幻の作曲家・大澤壽人の傑作を聴く!

putchees2006-03-25


忘れられた大作曲家


大澤壽人(おおざわ・ひさと1907-1949)
という作曲家のオーケストラ曲が
聴けるコンサートに出かけてきました。


(大澤壽人)


戦前の欧州で活躍し、
東洋人としては異例なほどの賞賛を受けた
作曲家でした。


ところが、
日本ではまったく評価されず、
戦後すぐに亡くなってしまったために、
欧州も日本も、その功績を
すっかり忘れ去ってしまったという、
不幸なめぐりあわせの人でした。


数年前に大量の楽譜が「発見」され、
ようやく脚光が当たりつつあります。


作品の内容のすばらしさからして、
ひょっとすると
これから一種のブームになるかもしれません。


きょうのコンサートでは、彼の
ヨーロッパ時代の代表作ふたつが演奏されました。


クラシック音楽に興味のある人もない人も、
ぜひ下までお読み下さい。

今回はコンサート報告です


【今回のコンサート】
オーケストラ・ニッポニカ 第9回演奏会
「昭和九年の交響曲 その2」


【日時】
2006年3月12日(日) 14:30〜16:30
紀尾井町紀尾井ホール(東京)


【曲目】
大澤壽人(1907-1949)
交響曲第2番(1934)
●「"さくら"の声」ソプラノとオーケストラのための(1935)
●ピアノ協奏曲第2番(1935)


【ミュージシャン】
指揮:本名徹次
管弦楽:オーケストラ・ニッポニカ
ソプラノ独唱:腰越満美
ピアノ独奏:三輪郁

幻の天才作曲家


大澤壽人については、過去のレビュー
ご紹介しています。
id:putchees:20050221


なお、すべてのウェブサイトの中では、
こちらがもっとも詳しい紹介だと思われます→
http://www.nipponica.jp/archive/comp_oozawa.htm


2004年にナクソスレーベルの
日本作曲家選輯シリーズの一枚として出た
「大澤壽人作品集」は、大反響を巻き起こしました。


「どうしてこれほどの作曲家が忘れられていたのだ!?」


という驚きを誰もが感じたのでした。


みなさんも、ぜひそのCDをお聴きください。
お値段は、なんと1000円弱です。


日本作曲家選輯 大澤壽人 ASIN:B000228VYI

幻のパリコンサートを再現


大澤壽人は1935年に、パリで
自作自演コンサートを開きました。


無名の日本人が、現地のオーケストラをやとって、
大規模なコンサートを開いたのです*1


それこそ、パリでは空前の出来事でした。


そしてそのコンサートで、
大澤壽人の作品は大いに賞賛されました。


そんなどえらいやつがいたなんて、
誰も知らなかったでしょ?


その演奏会を再現しようというのが、
今回の試みです。


1935年11月8日に
パリの聴衆の前で披露されたのと同じ
3つの曲が演奏されたのです。


才気煥発な若手作曲家のパワーが
伝わってくるプログラムでした。

志あるアマチュアオーケストラ


今回演奏したのは、
マチュアオーケストラの
オーケストラ・ニッポニカでした。


オーケストラ・ニッポニカについては、
過去のレビューでご紹介しています。
id:putchees:20051126


プロのオケでは興行的に不可能な、
日本人作曲家の知られざる名曲を取り上げることに
熱心に取り組んでいます。


きょうも、アマチュアならではの、
熱意にあふれる演奏を聴かせてくれました。


指揮の本名徹次(ほんな・てつじ)も力演です。


曲目、演奏ともにすぐれた、
満足度の高いコンサートでした。

難解な交響曲


1曲目は、大澤壽人が欧州で発表した
交響曲第二番です。


演奏時間、実に一時間近くに及ぶ大作なのです。


この作品が作曲された年(1934年)、
日本人が作った交響曲が、
初めてヨーロッパで鳴り響きました。


ともにベルリンで演奏された
諸井三郎の「交響曲ハ短調
そして貴志康一の「交響曲 仏陀の生涯」でした*2


西洋音楽を学んだ日本人が、
ようやく白人に互して、
作品を発表できるようになった時期だったのです。


大澤壽人のこの曲は、それらふたつと並ぶものでした*3


日本近代音楽史、画期的な作品といえます。


実際に聴いてみて、
欧米仕込みの緻密で知的な構成によって
作られた音楽という印象を受けました。


当時のヨーロッパの最先端の音楽と比べても、
けっして遜色ない内容だったと思います。


…しかし残念ながら、
ぼくは途中で居眠りしてしまいました


1930年代パリの、
もっとも洗練された聴衆に向けて作られた音楽は、
ぼくのような極東の貧乏人には難しすぎたかもしれません。


ちょっと残念です*4


気を取り直して次に行きます。

「さくら」の変奏曲


休憩を挟んで、
ソプラノ独唱とオーケストラのための小品です。


「さくら さくら」という、日本人なら
誰もが知っているメロディをアレンジしたものです。


おお、美しい!


