ブラジルの青春野郎、ロー・ボルジェスを聴け!

putchees2005-07-22


今回のCD

「ソーニョ・レアルSonho Real」
ロー・ボルジェスLo Borges


1984/2001dubas)

曲目


1. Tempestade
2. Sonho Real
3. Nenhum Misterio
4. Vagas Estrelas
5. Bom Sinal
6. Um Raio De Sol
7. Feliz Aniversario
8. Arma Branca
9. Voce Fica Melhor Assim
10. Fios D'agua

ブラジル音楽はもてるのか?


ひと昔前は、おしゃれなカフェで
ブラジル音楽がかかるのが、
センスの良さを感じさせたものです。


ところが最近はそこらの居酒屋や
商店街の「エクセルシオールカフェ*1」でも
ボサノバがBGMになってしまって、
すっかりおしゃれ度が摩耗した感じです。


流行りすたりというのは恐ろしい速度です。
「セレブ」という流行語がたちまち摩滅して、
いつのまにか「鼻セレブ」などという、
ティッシュペーパーの名前にまで堕ちてしまったみたいなものです*2


最近のおしゃれカフェでは、
いったいどんな音楽がかかっているのでしょうか。


いずれにしても、
「ブラジル音楽=おしゃれな音楽=もてる音楽」
などという関係式がもはや無効なのは明らかです。


いまどきアストラッド・ジルベルトAstrud Gilbertoなんて
得意げに聴いていても笑われるだけでしょう。


さて、季節は夏です。
もてるもてないはともかく、
「夏にはブラジル音楽がよく似合ふ」というのは、
とくに流行とは関係のない真実です。


タワーレコードHMVに行くと、ブラジル音楽のコーナーが
ひときわ目立つようになるのがこの季節です。


今回はその片隅に、
ひっそりと置かれているCDを紹介したいと思います。

ミルトン・ナシメントの親友なのだ


ブラジルにロー・ボルジェスというシンガーがいます。


ジャンルはポップスです。ボサノバじゃありません。
ブラジリアンポップスのことをMPBといいます。


おそらく彼の名前はご存じないでしょう。


彼の親友には、
ミルトン・ナシメントMilton Nascimentoというシンガーがいます。


ミルトン・ナシメントなら、知っている人は多いかもしれません。
ミルトンは合衆国のジャズミュージシャン、
ウェイン・ショーターWayne Shorter*3と組んで
「ネイティブ・ダンサーNative Dancer」(1974)という名作を残しました。


北米で広く知られるようになったミルトン*4は、
たちまち大スターになりましたが、彼の親友は
21世紀になっても依然としてマイナーです。


ロー・ボルジェスは寡作で、活動休止期間も長く、
メジャーになれないことに、それなりの理由はあるのですが、
彼のもうひとりの親友トニーニョ・オルタToninho Hortaが
それなりにメジャーになっているのを見るにつけ*5
ロー・ボルジェスだけが不当にマイナーであるという思いが募ります。


Google検索で「ミルトン・ナシメント」は7390件ヒットしますが、
ロー・ボルジェス」は353件しかヒットしません*6
実に20分の1以下です。このあたりにも、
ロー・ボルジェスのマイナーぶりが現れています。


しかし、彼の音楽が、ミルトン・ナシメントのそれにくらべて、
20分の1の魅力しかないかというと、まったくそのようなことはありません。


ブラジルにはあまたのすぐれたメロディ・メイカーが
いますが、1970〜80年代のMPB界では、
ロー・ボルジェスイヴァン・リンスIvan Linsなどとならんで、
まちがいなく最高の才能でした。


ロー・ボルジェスの魅力的なメロディは、
盟友のミルトン・ナシメントトニーニョ・オルタ
もちろん、歌姫エリス・ヘジーナElis Reginaエリス・レジーナ
が好んで取り上げ、自らのレパートリーにしていました。


ブラジル音楽のコンピレーションCDの多くには、
ロー・ボルジェスの曲がカバーバージョンなどで収録されています。
彼の名前は知らなくとも、
曲は多くの人が耳にしているのではないでしょうか。

