芥川也寸志の「エローラ交響曲」に酔いしれる!!(後編)

putchees2006-02-23


前編よりつづき


東京シティフィル定期演奏会のレポートを書いています。


作曲家・芥川也寸志の代表作「エローラ交響曲」が、
今回の目玉でした。


その曲を中心に、ひとつひとつの曲をご紹介しています。


興味を持った方は、前編からお読みください
id:putchees:20060220

今回もコンサート報告です


【今回のコンサート】
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
第196回定期演奏会


【日時】
2006年2月8日(水)19:00〜21:00
東京オペラシティコンサートホール(初台)


【ミュージシャン】
指揮:本名徹次
ピアノ独奏:向井山朋子
管弦楽東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団


【曲目】
團伊玖磨(1924-2001)
管弦楽組曲シルクロード」(約25分)
芥川也寸志(1925-1989)
エローラ交響曲(約20分)
黛敏郎(1929-1997)
饗宴(約12分)
●権代敦彦(1965-)
ピアノとオーケストラのためのゼロ(約25分)

エローラ交響曲


さて、芥川也寸志の野心作「エローラ交響曲」の
話の続きです。


この曲は、木管が3本ずつの三管編成のオーケストラに、
多彩なパーカッションが加えられています。


ティンパニ、大太鼓、シンバルはもちろん、
マリンバ、コンガ、ボンゴ、ウッドブロックなども使われています。


その上、ピアノとハープが加わるのです。
立派な大オーケストラです。


さあ演奏開始です。

緊迫感あふれる音楽


かそけき音からスタートします。
耳を澄まさなければ聞こえないような弱音です。


不安をかき立てるような弦の響きが流れていきます。


ゆっくりと、少しずつ盛り上がっていきます。
ひとつひとつの楽章の切れ目はまったくわかりませんが、
静と動が交互に繰り返しているのはわかります。


半音階と、4度や5度の音程が多いので、
ほとんど無調に聞こえます。


しばらく待っていると、
この曲の躍動的な主題(?)が現れます。
激しいリズムと前のめりのメロディに、
ぐいぐい引き込まれます。


かと思うとふたたび静けさが戻ってきたりして、
まったく予想が付かない展開です。


次にどういう音が出るのかわからないので、
手に汗を握ります


自然と、ひとつひとつの音に注意が集まります。
耳が、自然にひきつけられてしまうのです。


音楽は次第に熱をはらみ、
圧倒的なクライマックスへ向かっていきます。


おお!


これはすごい。


なんという迫力でしょう。


さながらストラヴィンスキーStravinskyの「春の祭典」か、
プロコフィエフProkoviefの「スキタイ組曲」です。


もちろん、伊福部昭ゆずりの豪快なオスティナートも健在です。
早坂文雄の「交響的組曲 ユーカラ」の影響も見られます。


いくつものリズムとメロディが互いに交差して、
驚くべき混沌が生み出されます。
ちょっと滑稽味のあるメロディも交差して、
いっそう音に深みが増します。


おお!!


おお!!!!


パーカッションが暴れる!


金管が吼える!


弦楽器がうなる!!


最後は、躍動するリズムと大音量で、
ほとんど忘我の境地に達します。
いわばセックスのエクスタシーのようなものです。


なんてキモチいいんだ!


もうどうなってもいい!!


と思ううちに、
最後は、ふたたびしずけさが戻って終わります。


大感動です。


日本やインドの音階を使っているわけではありませんが、
これこそはアジアの響きといって差し支えないでしょう。


西洋音楽の基準でいう「交響曲」ではありませんが、
これこそアジアの「交響曲だと、
堂々と名乗っていいと思います。

すばらしい演奏!


前回書いたように、この曲の構成は本来、
演奏者の自由なのですが、
芥川也寸志が作曲時に指定した順序があって、
過去の演奏や録音でも、その通りに演奏されています*1
きょうもおそらく、その順序にのっとった演奏だったでしょう。


本名徹次とシティフィルの奏でる音楽は、
メリハリがあり、たいへん力強く、確かなものでした。
今回の冒頭に掲げたのは、本名徹次ポートレートです。


この曲の真価は、CDではとうてい伝わらないと思いました。
やはり、演奏会で聴かなければなりません。


涙が出るようなすばらしい音楽でした。
芥川也寸志最高傑作は、やはりこれかもしれません。


彼のほかの作品に比べていささか難解かもしれませんが、
それでも、この音楽の秘めたポテンシャルは、
彼の作品群の中で抜きんでているように感じます。


日本人が西洋のオーケストラを使って
音楽を作ることには、立派な意味がある。
エローラ交響曲」のような作品が、それを教えてくれます。

黛敏郎「饗宴」


休憩を挟んで、黛敏郎(まゆずみ・としろう)の作品が
演奏されました。


黛敏郎については、過去に3回取り上げていますので、
よければそちらをお読みください→id:putchees:20041211
id:putchees:20050310 id:putchees:20050313


黛敏郎
黛敏郎も、伊福部昭の門下生です。
芥川也寸志と並んで、いわば「伊福部四天王」の筆頭格です*2


彼は1958年の「涅槃交響曲Nirvana Symphony」で
アジアの音、日本の音に目覚めますが、それまでは
前衛的な手法で自分の音楽を探求していました。


今回演奏された「饗宴」も、そうした時期の作品です。


「饗宴」というと、プラトンの有名な対話篇が思い浮かびますが、
このタイトルには、文学的な意味はないそうです。


純粋に音の「うたげ」を楽しんでほしいということのようです。


さて、この曲には、通常のオーケストラの楽器の他に、
サックスが加わっていました。


分厚い管楽器のアンサンブルで、
彼なりの新しい音響を追求したようです。

なんてヘンテコな音なんだ!


