横浜ジャズプロムナードで板橋文夫を聴く!

putchees2005-10-13


今回はコンサート報告です


横浜ジャズプロムナード2005
10月9日(日)横浜・関内大ホール会場


●17:30〜19:00
板橋文夫セッション「秋月夜スペシャル」
(ミュージシャン)
板橋文夫(p)、太田恵資(vln)、
外山明、翁長巳酉(以上per)、
竹澤悦子(箏・三味線・vo)
おおたか静流(vo)


●19:20〜21:20
板橋文夫ジャズ・オーケストラ
(ミュージシャン)
板橋文夫(p)、村井祐児(cl)、
片山広明(ts)、梅津和時林栄一(以上as)、
田村夏樹(tp)、後藤篤(tb)、太田恵資(vln)、
井野信義(b)、小山彰太(ds)、外山明(per)

横浜・秋の風物詩


10月の上旬に毎年開かれているジャズフェスティバル、
横浜ジャズプロムナード2005に出かけてきました。


あまり有名なイベントではないので、
ご存じではない人も多いでしょう。


横浜市内の10箇所ほどのホールを利用して、2日間で
約100回のステージが行われる、たいへん大規模なお祭りなのです。


ホールだけでなく、市内の各ジャズクラブでも
この2日間はジャズプロムナードと協賛したライブが開かれますし、
市内のあちこちではアマチュアによる街頭ライブが行われます。


横浜の中心部がジャズ一色になるという表現がぴったりします。


地元の人にとってはやかましいだけかもしれませんが、
訪れる人にとっては愉快なお祭りです。


パス代わりのバッヂをつけていれば、
全ての会場に自由に出入りできます。
秋晴れの下、スケジュール表を片手に、
会場から会場へ、港町を散歩がてら移動するのは、
たいへん楽しいものです。


ふだん、ジャズなんて聴かない人にとっても、
お気に入りのミュージシャンを見つける、
いい機会なのではないでしょうか。

マイナーなミュージシャンばかり


このジャズフェスがマイナーなのには理由があります。
地元のボランティアが中心になって運営しているイベントだけあって、
出演するミュージシャンがマイナーなのです。


出演するのは、日本人ミュージシャンが大半です。
言うまでもなく、日本人のジャズミュージシャンなんて
ほとんど全員無名です。
わずかに呼ばれる外国からの出演者も、
とてもメジャーとはいいがたい人たちです。


しかも、出演する日本人ミュージシャンも、
渋さ知らズフェダイン*1、のなか悟空と人間国宝など、
フリージャズ系の人材が大挙出演し、アグレッシブな即興演奏で
行楽気分の家族連れの幸福感をみごとに打ち砕いてきました。


したがって、ステージの選択を誤るとたいへんです。
「マイ・ファニー・バレンタイン」でも聴いて指をパチパチ鳴らすつもりが、
工事現場みたいな騒音に1時間つきあうことになったりします。


つまり、一般大衆向けのお祭りというのは表向きで、
実はたいへん通好みのジャズフェスなのです。


しかし、ぼくはそういうところがたいへん気に入っています。


どこかのジャズフェスのように、
ピークを過ぎてまともな演奏もできないくせに、
ギャラだけは高い外国の有名ミュージシャンを連れてきて、
高い入場料をふんだくるイベントより、はるかに良心的です。


マイナーでも、実力のあるすばらしいジャズミュージシャンが
日本にごろごろいるということを一般に知らしめるために、
これほどいいイベントはありません。


4ビートの保守的なジャズも、ぐちゃぐちゃのフリーも、
いっさい区別しないで扱っているところに、
主催者の度量を感じます。


あらゆるジャズがごった煮ですから、
どんな音楽が聴けるのか予測不能だったりします。
悪いほうに当たると悲惨ですが、運がよければ、
たまたま入った会場で聴いた音楽が、
その人にとっての啓示になるかもしれません。


