ユダヤ系ジャズの超絶グループ・ダブカを聴け!(前編)

putchees2005-11-13


今回のCD


ダブカDavka
「ダブカ ライブDavka Live」


(2005年 合衆国・Tzadik8104)

曲目


1.Road to Sfat
2.Bactrian
3.MNT II
4.Darka
5.Zehngut Doina and Behusher Khosidl
6.Needle of Light
7.Yo Semite
8.Horafived
9.Jumping on The Five / Seven Corners Country
10.Kinda Vulgar Bulgar
11.MNT I

ミュージシャン


ポール・ハンソンPaul Hanson(Bassoon)
ダニエル・ホフマンDaniel Hoffman(Violin)
ケヴィン・マミーKevin Mummey(Dumbek、Zarb、Cajon
モーゼス・セドラーMoses Sedler(Cello)

前衛ポップスの名レーベル


アルトサックス奏者・作曲家の
ジョン・ゾーンJohn Zornが主宰する
レコードレーベル・ツァディックTzadikから
出ているCDをご紹介します。


ツァディックは、アヴァンギャルド
ポップミュージックの殿堂といえます。


そのカタログには、
ジョン・ゾーン自身のグループであるマサダMasadaや
ネイキッド・シティNaked City、
ペインキラーPain Killerはもちろん、
デレク・ベイリーDerek Bailey
ミシャ・メンゲルベルクMisha Mengelbergといった
フリージャズ系のミュージシャン
ビル・ラズウェルBill Laswell
ジム・オルークJim O'Rourkeといった
ポップス系の前衛ミュージシャン
さらにモートン・フェルドマンMorton Feldmanや
ハリー・パーチHarry Partchといった
超硬派の現代音楽作曲家までが含まれています。


またNEW JAPANシリーズの中には、
大友良英(おおとも・よしひで)、
篠田昌巳(しのだ・まさみ)のコンポステラCompostela、
勝井祐二(かつい・ゆうじ)のROVO
巻上公一(まきがみ・こういち)や
近藤等則(こんどう・としのり)、
藤枝守(ふじえだ・まもる)などが含まれています。


まったく儲かりそうにないCDばかりですが、
はたしてやっていけているのか心配です。


ぼくみたいなマニアックな音楽ファンにとっては、
たいへん貴重なレーベルなので、
今後も末永く続いてほしいものです。


ちなみに、ツァディックという名前は、
ヘブライ語で「義人」ともいうべき意味の言葉です*1

ユダヤ系ジャズって?


さて、今回紹介するCDは、ツァディックの
ラディカル・ジューイッシュ・カルチャーRadical Jewish Culture
シリーズから出ているものです。
ダブカ(ダヴカ)という、合衆国・サンフランシスコの
グループのライブ盤です。


彼らの音楽は、ジョン・ゾーンのグループ・マサダと同じ、
ユダヤ系ジャズJewish Jazzです。


とはいえ、ユダヤ系ジャズと聞いても、なんのこっちゃ
という人が大部分でしょう。


下で説明しますので、とりあえず読み進めてください。


ちなみにダブカというのは、ヨルダンやシリア、レバノン
ラインダンスのことだそうです。


舞踏曲を意識した音楽ということなのかもしれません。
たしかに、彼らの演奏はたいへんグルーヴィーです。

最新のライブ盤


このアルバムは、彼らのツァディックにおける
4枚目のアルバムです。2003年から2004年にかけての、
サンタ・クルーズSanta CruzとバークリーBerkeley*2での
ライブパフォーマンスが収められています。


ぼくはこのバンドのことを何も知りませんでした。
新宿のディスクユニオンの店内でかかっているのを聴いて、
あまりのカッコ良さに、買わずにいられなかったのです。

個性的な楽器編成


このグループは、ヴァイオリンバスーン
チェロパーカッションという、たいへん
変則的な楽器編成によるカルテットです。


まあ、説明はともかく聴いてみてください。


んん? これはなんでしょう?
クラシック? いや、そうではありません。
むしろ中東あたりの民族音楽に近いようです。
どうやら即興演奏が行われているようですが、
いわゆるモダンジャズではなさそうです。


不可思議なサウンドですが、存在感があって、
ぐいぐいと引き込まれます。


このバンドでは、アラブふうのエキゾチックなメロディと、
クラシカルで洗練されたアンサンブル
それにジャズふうの即興演奏が、みごとに融合しています。


クレズマー(クレツマー)Klezmerという東欧ユダヤ人の
音楽を知っている人は、ああなるほどと思うかもしれません。


クレズマーは、
アラブ風であり、ヨーロッパ風であり、
ブラスバンドふうであり、チンドン屋ふうであり、
明るくもあり、悲しくもあり、寂しくもあるような、
ハイブリッドの(混血の)民族音楽です。


ダブカのサウンドは、そのクレズマーを
現代ふうに洗練したような音楽なのです。


洗練されているとは言っても、彼らの音楽は去勢されていません
民族音楽の持つバイタリティに溢れています。
それが、圧倒的な存在感の理由でしょう。
ライブ盤ということもあって、たいへん熱のこもった演奏です。

変幻自在のサウンド


メロディを取るのはおもにヴァイオリンで、
チェロがべースを支え、バスーンが対位法的にハーモニーを助け、
パーカッションがリズムを作り出します。


バスーンがメロディをとるときは、
ヴァイオリンが伴奏に回ります。
そしてチェロがメロディを取るときは、
ヴァイオリンとバスーンがハーモニー部分を担当します。


この「旋律〜伴奏」相互の入れ替わりが、じつに巧み
それぞれの奏者が、相当の手だれであることが即座にわかります。


ヴァイオリンは、ときにクラシックのヴァイオリンのように、
ときにクレツマーのヴァイオリンそのもののように、
またあるときはアラブの擦弦楽器・ラバーブrabab/rebabのように、
めまぐるしくスタイルを変えて歌いまくります。
まさにヴィルチュオーゾ(名手)の至芸です。


