ユダヤ系ジャズの超絶グループ・ダブカを聴け!(後編)

putchees2005-11-21


前編よりつづき


ジョン・ゾーンJohn Zornが主宰する
ツァディックTzadikレーベルからリリースされている
ダブカDavkaというバンドのライブ盤について書いています。


ユダヤ民族音楽(クレズマーなど)と
ジャズをまぜたようなサウンドが、たいへんユニークです。


興味のある方は、前編からお読みください。
id:putchees:20051113

今回のCD


ダブカDavka
「ダブカ ライブDavka Live」(2005)

ミュージシャン


ポール・ハンソンPaul Hanson(Bassoon)
ダニエル・ホフマンDaniel Hoffman(Violin)
ケヴィン・マミーKevin Mummey(Dumbek、Zarb、Cajon
モーゼス・セドラーMoses Sedler(Cello)

もっとも詳細な日本語の紹介文


日本語で彼らのことを紹介しているサイトを探したのですが、
残念ながら見つからなかったので、ダブカの公式サイトを参考に、
ぼくが彼らのことを簡単に紹介しましょう。


2005年11月現在、ぼくのこのレビューが、
ダブカ(ダヴカ)について日本語で書かれたもっとも詳細な
文章ということになります*1

ダブカというバンドについて


(以下はダブカウェブサイトの要約です)


ダブカは1992年に、ヴァイオリンの
ダニエル・ホフマンによって結成されました。
ホフマンは、合衆国随一のイディッシュスタイルの
イディッシュ語圏の…つまり東欧ユダヤ人の音楽スタイルの)
ヴァイオリン奏者です。


ホフマンは、ほかにKlez-Xというクレツマーバンドでも
活動しています。


チェロのモーゼス・セドラーは、
クラシックのスタイルと、ジャズの即興演奏とに関して、
アカデミックな教育を受けたミュージシャンです。
彼は北インド音楽の研究にも打ち込んでいました。
ジャズチェリストとしては、ファラオ・サンダース
Pharoah Sandersの作品などに参加しています。


パーカッションのケヴィン・マミーは、
クレツマーからジャズ、ロック、フラメンコや
アラブ音楽、北インド音楽まで、あらゆるジャンルをこなす、
超絶技巧の達人です。


バスーンポール・ハンソンは、
ジャズ界で随一のバスーン奏者として
知られています*2


バスーン奏者として、ベラ・フレック&ザ・フレックトーンズ
Bela Fleck and the Flecktonesや、
ウェイン・ショーターWayne Shorterのレコーディングに参加し、
現代音楽の作曲家・テリー・ライリーTerry Rileyの
作品などにも加わっています。


彼はまたサックス奏者として、
ボズ・スキャッグスBoz Scaggs
テンプテーションズThe Temptationsの
レコーディングに参加しています。


ダヴカは、東欧ユダヤ人(アシュケナージムAshkenazim)と
スペイン系ユダヤ人(セファルディムSephardim)の音楽を
消化吸収し、現代アメリカのジャズとポップスと有機的に結びつけて、
21世紀に生きる音楽を創造しています。


高度にハイブリッドで、分類不可能な音楽と言えます。


「Davka」とは、ヘブライ語の俗語で
予期に反して」という意味だそうです。
彼らはその名の通り、聴衆に予測不能な音楽を
10年以上にわたって提供し続けています。
彼らの演奏は情熱と叙情、超絶技巧のインタープレイに満ちています。


イスラエルの新聞はこのように評しました。
「ダブカは、バルトークハンガリー民族音楽をモチーフに
使ってしたのと同じことを、ユダヤ民族音楽のモチーフで
行っている。その結果はたいへん印象的なものだ。霊感に満ち、
色彩豊かで、磨かれた響きである」


彼らはサンフランシスコを拠点に、
コンサートや国際的なフェスティバルに多数出演しています。
これまで合衆国、カナダ、欧州、
それにイスラエルの各都市で公演を行いました。


(ウェブサイトの要約は以上です)


最後になりましたが、彼らのウェブサイトはこちらです。
→ http://www.davkamusic.com/


ここに彼らの詳しいプロフィールが載っています。
ブッキングもこのサイトからできるようですから、
われこそはというプロモーターは、
ぜひ彼らを日本に呼んでください*3

ユダヤふう≒アラブふう?