聴き慣れたメロディが、フランス近代風の和音にのって、
美しく変奏されます。


これはすばらしい。


初演のコンサートでは、フランス人の歌手が
日本語の歌詞で歌ったそうです。


大澤壽人は、欧州に日本の美を伝えるために、
すばらしい仕事をしたと言えるでしょう。


ぜひ、CDに収めてもらって、
繰り返し聴きたいものです。

技巧をきわめたピアノ協奏曲


さあ最後は、ピアノ協奏曲第二番です。


以前にご紹介した
ピアノ協奏曲第三番「神風」(1938)よりも前に、
ヨーロッパで作曲・初演された作品です。


全3楽章で、「急・緩・急」という
伝統的な作法に則った構成です。


この曲は、ヨーロッパの聴衆に向けて
作られたということもあって、
「神風協奏曲」にみられる日本的な要素は
たいへん希薄でした。


それこそ、ラヴェルドビュッシーを思わせるような
フランス流のピアノコンチェルトでした。


この曲に先立つ数年間、
大澤壽人は、アメリカとフランスで研鑽し、
西欧の技法を究め尽くしたと感じていました。


学んだ技法の応用として、交響曲2番や、
このピアノ協奏曲2番を作りました。


したがって、純ヨーロッパ風を思わせる音楽になったとしても
不思議はありません。


彼が日本ということを強く意識するようになったのは、
ひょっとすると、帰国してからだったのかもしれません。


ともあれ、このピアノ協奏曲は、
さきほどの交響曲2番のように、
眠くなるということはありませんでした。


交響曲2番はいくらか佶屈で人工的な印象でした。
一方、このコンチェルトは技巧的でありながら、
まったく自然でなめらかな響きです。


今回のコンサートの白眉といって
さしつかえないでしょう。


まことに美しく、堂々とした音楽でした。
大澤壽人の実力を思い知らされました。


おそらく、初演時のパリの聴衆たちも、
同じような印象を受けたのではないでしょうか。


聴きに来てよかった、心からそう思える作品でした。

パンフレットは必読!


今回のコンサートのパンフレットには、碩学
片山杜秀(かたやま・もりひで)のたいへん詳細な
解説が掲載されていました。


初演当時の批評や、大澤壽人自身の書簡なども掲載された、
資料集としてもたいへん価値のあるものです。


このパンフレットを手に入れるだけでも、
今回のコンサートに来た甲斐があったというものです*5


そのパンフレットから知ることができたのは、
イベールJacques IbertやオネゲルArthur Honeggerといった
大作曲家が彼の作品を賞賛し、
現地の批評家たちも、大澤のことを
そういったパリの代表的な作曲家たちと
並ぶ才能として認めていたということです*6


そして大澤壽人自身が、
若者らしい自恃と客気に溢れた
作曲家だったということです。


楽譜「発見」の経緯についても、
当事者の証言が掲載されています。


大澤壽人の楽譜が、自宅で大切に保管されていながら、
死後半世紀にわたって、誰も見向きもしなかったという事実には、
驚くと同時に、悲しくなってしまいます。


これだけの才能が「再発見」されなければならないなんて!


大澤壽人の作品は、繰り返し演奏される価値のあるものです。
これから「大澤ブーム」が起きたとしても不思議ではありません。
彼の生涯が映画や小説になるかもしれません。


そのブームが起きる前に、ぜひいちど
彼の音楽に触れてみてください。


モーツァルトなんぞ聴いて
浮かれている場合ではないのです。


自分にとってモーツァルトよりも
ずっと身近な(はずの)
日本人作曲家の作品を聴いてみては
いかがでしょうか。


それにしても、大澤壽人という作曲家を発掘した
片山杜秀の仕事は、いくら評価しても足りません。

親密な雰囲気の演奏会


今回のコンサートは、お客の入りは
客席の半分ほどでしたが、
熱心なファンが大部分だったと思われます。


したがって、前回のレビューでご紹介した、
東京フィルのコンサートとは
まったく雰囲気が違っていました。
id:putchees:20060321


ミュージシャンと聴衆との間に親密な一体感がありました。
それが、コンサートの質に影響した気がします。


オーケストラ・ニッポニカの次回の公演では、
早坂文雄(はやさか・ふみお1914-1955)の
未完成だった交響曲が、
若手の作曲家・川島素晴(かわしま・もとはる1972-)の手によって
補作・初演されるそうです*7


こちらも楽しみです。

日本人の音楽を聴こう!


戦前のパリで活躍した日本人というと、
画家の藤田嗣治(ふじた・つぐはる1886-1968)が
まず思い浮かびます。


大澤壽人の知名度はフジタに遠く及びませんでしたが、
それと並び立つ可能性を秘めた才能でした。


第二次世界大戦を前にして、
彼の欧州での活動が中断してしまったのは、
まことに不幸なことです。


しかしパリ時代の彼の作品は、
いまでも輝きを失っていません。


日本の近代音楽には、日本の近代美術や
近代文学勝るとも劣らない魅力があります。


フジタや鴎外を語るように、
大澤や伊福部について語っていいのです。


ぜひ、一般の音楽ファンに、
このジャンルに目を向けてもらいたいものです。


オーケストラ・ニッポニカは、このジャンルにおける
文字通りのイオニアです。


ぜひ彼らのコンサートに足を運んでください*8


未知の名曲に触れる楽しさを満喫できるはずです。


ただ、あいにくなことに、
こんな音楽を聴いていても、女の子にはぜったいにもてません。


(この稿完)


(次回は、ナクソスの新譜「イギリス・チューバ協奏曲集」をご紹介します)

*1:大澤壽人は、実業家の父親から潤沢な支援を受けていました。

*2:諸井三郎の交響曲については、過去のレビューをお読み下さい→id:putchees:20051130

*3:大澤壽人の作品は、初演が遅れて1935年になりました。

*4:知的な音楽が好きな方は、楽しめたかも知れません。

*5:オーケストラ・ニッポニカでは、過去のパンフレットを販売しています。逃した方はぜひどうぞ。値段はたしか1冊250円です。

*6:イベールについては、過去のレビューをお読み下さい→id:putchees:20051102

*7:早坂文雄については、過去のレビューをお読み下さい→id:putchees:20051214

*8:オーケストラ・ニッポニカのウェブサイトはこちらです→ http://www.nipponica.jp/index.htm