坂田明はただの「ミジンコおじさん」ではない!

putchees2005-01-15


今回のCD

AKIRA SAKATA TRIO / DANCE
坂田明トリオ / ダンス
(独・ENJA 1981)

メンバー/Musicians

  • 坂田明(alto sax, alto clarinet, vocal)
  • 吉野弘志(bass)
  • 藤井信雄(drums)

曲目

  1. フランケンシュタイン / Right Frankenstein in Saigne-Legier
  2. ストレンジ・アイランド / Strange island
  3. ラジオのように / Comme a la radio
  4. イナナキ、セカンド / Inanaki, 2nd

チョビヒゲの「ミジンコおじさん」ですが…


坂田明は、テレビタレントとして一般に知られているでしょう。
タモリの番組とか、一時期よく出演していましたからね。


愛嬌のある容貌と、機知に富んだ発言、穏やかな物腰は、
きわめてテレビ向けと言えるでしょう。


ミジンコ学に詳しいことも、つとに知られています。
テレビでも、その面がしばしば取り上げられます。


しかし、彼の本職はミュージシャンです。


しかも、フリージャズのミュージシャンでした。


おそらく、テレビ視聴者の99.9%は、彼の音楽を聴いたことがないでしょう。


彼の楽器はアルトサックス*1です。
70年代中期、黄金期の山下洋輔トリオに参加していました。


70年代のドイツで、「チャーリー・パーカーCharlie Parkerの再来」
などと言われたこともあったのです。

アルトサックスの鬼才なのだ!


彼のアルトサックスがいかにすごいかは、
70年代に欧州で録音された山下トリオの
「クレイCLAY」(ドイツ・ENJA)や「キアズマCHIASMA」(ドイツ・MPS)を聴けばよくわかります。


キケンな爆薬をはらんだ森山威夫のドラムに、
山下洋輔のピアノが火を点け、
坂田明のサックスからロケットを噴射して昇天する、
というのが、当時の山下トリオの演奏でした。


坂田明は80年に自己のトリオを結成、81年に欧州ツアーに出ます。


今回紹介する「DANCE」は、その折のミュンヘンでのライブ録音です。
プロデューサーは、日本人ジャズミュージシャンのレコードを多く作った
ドイツ人、エンヤENJAレコード主宰のホルストウェーバーHorst Weberです。


(ちなみにホルストウェーバーの音楽を見る鋭い目と、
温かな人柄については、山下洋輔のエッセイに詳述されています)

なんとドイツでハナモゲラ


さて、このときのトリオの編成は、アルトサックスにベース、ドラムス。
このスタイルは、60年代のオーネット・コールマンOrnette Colemanトリオを彷彿とさせます。


フリーに近い演奏ですが、難解でもなんでもなく、
痛快無比のジャズが繰り広げられます。


録音のバランスもよく、ベースの野太い低音がビンビン来ます。


一曲目では、坂田明ハナモゲラ歌唱を聴くことができます。
「荒木又衛門! もそっと近う寄れ」云々と、
聴衆には言葉がわからないことをいいことに、やり放題です。


ミュンヘンのドイツ人は、「これが日本のジャズなのか!?」と、
驚いたに違いありません。


ちなみにアナログ盤のジャケット裏の写真では、
坂田明が「TAMORI」と大書されたTシャツを着ています。
当時の山下洋輔筒井康隆タモリという
新宿ゴールデン街人脈の太さを感じさせます。


ただいうまでもなく、このアルバムは、
坂田明のサックスを聴くべき一枚。


2曲目の「Strange Island」冒頭のサックスを聴いてください。


おお……このなまめかしい音色はどうでしょう。
坂田明は、日本でいちばん艶っぽい音を出す
サックス吹きではないでしょうか。


そして、猛烈なスピード感も彼の武器です。
阿部薫のようなヘヴィなサウンドではなく、
軽く、跳びはねるような音色です。
それはB面の「イナナキ、セカンド」で知ることができます。
闇を疾走するようなサックスの即興に酔いしれてください。

「ラジオのように」の決定的ジャズバージョン!


しかしなんといってもこのアルバムの白眉は
B面1曲目に収められた名曲「ラジオのように」でしょう。


ブリジット・フォンテーヌBrigitte Fontaineの呟くような歌声と、
アレスキーAreski&アート・アンサンブル・オブ・シカゴArt Ensemble of Chicagoの
魔術的な演奏が渾然となって生まれた奇跡の音楽が、
坂田明トリオの手で再創造されます。


これはすごいです。
オリジナル曲に負けない魅力的なバージョンです。


ドラムとサックスのデュオで始まり、最後にベースが加わります。
印象的なベースのリフが聞こえてくると、思わず鳥肌が立ちます。


そして坂田明のアルトが、あのメロディを美しく展開させてみせます。
どこまでも自由に、つややかに歌い上げます。


もともとがフリージャズに近い曲だから、
お行儀よく演奏したって、つまんないに違いありません。


すばらしいです。何度聴いてもぞくぞくきます。


もしもジャズが好きなら、これを聴かずに済ませることは、
あまりに損というものです。


ただ、こんなものを聴いていても、女の子には絶対にもてませんが。

*1:他に、ときどきベースクラリネット、アルトクラリネットを使う