鬼才・芥川也寸志のやくざなチェロ協奏曲に酔う!(その3)

putchees2006-02-16


その2よりつづき


東京都交響楽団定期演奏会のレポートをお送りしています。
全3回の、今回が完結編です。


芥川龍之介の三男で、
伊福部昭の一番弟子だった作曲家・
芥川也寸志(あくたがわ・やすし)のオーケストラ曲を
ご紹介しています。


クラシックが嫌いな人でも楽しめるような、
現代的でかっこいい名曲です。


興味のある方は、その1とその2をお読みください
その1id:putchees:20060212
その2id:putchees:20060214

今回もコンサート報告です


【今回のコンサート】
東京都交響楽団 第621回 定期演奏会(Aシリーズ)
日本管弦楽の名曲とその源流2(プロデュース:別宮貞雄


【日時・会場】
1月24日(火)19:00〜21:00
東京文化会館大ホール(上野)


【ミュージシャン】
指揮:湯浅卓雄
チェロ:山崎伸子(やまざき・のぶこ)
管弦楽東京都交響楽団


【曲目】
芥川也寸志:弦楽のための三楽章(1953)
芥川也寸志:チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート(1969)
プロコフィエフ交響曲第6番 変ホ短調 op.111

プロコフィエフ交響曲6番


コンサートの最後は、
ロシア・ソビエトの天才作曲家
セルゲイ・プロコフィエフSergei Prokofiev(1891-1953)が
1947年に完成させた交響曲第六番」でした*1


演奏時間が実に45分に及ぶ大作です。


プロコフィエフは、第一次世界大戦の前から、
帝政ロシア天才ぶりを発揮してきましたが、
ロシア革命(1917)を嫌って、日本を経由して合衆国、
次いでヨーロッパへ移住します。


鋼鉄の指を持つピアニストとして、
またすぐれた作曲家としてヨーロッパで名声を博しますが、
彼はその待遇に必ずしも満足しなかったようで、
ソビエト政府から、帰国して祖国のために
活躍してほしいと請われた彼は、1933年に凱旋帰国します。


しかし、ソビエト政府のもとでは、
自分の書きたいものを好きなように作曲するということは
不可能でした。


プロコフィエフは落胆しつつも、
自分のやりたいことと、政府の要求との妥協点を探りつつ、
晩年に至るまで作曲活動を続けたのでした。


というのが、ぼくが知っている、
プロコフィエフの簡単な伝記です。

デモーニッシュな大作


ぼくが、彼の晩年の作品をいくつか聴いた印象からすると、
第二次世界大戦後のプロコフィエフは、
ソビエト政府の芸術家に対する締め付けで、
それまでのような天才のひらめきを発揮できなく
なっていたのではないかと思っていたのですが、
なんのなんの。やはり、天才は天才だったのでした。


交響曲6番」も、すごい曲でした。


なにしろ、世紀の傑作交響曲5番」
作曲した直後の作品なのですから。


この曲は3楽章で、「急・緩・急」という、
セオリーにのっとった構成です。
オーケストラは三管編成です。


ぼくは、この曲を聴くのは初めてでした。


第1楽章は威勢がいいものの、聴き慣れないせいか、
さして印象的ではありませんでした。
長大な第2楽章では、眠くなってしまいました
まいったなあと思っていたら、第3楽章で目が覚めました。
ソビエト音楽の型に従いつつも、モダンで、洗練されていて、
ヴァイタルで、デモーニッシュな響きは、
まさしくプロコフィエフ


最後は、お見事というほかはない、
堂々たるフィナーレでした。


芥川也寸志の原点としてのプロコフィエフ
その美質を堪能することができました。


余談ですが、ハイティーンのプロコフィエフ
師事した作曲家、ニコライ・チェレプニンNikolai Tscherepninは、
伊福部昭が師事した作曲家、
アレクサンドル・チェレプニンAlexander Tscherepninの父でした。