そしてバスーン(イタリア語ではファゴットfagotto)の
怪しい音色がすばらしい。
クラシックの楽器なのに、ここではまるで中東〜中央アジア
民族楽器のように聞こえます。


もともと、ファゴットオーボエoboeのような
ダブルリードの楽器は中央アジアで生まれたといわれており、
現在でもアルメニアグルジアにはドゥドゥク、
トルコにはメイと呼ばれる、篳篥(ひちりき)の親戚の
ダブルリード楽器が残っています。


古代のヘブライ人も、ハリールhalilというリード楽器を
持っていたようです*3


ダブカにおけるバスーン奏者は、バスーンという楽器を、
そのルーツに返そうとしているようです。


ときおりバスーンが、実に巧みにベースラインを奏でるのですが、
この楽器は音域がたいへん広い(実に3オクターブ半)ので、
低音域を使えば、チェロの代わりにベースを取ることも十分可能なのです。


チェロはアルコとピチカートを巧みに使い分けます。
ときにジャズベースのように、
ときにクラシックの室内楽のように鳴り響きます。
チェロは、コントラバスよりは高い音域なので、
単にハーモニーのベースを支えるだけでなく、
メロディを担当して、実に朗々と歌うことができます。


つまり、このバンドのヴァイオリンとバスーン、チェロは、
相互に役割を入れ替えることが可能なのです。
3つの楽器すべてがソロと伴奏の両方に対応可能です。


いっぷう変わっていますが、たいへんよく考えられた楽器編成です。
少ない人数で、多彩な音楽を奏でるための編成と言えるでしょう*4


彼ら3人の演奏を支えるのが、強力なパーカッションのサポートです。
このライブ盤では、ダンベックザルブという
西アジア〜中東の片面太鼓と、フラメンコでおなじみの
木の箱・カホンという3種類のパーカッションが使われています*5


ドラムセットに比べれば実に単純な楽器なのですが、
恐るべきグルーヴが繰り出されます。


彼らの編成はまったく融通無碍で、
音楽の流れに応じて、それぞれのミュージシャンが
つぎつぎと役割を変えていきます。


よく訓練されたミュージシャンだけがなしうる、
たいへん小気味よい音のキャッチボールです。

ジャズを超えた民族音楽的ジャズ!


楽器演奏の技術が高いバンドにありがちなことですが、
指先だけが器用に動いて、
音楽に魂が入っていないということがあります。


しかし、ダブカにそのようなことはありません。
彼らの音楽はどこまでも生き生きとしており、
音を奏でる喜びに満ちています。


ことに9曲目の「Jumping on The Five / Seven Corners Country」
における火の出るような即興演奏は、最高!のひとことです*6
これこそジャズを超えたジャズであり、
民族音楽を超えた民族音楽ではないでしょうか。


奇をてらったサウンドではなくて、血の通った、
伝統の息吹を感じる音楽です。


彼らの音楽は、いってみれば伝統という大地に
どっしりと根を張っている木だから、
どんなに大きく枝を広げても、微動だにしないのです。


根無し草のインチキ民族音楽とは、まるきり別物なのです。


ジョン・ゾーン率いるマサダサウンドは、
モダンジャズに近いところからユダヤ的なものに迫っていますが*7
ダブカは、ユダヤ民族音楽からジャズに接近しています。


こんなすばらしいバンドがあったことを知らなかったのは、
たいへんくやしいことです。


いったい、どんな来歴のバンドなのでしょうか。


(以下、後編につづく→id:putchees:20051121)

*1:ゲルショム・ショーレムGershom Scholemの著書「ユダヤ神秘主義」(1957)によれば、カバラーKabbalahで秘伝のひとつとされる「セフェール・ハ・ゾーハルSepher ha‐Zohar」(光輝の書)では、神の国(新しきエルサレム)へ人々を導くのがツァディックとされています。のちに(18〜19世紀)ポーランドでハシディズムHasidism(敬虔主義)が起こったとき、ユダヤ教徒の指導者として、神の存在を直接体験したとする数多くのツァディックが現れました。

*2:ともにカリフォルニア州(CA)の都市。ちなみに、バークリーという地名は、観念論idealismで知られるアイルランド人の哲学者・ジョージ・バークリーGeorge Berkeleyにちなんでいます。

*3:シングルリードとも、ダブルリードとも言われています。

*4:言うまでもなく、それぞれのプレイヤーが名人級だからこそ可能な編成です。

*5:カホンcajonは、ペルーで生まれたパーカッションです。スペインの天才ギタリスト、パコ・デ・ルシアPaco de Luciaが、初めてフラメンコに用いたそうです。

*6:このアルバムの収録曲はほとんどが彼ら自身のオリジナルで、一部が伝承曲です。

*7:具体的には、オーネット・コールマンOrnette Colemanの最初のピアノレスカルテットのサウンドに、ユダヤ的な民族音楽の要素を付け加え、現代的に発展させたのがマサダサウンドと言えます。オーネットがアフリカ系アメリカ人としてのアイデンティティをジャズで表現しようとしたのに対し、ジョン・ゾーンは、ユダヤアメリカ人としてのアイデンティティを土台に、自分自身のジャズをやっているわけです。