャード・デイヴィスは、隠れたスゴ腕ベーシストです。
彼のくろぐろとした野太いベースの音色は、
バンド全体をぐいぐい引っ張る力を持っています。
エリック・ドルフィーの片腕として、伝説のファイブ・スポットFive Spotを
はじめとする数多くのセッションに参加した経歴はダテじゃありません。


この曲で、彼はたいへん個性的なベースプレイを披露しています。
ことに後半のベースソロでは、フリージャズに近いような、
自由度の高いフレーズを連発します。


ドラムの刻むストイックなリズムをバックに繰り広げられる
奔放なベースソロは、聴き手の肌に粟粒を生じさせます。

うまけりゃいいってもんじゃない!


そしてふたたびケニー・ドーハムのトランペットが
高らかに鳴り響き、曲はテーマに戻ります。
この曲の主役は、やはりトランペットであることがわかります。


ケニー・ドーハムが、枯れた音色で
ハードブロウイングをしているさまは、
不似合いではありますが、独特の迫力に満ちています。


彼の演奏には、ヘタでも味わいがああります。
へたくそなトランペッターが、
無理してこういう曲をやっているところさえも、
それ自体が不可思議な魅力です。


もしこの曲を完璧なトランペッター、
たとえば前述のブッカー・リトル
ウィントン・マルサリスWynton Marsalis
吹いたとしたら、まったく別の音楽になってしまうでしょう*9


ケニー・ドーハムが吹いているから、
このサウンドが生まれたのであり、
これほど魅力的な演奏になりえたのです。


うまけりゃいいってものじゃありません。

技術と感動は比例しない


「○○は技術じゃない、心だ!」というのは、
どんなジャンルでも言われる常套句ですが、
まったくの真実です。ただ、初心者や門外漢には、
そんなことを言われても理解できないだけなのです。


音楽でも、大切なのは技術ではなく心(サウンド)なのです。
技術的にはヘタクソでも、スターになったミュージシャンは、
ジャンルを問わず無数にいます(外見が優先されるアイドルとは別ですよ)。


ケニー・ドーハムもまた、
技術より、その心(サウンド)で愛されたミュージシャンなのです。


世の中には、技術偏重の人たちが一定割合で存在するため、
ケニー・ドーハムのようなミュージシャンは軽んじられることが多いのですが、
そういった人たちは、音楽の本質をまったく理解していません。


指が器用に動くことと、感動の度合は比例しないのです。


ケニー・ドーハムのよさがわからないようでは、
人間まだまだ未熟です。


それは言い過ぎとしても、
ケニー・ドーハムがわかるようになれば、
音楽が、いや、音楽のみならず人生がもっと深みのある、
楽しいものになるはずです。


ぜひ、みなさんも「トランペット・トッカータ」を聴いて、
ケニー・ドーハムの奥深い魅力に触れてみてください。
共演者の熱演もあいまって、60年代のブルーノートを代表する
名演と呼べるものです。


もちろん、こんなものを聴いていても、
女の子にはぜったいにもてませんけど。


(次回は「日本作曲家選輯 諸井三郎」をご紹介する予定です)

*1:しかしマイルス・デイヴィスMiles Davisも、超有名なアルバム「ラウンド・ミッドナイトRound Midnight」で、テーマを一か所トチっていますから、ケニー・ドーハムだけをヘタクソといって難じるのは不公平でしょう。

*2:1938〜1961、マックス・ローチMax Roachエリック・ドルフィーらと共演。

*3:ぼくが「サウンド」と呼ぶのは、バンド全体の奏でる音色のことです。楽器演奏でもっとも大切なのが音色であるように、バンドでもっとも大切なのは「サウンド」です。

*4:1928〜1967、テナーサックス兼ソプラノサックス奏者。

*5:ウィンダム・ヒルWindham Hillではありません。

*6:「ポイント・オブ・デパーチャー」「アウト・トゥ・ランチ」「トランペット・トッカータ」の3枚は、いずれもブルーノートレーベルからのリリースです。

*7:1964年の6月、エリック・ドルフィーはベルリンで急死します。エリック・ドルフィーについては、こちらもご覧ください→http://d.hatena.ne.jp/putchees/20050615

*8:コルトレーンのバンドに参加していたときのトミー・フラナガンの音は、マッコイ・タイナーMcCoy Tynerに比べるといかにも不釣り合いです。

*9:そしてリーダーが違えば、当然、共演者も違った演奏をするに違いありません。