伊福部昭自身も、プロコフィエフから
いくぶん影響を受けています*2


芥川也寸志プロコフィエフ、そして伊福部昭は、
不思議な運命の輪によって結ばれていたと言えるでしょう。

演奏の善し悪しはわかりませんが


最後に、今回の演奏について書いておきましょう。


ぼくは、クラシック音楽の演奏の善し悪しを
うるさく言うほどの耳は持っていません。


なにしろ、もともとジャズを聴いている人間ですから。


しかも、きょう演奏された曲はどれも、
実演を聴くのは初めてでした。


というわけで、正直言ってよくわからないのですが、
ぼくはじゅうぶん楽しむことができました。


湯浅卓雄の指揮を見るのは二回目でしたが*3
今回もきびきびとして好感が持てました。


きょう演奏された3曲が持つ
モダンさ、クールさ、そして熱っぽさは
じゅうぶん表現されていたのではないでしょうか。


特に「コンチェルト・オスティナート」の
ドラマチックな構成は、CDに収められている演奏より
うまく表現されていたのではないでしょうか。


湯浅卓雄が、ふたたび東京のオーケストラと共演してくれる日を
待ちたいと思います。


ちなみに、今回の冒頭に掲げたのが、
湯浅卓雄ポートレートです。
ダンディな雰囲気のいい男ですよね?

芥川也寸志のCDガイド


忘れないように、芥川也寸志の2曲が収められたCDについて
ご紹介してきましょう。


「弦楽のためのトリプティーク」には、複数の音源がありますが、
もっとも入手しやすいのはこちらでしょう。

芥川也寸志の芸術 蜘蛛の糸芥川也寸志管弦楽作品集」キングレコード ASIN:B00005F6K4


【曲目】
1. 蜘蛛の糸 舞踊組曲
2. 交響管弦楽のための音楽
3. 弦楽のための三楽章
4. 赤穂浪士のテーマ


【ミュージシャン】
指揮:本名徹次
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団


このCDは、キングレコードがセッション録音で完成させた
芥川也寸志作品集です。


日本人作曲家のオーケストラ作品が、
こうして新規録音されるというのは、
たいへん珍しいことなのです。


良好な録音で、彼の代表作を楽しむことができます。
ぜひ一度聴いてみてください。


このほかには、芥川也寸志が新交響楽団と組んで
自作自演した録音が、フォンテックから発売されています。
そちらもどうぞ。


一方「コンチェルト・オスティナート」は、
録音が一種類しかありません。

芥川也寸志 管弦楽選集2」
(フォンテック ASIN:B00005F00K


【曲目】
1.交響三章
2.チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート
3.アレグロ・オスティナート
4.武蔵坊弁慶


【ミュージシャン】
指揮:芥川也寸志、山岡重信(2のみ)
チェロ独奏:安田謙一郎(2のみ)
管弦楽:新交響楽団


こちらも芥川也寸志の代表作が詰まったCDです。
古いCDですが、いまならアマゾンamazon.co.jpなどで入手可能ですから、
ぜひ聴いてください。
オーディオで聴いても、この曲のパワフルさは
ビンビン伝わってきます。オススメです

とにかくいちど聴いてください


3回に渡るこのレビューの原稿を書いている途中で、
伊福部昭訃報に接しました。


哀悼の極みと言うほかありません。


人間の生命は滅びますが、
音楽は、それを聴く人がある限り、
命を保ち続けます


芥川也寸志の、そして伊福部昭の音楽は、
世代を超えて聴き継がれる価値のあるものです。


今回の都響の演奏会は、たいへん面白いものでした。


こうして少しでも、芥川也寸志など、
すぐれた日本人作曲家の作品が演奏される
機会が増えればいいと思います。


日本人作曲家の作品なんてつまらないという
先入観は捨ててください。


聴けばわかります。
圧倒的に美しく、胸を打つ音楽です。


最初はCDでも結構です。
ぜひ、みなさんも芥川也寸志の力強い
オーケストラ曲を聴いてみてください。
そこらの凡庸なポップスのCDを買うより、
きっと満足できるはずです。


ただ、こんな音楽を聴いていても、残念なことに、
女の子にはぜったいにもてません。


(この稿完結)


次回は、東京シティフィルの定期演奏会のレポートです。
日本人作曲家だけのコンサートという無謀な(?)試みで、
芥川也寸志黛敏郎、そして團伊玖磨のオーケストラ作品が演奏されました。
こちらもお楽しみに。)

*1:オーケストラの演奏会を交響曲で締めくくるのは、19世紀後半に成立したスタイルです。

*2:伊福部昭第二次世界大戦中の作品「ピアノと管弦楽のための協奏風交響曲(1942)で、プロコフィエフふうの前衛的な音響が聞かれます。

*3:前回は、昨年10月に都響と組んだ、山田耕筰の「長唄交響曲 鶴亀」でした。そのときのレビューはこちら→id:putchees:20051016