伊福部昭の豪快な処女作を聴く!(前編)

putchees2005-06-11


今回のCD


伊福部昭 室内楽作品集


(日本・ミッテンヴァルトMTWD99009)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mittenwald/mtwdcd/cd-ifukube.html

曲目/ミュージシャン


1.ヴァイオリン・ソナタ
(ヴァイオリン:木野雅之 ピアノ:木野真美)
2002年8月30日 トッパンホール セッション録音


2.絃楽オーケストラのための「日本組曲
(指揮:兎束俊之 弦楽:東京音楽大学アンサンブル・エンドレス)
1998年10月14日 カザルスホール ライブ録音


3.ピアノ組曲
 (盆踊/七夕/演伶/佞武多)
(ピアノ:堀陽子)
1990年12月10日 イイノホール ライブ録音

祝!伊福部昭91歳!


世界でも現役最長老の作曲家のひとり、
伊福部昭が、さる5月31日、91歳のお誕生日を迎えました。


たいへんめでたいことです。
今回はそれを記念して、伊福部昭の処女作を紹介したいと思います。


今回紹介するCDには3曲入っていますが、
ぼくが紹介したいのは、3曲目の「ピアノ組曲」です。


ピアノ独奏曲で、4楽章。演奏時間は22分ほどです。
この作品を、伊福部昭は19歳のときに、
まったくの独学で作曲しました。


さて、はたしてどのような曲なのでしょうか。


ちなみに、このCDに収められているのは、正直言って、
あまりいい演奏とは思えませんが、
とりあえず、いまいちばん手に入りやすいCDということで
紹介しておきます。

純日本ふうの「ピアノ組曲


「ピアノ組曲」の4つの楽章は、
それぞれ、「盆踊ぼんおどり」「七夕たなばた」
「演伶ながし」「佞武多ねぶた」 と名付けられています。


ちょっと解説が必要かもしれません。


「ながし」というのは、「流し」のことで、
流しの芸人、という意味だそうです。


「ねぶた」というのは、8月1日から7日まで青森県
各地でおこなわれる、有名なねぶた(ねぷた)祭りのことです。


どうしてこんなにカッコ悪い(?)タイトルが
ついているかというと、
伊福部昭は、ヨーロッパのピアノ組曲のスタイルに
倣ったのだと言っています。


たとえば、バッハJ.S.Bachのピアノ(チェンバロ組曲
思い浮かべてみてください。


それぞれの楽章には、
サラバンドSarabandeだの、ジーグGigueだの、
ガヴォットGavotteだのといった名前がついてます。


これらはすべて、舞踏曲のことなのです。


伊福部昭は、ピアノ組曲を作るに当たって、
ヨーロッパで生まれた組曲という形式には敬意を払いつつも、
サラバンドだなんだといったヨーロッパの舞踏曲をそのまま
真似ることをよしとしませんでした。


したがって、日本の舞踏曲で、
組曲を作ろうと考えたのです。


そこで選ばれたのが、「盆踊り」であり、
「ねぶた」だったというわけです。


え、そんなカッコ悪そうな音楽、聴きたくないって?
まあまあ、ものは試しです。
ともかくいちど聴いてみましょう。

ピアニストが歯を食いしばるスタミナ勝負の難曲!


第1楽章「盆踊り」。
「ドーンドーンドンタカタッタ、ドドーンドドーン!」
という、ミもフタもない、日本的なリズムで始まります。


盆踊りかどうかはわかりませんが、
日本の祭り囃子であることは明白です。


楽譜で見てみると、冒頭はEが3オクターブのユニゾンで、
あとはB(ドイツ音名だとH)が重なるだけという、
とんでもない和音です。


こんな和音は、ヨーロッパはもちろん、
日本でも、作曲の初歩を学んだ人なら、
ぜったいに使うことのない、素朴そのものの和音なのです。


しかもこれが連打、連打、連打です。


明瞭なEメジャーの和音が鳴らされたあと、
テーマ部分に突入します。


「ドンタカタッタ、ドンタカタッタ」
というリズムの繰り返しで、ぐいぐいと突き進んでいきます。


このリズムは、まさに日本的な、
地を這うような、摺り足の踊りです。
ヨーロッパの、腰の位置の高い舞踏じゃなくて、
日本の、腰を落とした重心の低い舞踏です。


浴衣を着て優雅に踊る、都会の盆踊りを想像しないでください。
これは、裸体の男たちが夜を徹して踊り続ける、
古代の祭儀のようなイメージです。


5音音階(ペンタトニックスケール)による単純な曲ですが、
音の分厚さは尋常じゃありません。
楽譜で見ると、これでもかというくらいに、
強く弾けというアクセントが書き込まれています。