ジャズの聴衆を広げる可能性を感じさせるイベントなのです。


反対に、くたびれたミュージシャンばかり出演している
商業的なジャズフェスは、音楽の未来に
ほとんどまったく寄与しないと思われます。


横浜ジャズプロムナードの公式サイトはこちらです。
http://www.jazzpro.jp/

秋吉敏子を聴けなかった


ぼくが出かけたのは、2日目の10月9日です。
今年は昨年に引き続き、会期中の天気には恵まれませんでした。


最初に出かけたのは穐吉敏子(あきよし・としこ1929〜)
トリオの演奏です。秋吉敏子は、
女性ジャズピアニストとしては、
おそらく世界でもっとも有名なひとりでしょう。
彼女は50年代から合衆国で活躍してきました。


今年のジャズプロムナードの目玉が、彼女の演奏でした。


ところが、会場に着いて愕然としました。
満席で入れなかったのです。


ジャズプロムナードには90年代後半から通っていますが、
会場に入れなかったというのは初めてです。


やむなく、とぼとぼと隣の会場に移って
フツウの4ビートジャズを聴いてきました。

意欲的なサックスカルテット


次いで出かけたのは、クアドラQUADRAというサックスだけの
4人グループの演奏でした。


ソプラノ(テナーと持ち替え)、アルト、テナー、バリトンという
4本のサックスでジャズをやるわけです。


サックスカルテットは、クラシックの世界では
近年わりと増えている編成です。


従って、クラシックっぽい気取った音かな、
という予断を持って聴きに行きました。


ところが、その予断はいい方向に裏切られました。


彼らはセロニアス・モンクThelonious Monk
チャールス・ミンガスCharles Mingusの個性的な曲を、
たいへん巧みに調理していました。


ことに、ソプラノとバリトンの奏者は、
そうとうクセのある実力派と見ました。


彼らは90年代から活動しているそうです。
これまで知らなかったのが悔やまれますが、
注目していいミュージシャンだと思います。


ジャズプロムナードならではの、いい音楽との出会いでした。

会場に入れないよ!!


さて、つぎはオランダのジャズオーケストラを
聴きに行こうとしたのですが、
会場の関内大ホールに行ってびっくりしました。


まだ移動時間だというのに、会場の周囲をお客さんの列が
ぐるりと取り囲んでいるのです。
まったく有名でないミュージシャンの演奏なのに、
いったいどうしたことでしょう。


けっきょく、ぼくは会場に入ることができませんでした。


今年のジャズプロムナードはなんかヘンだぞ?


こんなにお客さんが詰めかけるというのは、ぼく個人は
まったく初めての経験です。


雨模様の週末だから、みんなピクニックやドライブをやめて、
ジャズを聴きに来ているのでしょうか。
こんなに混雑する理由がさっぱりわかりません。


お祭りがにぎわうのはいいことですが、
聴きたい音楽が聴けないというのは困ったことです。


仕方ないので、次の板橋文夫セッションが始まるまでの
2時間、関内大ホールの前で並んでいることにしました。
ムダな時間ですが、他の会場を回ったことで、
板橋文夫まで聞き逃すことになっては一大事だからです。

板橋文夫セッション「秋月夜スペシャル」


五時半になって、ようやく会場に入ることができました。
案の定、大ホールは立ち見も出る大盛況です。


板橋文夫による最初のセッションは、
ちょっと風変わりな編成でした。


ステージの真ん中に筝(十三絃と十七絃)が二面置かれていました。


板橋文夫のピアノに、ヴォーカル、筝、パーカッション、
ドラムス、それにヴァイオリンです。


どんな音楽が始まるやら、見当もつきません。


始まってみると、ボーカル付きのフリージャズという感じでした。


まったく聴きやすくないので、ちょっとびっくりしました。


せっかくこれだけの大ホールが満員になっているのだから、
もっと耳に心地よい音を演奏して、
ファンを増やす努力をすればいいのにと思うのですが、
まったくおかまいなしです。