「切なさ」と「透明感」


彼の音楽の魅力をひとことで表すなら、
それは「切なさ」です。


彼の書く曲はとても切ない。
美しい曲を書く人は大ぜいいますが、
切ない気持ちにさせてくれる作曲家は、あまり多くありません。


切ないという情緒は、おそらく
失われたものへの郷愁と関係しています。
ブラジル語*7の歌詞の意味はわからなくとも、
彼の書いたメロディだけで、どんな人でも
失われたものへの郷愁がかき立てられ、
胸が締めつけられるのではないでしょうか。


もうひとつ魅力を挙げるとするなら「透明感」でしょうか。
メロディも透き通ったイメージですが、なによりその声です。


彼の声には、カエターノ・ヴェローゾCaetano Velosoのように
酸いも甘いも噛み分けた大人の深みはありませんし、
ジョアン・ボスコJoao Boscoや
ジョルジ・ベンJorge Ben(ジョルジ・ベンジョールJorge Benjor)ような
圧倒的バイタリティもありません。


しかし、ロー・ボルジェスの濁りのない清澄な声は、
あたかもブラジルの紺碧の空を思わせます*8

33年間でわずか8枚のアルバム


ロー・ボルジェスは、
1952年にブラジル内陸部ミナス・ジェラルド州で生まれました。
音楽一家で、彼のきょうだいの多くはすぐれたミュージシャンです。


1972年に、仲間たちと作ったアルバム
「クルビ・ダ・エスキーナClube da Esquina」で
デビューします。19歳のときです。


このアルバムには、ミルトン・ナシメントとの共作を含め、
ロー・ボルジェスの曲が8つも収められています。


ビートルズThe Beatlesにあこがれる10代の少年の、
あふれる創作意欲が刻み付けられています。


ロー・ボルジェスは同じ72年にソロデビューを果たします。
そして現在までに8枚のソロアルバムを作成しています。


33年間で8枚ですから、たいへんな寡作と言えるでしょう。


今回ご紹介するのは、そのうち4枚目のソロアルバムです。


ちなみに、ロー・ボルジェスミルトン・ナシメント
そして「クルビ・ダ・エスキーナ」に集ったミュージシャンに
ついては、以下のサイトでたいへん詳細に紹介されています。
愛情のこもった、たいへん誠実に作られたサイトです。
MPBをはじめブラジル音楽に関心のある方は、
ぜひ一度ごらんください。


ミルトン・ナシメントと街角クラブ」
http://www.geocities.jp/minas_geraes/index.htm

村下孝蔵の曲にそっくり?


さて、84年に制作されたアルバム
「ソーニョ・レアル」についてです。


アナログ盤は長らく入手困難だったようですが、
幸い2001年にCD化されました。


このアルバムは、1曲目から最後の10曲目まで、
透明で若さにあふれた名曲ぞろいです。
たとえばタイトル曲の「Sonho Real」などは、さわやかな
青春賛歌といった感じで、たいへんすぐれたポップスです。
アレンジも豪華で、80年代の典型的なポップスの枠組みながら、
いまでも新鮮さを失っていません。


人によって曲の好みは分かれるところでしょうが、
ぼくが推したいのは6曲目の「Um Raio De Sol」です。
マイナーキーのメロディがどうしようもなく胸を締めつけます。


サビの部分の美しさは特筆すべきでしょう。
Dm7 G7 CM7 Am7 Dm7....という
Cメジャーの循環コードに乗せたメロディが、きっと
あなたの青春の1ページをフラッシュバックさせます。


このサビの部分、
まるで日本の80年代の歌謡曲*9を思わせるようなメロディです。
……と思って調べてみると、ちょうど村下孝蔵の83年のヒット曲
「初恋」のサビの部分のコード進行が、
これと同じCメジャーの循環コードです。