ちょっと補足説明をしておきます。


ダブカが奏でるアラブふうの響きに、
違和感を感じる人がいるかもしれません。
なぜなら、アラブ人とユダヤ教徒は、不倶戴天の敵だからです。
ユダヤ人の奏でる音楽がアラブふうなのは、
おかしいような気がします。


しかし、ムスリムのアラブとユダヤの対立が生まれたのは、
ここ100年以内のことです。彼らが対立するようになったのは、
第二次大戦までパレスチナ植民地支配した英国の
二枚舌外交の結果なのです*4


もともと、ムスリムユダヤ教徒は対立するものではなく、
たとえばエルサレムでもごくフツウに共存していたのです。


イスラム教徒(ムスリム)は過去1000年以上、
ユダヤ教徒をいわば兄弟宗教の民として、
他の異教徒とは別格の扱いをしてきました。


血筋をたどれば、アラブもユダヤヘブライ)も、
同じセム語族Semiticです。


ごく近しい音の感覚を持っているのは当然のことなのです*5

現代の音楽は虚弱な切り花


ともあれ、この音楽を聴いていると、
ユダヤ人の音楽的伝統の奥深さにうならされます。


ダブカに集う4人のミュージシャンは、
全員がユダヤ系というわけではなさそうですが、
彼らは、血の通った音楽を奏でることが、
もっともよい結果をもたらすということを
知っているに違いありません。


現代の音楽は、伝統という根を切り捨ててしまったために、
栄養の通わない、虚弱な切り花になってしまいました。
切り花は、いずれ枯れるほかありませんし、
後の世代につながる種を残すこともありません。


かたや、民謡などに代表される民族音楽は、
伝統という根から栄養を存分に吸い上げる、健康な野の花です。
野の花には、踏まれても起きあがる生命力があり、
後の世代をはぐくむ種を残してくれます。


ダブカの音楽は、伝統という根を持ちながら、
現代人にうったえかけるポピュラリティも持った、
希有な存在です。


彼らの音楽を聴いていると、
ひとつの民族が数千年にわたってはぐくんできた
音のかたちがいかに完成され、美しいものか思い知らされます。


現代の音楽家が浅知恵で作り上げた新奇な音などより、
はるかに新しく、美しいものに感じられます。


ただひとりの個人が作り上げたものと、
ひとつの民族が作り上げたものとでは、
まるきりスケールが違うからです。


彼らの音楽を種として、さらに新しい音楽が生まれてくるという
予感がします。


そういう予感をさせるほど強烈な生命力こそが、
音楽のみならず、すべての芸術において
もっとも大切なものなのではないでしょうか。


ダブカの音楽は強靱で、ゆるぎないものです。
そこに、現代の音楽が生命を取り戻すための大きなヒントが
隠されているような気がします。


もちろん、根を張った音楽というところが大切です。
自分に縁のない民族音楽のマネをしてもダメですよ。
そんなインチキ民族音楽は切り花と同じ根無し草なんですから。


ユダヤユダヤらしく、アラブはアラブらしく、
日本人は日本人らしくするのがいちばんです。

これまで体験したことのない音楽


芸術や芸能というものの大きな楽しみのひとつに、
これまで体験したこともないような種類の美
触れるということがあります。


ありきたりの音楽だけではつまらないと思っている人は、
ぜひ、彼らの演奏を聴いてみてください。


切れば血の出るような、イキのいい音楽ですよ。


ぼくはぜひ一度、彼らの生演奏を目にしてみたいものです。
プランクトンや新宿ピットイン、
あるいは横浜ジャズプロムナードあたりでぜひ、
彼らを招聘してほしいものです。


しかし、こんな音楽を聴いていても、
女の子にはもてませんけどね。

*1:少なくともウェブサイト上では。

*2:プッチーケイイチ注:というのも、バスーンという楽器でジャズをやろうなんていう人は、たいへん珍しいからです

*3:もっとも、合衆国の西海岸に行って聴くほうが、いっそたやすいことかもしれませんが。

*4:第一次世界大戦中、英国はオスマン・トルコとドイツ第二帝国に対抗する必要から、パレスチナに住むアラブ人と、パレスチナユダヤ人国家建設を目指すシオニストzionistたちの双方に、それぞれ将来の独立を認めたのでした。

*5:イベリア半島の中世セファルディの音楽を聴くと、まるでアラブ音楽かと思うような響きです。