板橋文夫は、自分のやりたい音楽をやるだけなのです。


まったくもって男らしい。大好きです。


しかし、このセッション自体には感心しませんでした。
ステージ全体を通じて、ごくごく静かな音楽だったので、
板橋文夫の必殺技、爆裂ピアノが聴けなかったからです。


もちろん、それだけではありません。
筝や三味線、エキセントリックなボーカルという仕掛けが、
どうにも空回りしている感じでした。


特に、筝の音響の無意味さには腹が立つほどでした。
音楽にまったく貢献していなかったからです。
ぼくは以前から、民族楽器と西洋楽器の
安易な組み合わせには否定的なのですが*2
今回はまさにその悪しき例を見る思いでした。


あの板橋文夫が作る音楽だというのに、
こういうことを書かなければならないのは残念なことです。


ただ「ふるさと」などの童謡を歌うヴォーカルはエモーショナルで
美しいものでした。よい点を挙げるとすればそのくらいでしょうか。

板橋文夫ジャズ・オーケストラ


さて、セットチェンジが終わると、お待ちかねの
板橋文夫オーケストラの演奏です。


ほんとうはデイヴ・パイクDave Pike*3が出演する別の会場へ
行こうかと思ったのですが、そちらが満員だと目も当てられないので、
そのまま留まることにしました。


それはともかく、
このセッションの板橋文夫は、さきほどとうってかわって
ダイナミックな爆裂ピアノを存分に披露してくれました。


そうそう、板橋文夫はやはりこうでなきゃいけません*4


なにしろきょうは、フロント陣が豪華です。
林栄一梅津和時の強力な2本アルトに、
魂をふるわす片山広明のテナー、それにクラリネット
トランペット、トロンボーンです。


これだけのホーンが一度に鳴ると、
その音量はたいへんなものです。


対抗上必然的に、板橋文夫のピアノは、
ふだんよりいっそう強打しなければならなくなります。


強力フロント陣VSピアノのデスマッチの始まりです*5


ちなみに、本来はバリトンサックスで吉田隆一が参加する
予定だったのですが、急病で欠席だそうです。
日本のフリージャズ界で貴重なバリトンサックス奏者なので、
一日も早い復帰を祈ります。