しかもAm7とDm7の間にA7が入るところも、
「初恋」とそっくりそのままです。
この2曲は年代的にも83年と84年ですから、ほぼ同時代です。


循環コード自体はまったくありふれた手法ですから
お互いの曲はまったく無関係でしょう。
しかし、村下孝蔵といえば、青春のノスタルジーを歌う名手でした。
ロー・ボルジェスも、青春の輝きを感じさせる曲を得意とします。


違いといえば、村下孝蔵は日本的にしっとりと湿っているのですが、
ロー・ボルジェスは南米風にからりと乾いているところでしょうか。
いずれにしても、このふたつの曲が持つ気分は、たいへん似通っています。
なんと、このふたりは生年も52年と53年で、わずか1歳違いです。


ごく乱暴ですが、ここでロー・ボルジェス
「ブラジルの村下孝蔵」と呼んでみたいと思います*10


……と、強引にレッテルを貼ってみると、
現在30歳以上の日本人なら、いくらかロー・ボルジェス
興味を持ってくれるでしょうか。
村下孝蔵が46歳で死んで、もう6年になります。


ともあれ、地球のちょうど裏側に、
ある種の近親性を持ったふたりのシンガーが存在したというのは、
興味深いことです。

永遠の青春野郎!?


それにしても、ロー・ボルジェスの若々しい歌声はどうでしょう。


同じように澄み渡った歌声ということなら、
イヴァン・リンスもまた、風のように透き通った声の持ち主です。
しかし、イヴァン・リンスの声が、
いくらか憂いを含んでいるのにくらべて、
ロー・ボルジェスのそれは、憂いとはまるで無縁です。


ここで注意しておきたいのは、
憂いを含んだ声だからこそ、イヴァン・リンスは、
大メジャーな存在になることができたのかも知れないということです。


良くも悪くも、ロー・ボルジェスの声は「青くさい」のです。
だからこそ、大メジャーになることなく、これまでのキャリアを
送ってきたのかもしれません。


しかし、その青くささこそが、
ロー・ボルジェスの魅力なのです。


驚くべきことに、この若々しさは、近作においても、
決して失われてはいません。
まったくうれしいことに、ロー・ボルジェスは、
いまもロー・ボルジェスのままなのです。


彼をたとえば「永遠の青春野郎」などと呼んでも、
ファンは決して怒らないでしょう。


みなさんもぜひ一度、彼の美しく澄み渡った声と、
輝かしさと切なさに満ちたメロディに触れてみてください。


ひとたび聴けば、きっとみんなとりこになるに違いないのですから。


彼はいまも、元気にステージに立っています。
いちどは彼の生の声を聴いてみたいものです。


ちなみに彼の公式サイトはこちらです(ただしブラジル語)。
http://www.loborges.com.br/index.asp


ただし、こんなマイナーなシンガーを聴いていても、
女の子にはきっともてません。


ぜひ、みなさんが彼の存在をメジャーにして、
女の子にもてる音楽にしてあげてください。

*1:経営はドトールコーヒーですね。

*2:セレブリティCelebrityという英単語の意味をみんなわかっているのでしょうか?

*3:ジャズメッセンジャーJazz Messengersマイルス・デイヴィスMiles Davisグループ、ウェザー・リポートWeather Reportなどで活躍したテナーサックス&ソプラノサックス奏者。

*4:ジョアン・ジルベルトJoao Gilbertoやセルジオ・メンデスSergio Mendesからエルメート・パスコアルHermeto Pascoalに至るまで、世界的に知られるようになったブラジル人ミュージシャンは、合衆国での活躍が人気のきっかけである場合が多い。

*5:トニーニョ・オルタの場合も、アメリカのギター奏者、パット・メセニーPat Methenyとの共演がメジャーになる大きなきっかけでした。

*6:2005年7月19日現在。

*7:ブラジル化されたポルトガル語のこと。

*8:ぼく自身はブラジルへ行ったことはありませんが。

*9:もしくは「ニューミュージック」。

*10:村下孝蔵を「日本のロー・ボルジェス」と呼んでもいいのですが。