最後は、筝のフレーズのような5連符が飛び出します。
左手で絶え間なく五連符を弾きながら*1
右手で4和音のメロディをフォルテで弾き続けるのです。


まるでピアニストにとって拷問のような、
力わざの曲なのです。


ピアノを使って、太鼓を中心とする
日本の雄壮な祭り囃子を表現しようというのですから、
打楽器的な奏法になるのは当然ですが、
それにしても、この迫力はすごいです。


つづく、「七夕」は、うってかわって、
たいへん静かで叙情的な曲です。
まるで線香花火のような、
はかなさを感じさせる音楽です。


「演伶」は、タイトル通り、旅芸人の姿をイメージさせます。
旅芸人がやってきて、ひとしきり芸を見せて、
また立ち去っていくというイメージが浮かびます。
どこか寂しげで、どこかユーモラスです。


最後は「佞武多」です。
Cマイナーの寂しげなメロディですが、
どっしりとしたリズムがズンドコズンドコと寄せては返し、
最後は大津波のようにすべてを押し流してしまいます。
このド迫力の前には、だれもが言葉を失うでしょう。


日本的ではありますが、
島国のせせこましさを超越して、中国大陸や、
遠くアラブの音感覚さえも飲み込んだような堂々たる音響です。


さながら、ムソルグスキーModest Musorgskiy
展覧会の絵Pictures at an Exhibition」の
ピアノ原曲版を彷彿とさせます*2

残念ながらこのCDはいまひとつ


この曲は、ピアニストにとっては体力を消耗する
ムツカシイ曲であるようで、今回紹介するCDでも、
ピアニストは必死という印象です。


「盆踊り」の終盤、5連符のところでは、
極端にテンポが落ちてしまい*3
「ああ、しんどそうだな」と感じます。


「七夕」と「演伶」は悪くありませんが、
「佞武多」では、ミスタッチが見受けられます*4


どうにも、力不足という感が否めません。
ライブということもあって、録音もいまひとつです。


マイナーレーベルからのリリースですし、
日本人作曲家の室内楽曲のCDとしてはたいへん貴重なのですが、
これだけの名曲が、きちんとセッション録音された
CDでリリースされていないというのは、悲しむべきことです。


ぜひ、ロシアあたりの剛腕ピアニストに
この曲を弾いてもらいたいものです。たとえば、
アナトール・ウゴルスキAnatol Ugorskiなんてどうでしょうか。
そんなCDが出たら
きっと、話題を呼ぶに違いないのですけど。


ぼくはこの曲の実演を、昨年6月、
東京オペラシティの意欲的なコンサートシリーズ
「B→C」*5で聴いています。
ピアニストは宮谷理香でした。
強靱なタッチで、骨のある演奏を聴かせてくれました。
魂がふるえる、すばらしい体験でした。


もっともっと、多くのピアニストに弾いてもらいたい名曲です。
そして、世界中の人に聴いてもらいたい名曲なのです。


さて、こんなに腰の据わった揺るぎない曲を、
まったくの独学で作ってしまう伊福部昭という人は、
いったいどんな少年だったのでしょうか?


(以下後編へ続く→id:putchees:20050612)


注意:もちろん、早めに言っておきますが、
こんな音楽を聴いていても、女の子にはぜったいにもてません。

*1:1オクターブ半の音程を、目まぐるしく上下するフレーズです。

*2:もっとも「展覧会の絵」ほど典雅ではなく、土俗的ですが。

*3:わざとやっているのかもしれませんが

*4:楽譜を見ながら確かめたわけじゃありませんけど、「ああ、間違ってるな」と感じます。

*5:Bach to Contemporaryという意味で、バロックから現代音楽まで幅広く取り上げるというプログラムです。毎回、日本の有望な若手演奏家を招いて開かれています。コントラバスバンドネオン、能管などの奏者も加わっています。