きょうの曲目は、ほぼ、
いつもの板橋文夫オーケストラと同じ曲目でした。


板橋文夫は風邪気味ということでしたが、
いつにも増して、パワフル&アグレッシヴでした。


なんと、2時間にわたって全力疾走のプレイを
繰り広げてくれたのです。


見たことがない人には、おそらく衝撃のステージでしょう。
ピアノをあんなふうに弾く人がいるとは、
たぶん誰も想像しないでしょうから。


板橋文夫オーケストラの演奏は、まさに
プロレス的な光景です。


梅津和時林栄一、片山広明、太田恵資というクセ者ぞろいの
フロント陣全員と、ピアノ一台が対峙するのです。


ドラムスとベースは、プロレスでいうなら観客にあたる
役回りでしょうか。


小山彰太のパルスのようなドラミングと、
外山明のつんのめるような変態リズムが渾然となって、
ホーンVSピアノのバトルを煽り立てます。


ホーン軍団が「せえの!」と大音量で責め立てると、
板橋文夫クラスター&グリッサンドで逆襲します。


ホーン陣も負けじといっそう大音量を出しますから、
ピアノもさらに爆音で応酬します。


フツウは、ソロを取るプレイヤーがいれば、
ほかの演奏者は音量を落とすはずなのですが、
彼らはそんなこと念頭にありません。


まったくデリカシーに欠ける音楽ですが、
だからこそ表現できることもあるのです。


板橋文夫は腰を浮かせて、全体重を鍵盤に
叩き付けているようです。


頭の血管が切れそうです。見ていてはらはらします。


齢56にして、あれほどエネルギッシュな演奏ができる
楽家はそういないでしょう。


音楽は肉体で演奏するものなのだという、しごく当然のことを、
打ち込み世代のぼくたちに教えてくれます。


そして、こんなにめちゃめちゃに弾いているのに、
音楽性がまったく失われないことに驚かされます。


板橋文夫のピアノからは、
どんなときも豊かなメロディが響いてきます。


従って、彼の音楽は少しも難解ではありません。
小学生でもわかる明快な音楽です。


彼の音楽は飾りません。
自然体で、あったかいのです。


小手先の技術に頼らない、
正真正銘ホンモノの音楽なのです。


ホーン軍団がどんなに強力でも、
最後は板橋文夫に圧倒されてしまいます。
もちろん、ホーン軍団にもリズム隊にも
見せ場は与えられるのですが、
ステージのチャンピオンはやはり板橋文夫なのです。


120分一本勝負は、
見事に板橋文夫のフォール勝ちでした。


アンコールでさらに3曲演奏して、
会場から大喝采を浴びます。


板橋文夫の後ろ姿が、まるで勝ちどきをあげる
アントニオ猪木のように見えました。


これこそ最高のショウです。見せ物です。芸なのです。
ステージというのはこうでなくちゃいけません。


芸術だー、なんて肩肘張ってちゃダメなのです。


とにかくたいへんすばらしいセッションでした。
ただ、同行した友人は、PAの不備を指摘して、
各楽器のバランスがなっていなかったと憤慨していました。


たしかに、フリーに近いジャズを大ホールで聴くのは、
いささか無理があるかもしれません。


渋さ知らズでもそうですが、
この手の音楽は、ロックやフツウのバンドと、
PAのバランスの取り方が違う気がします*6


PAエンジニアの腕が試される音楽といえるでしょう。
がんばってもらいたいものです。


これで板橋文夫を知ったお客さんには、
ぜひいちどジャズクラブで彼の音楽を聴いてほしいものです。


まあ、女の子にウケる音楽じゃないから、
ぜったいにデートには使えないですけど。


ちなみに、板橋文夫については過去3回、本レビューで
取り上げています。よかったら読んでください。
id:putchees:20041214 id:putchees:20050127
id:putchees:20050204

来年もお楽しみに


こうして、今年のジャズプロムナードは終了しました。
公式サイトによれば、2日間でのべ12万人以上のお客さんが
訪れたそうです。なるほど、会場に入れないのも納得です。


他の会場でも、きっと楽しいステージが
数多くあったことでしょう。
みなさんが行ってよかったステージがあれば、
ぜひ教えてください。


来年はいっそうにぎやかに、いっそう楽しいイベントに
なることを期待しています。


行ったことがない人はぜひ来年、
横浜ジャズプロムナードに出かけてみてください。
未知の音楽に出会う楽しさを体験してみてください。


ただここでやってる音楽は、(上に書いたように)しばしば、
とても女の子にもてそうにないものだったりしますけど。

*1:伝え聞くところでは、諸般の事情で、渋さ知らズはもう出演しないそうです。

*2:ドン・チェリーDon Cherryによる怪しい民族音楽風ジャズのレビューをお読みください→http://d.hatena.ne.jp/putchees/20041227

*3:ジャズヴァイブラフォン(ヴィブラフォン)奏者。ビル・エヴァンスBill Evansと共演した「Pike's Peak」や、ギター奏者フォルカー・クリーゲルVolker Kriegelの加わったデイヴ・パイク・セットDave Pike Setの演奏で有名。

*4:もちろん、彼は叙情性溢れる優しいピアノが弾ける人でもありますが。

*5:ジャズのセッションはプロレスにたとえられることが多いのですが、板橋文夫のセッションはとりわけプロレスを連想させます。理由は一度見ればわかります。

*6:渋さ知らズのライブにおけるPAのバランスの難しさについては、以前も何度か指摘しています→id:putchees:20050418 id:putchees:20050403 id:putchees:20050114