さて、演奏開始です。
この曲にははっきりしたメロディはなくて、
オーケストラが一丸となって作るさまざまな音色が、
塊のように飛び出してくるという印象でした。


擬音で表すなら、


ぐわー、ぐわー、どじゃーん


と、こんな感じでしょうか。
サックスが入るところは、ちょっぴりジャズ風味でした。


ぼくはこの曲を聴くのは2度目ですが、
残念ながら、あまりぴんと来ませんでした。


ぼくのクラシックや現代音楽に関する知識が中途半端なので、
似たような雰囲気の作曲家が思い浮かばないのですが、
無理矢理探すなら、ヴァレーズEdgar Vareseふうだったでしょうか?


とまあ、そんな感じでした。


ぼくは黛敏郎の作品だと、やはり
「涅槃交響曲」以降のものが好みです。

●権代敦彦「ピアノとオーケストラのためのゼロ」


さて、最後は、現代を生きる作曲家の新作です。


権代敦彦(ごんだい・あつひこ)は、
昭和40年生まれだそうですから、現在40歳です。


彼は1996年に、芥川作曲賞を受賞しています。
若手の作曲家だと思っていたら、もういいトシですね。


ぼくは彼の作品を聴くのは初めてでした。


今回演奏されたピアノ協奏曲
ピアノとオーケストラのためのゼロ」は、
この日の演奏会のために、
シティフィルが彼に委嘱した作品だそうです。


パンフレットには、演奏時間25分、と書いてあったので、
退屈な曲だったらどうしよう、と不安になりました。


さらに、作曲家自身によるムツカシそうな能書きが
書かれているので、さらに不安になりました


しょうもないゲンダイオンガクだったらどうしようと思ったわけです。


ピアノ独奏は、向井山朋子(むかいやま・ともこ)という、
鍛え上げられた上半身のピアニストでした。


演奏開始です。

マッチョなピアニストが躍動する!


この曲には、あまり運動はなくて、
ひとつの音響をひたぶるに高めていくという音楽でした。


独奏ピアノが、ひとつの音程を熱狂的に叩きます。
それに、舞台上のもう一台のピアノが応え、
さらにオーケストラが応じます。


マリンバやチュブラーベルTubular Bells、ゴング、
グロッケンシュピールglockenspielなど、
使われるパーカッションも実に豊富です。


キンキンと、実にきらびやかな音響です。
あたかも、舞台上で鏡の破片が舞い散るのが見えるようでした。


このピアニスト、そうとうの肉体派です。
自信に満ちたタッチで鍵盤を叩き続けます。


静かな部分では、ピアノが難しそうなフレーズを
ピロピロと奏でます。


そしてまたキンキンと、熱狂的なきらめきが舞い戻ってきます。


素人の耳には単純な曲に聞こえますが、
おそらく、そうとう高度な技巧を凝らしてあるに違いありません。


期待していなかったのですが、
予想外の面白さに、すっかり感心しました。


退屈するどころか、あっという間でした。


現代的で、美しい曲です。
凛として、パッションを秘めています。
こういう現代音楽なら大歓迎です。


演奏後、作曲者とピアニストに喝采が集まりました。
権代敦彦の作品は、機会があればまた聴いてみたいと思います。

日本作曲家の音楽を聴こう!


きょうのオペラシティの大ホール、客席はがらがらでした。
日本人作曲家の作品ばかりですから、仕方ないことですが、
さびしいことです。


日本人作曲家のすぐれた作品は、
決して欧米の作品に負けない、面白い音楽だと思います。


きょう会場を訪れたお客さんは、ぼくも含め、
ぞんぶんに演奏を楽しんで帰ったと思います。


少しでも多くの日本人が、こういう演奏会に
足を運んでくれることを願っています。


デートには使えないけど、決してつまらない音楽ではありません。


日本人作曲家は、武満徹だけではありません
ぜひ、いろいろ聴いてみてください。

2006年2月8日


この演奏会が終わった少し後、2月8日の午後10時過ぎに、
伊福部昭が亡くなりました*3


ふたりの弟子の作品が演奏された直後に。
なんという偶然の一致でしょうか。


今回の演奏会のパンフレットには、
黛、芥川、團の3人と伊福部昭が笑顔で写っている、
おそらく1950年代の写真が掲載されていました。


この日、その写真に収められた4人すべてが
鬼籍に入ったのでした。


悲しみでいっぱいです。


しかし、作曲家が死んでも、
音楽は不滅です。


演奏される機会がある限り、
音楽は聴く人の中で生き続けます。


日本中のオーケストラが、今回のシティフィルのような
意欲的なプログラムを組んでくれることを期待します。

エローラ交響曲」の決定盤!


なお、芥川也寸志の「エローラ交響曲」をCDで聴くなら、
このCDをオススメします。

日本作曲家選輯 芥川也寸志」
(ナクソスNAXOS 8.555975)
ASIN:B0002FQNEA



【ミュージシャン】
指揮:湯浅卓雄
管弦楽ニュージーランド交響楽団


【曲目】
1. オーケストラのためのラプソディ
2. エローラ交響曲
3. 交響三章


ナクソスが出している「日本作曲家選輯」の一枚です。
わずか1000円で、芥川也寸志の最高傑作が、
明瞭でキビキビした演奏で聴くことができます。
必聴の一枚*4!!


最後に、いつも通りの言葉で締めましょう。
こんな音楽を聴いていても、女の子にはぜったいにもてません


(この稿完結)


(次回は新日本フィルが演奏した、
オネゲルの「火刑台のジャンヌ・ダルク」をご報告します)

*1:そのスコアでは、当初20あった楽章は16に削られているそうです。ですから、現在ではこの曲の楽章は16個ということになります。

*2:「伊福部四天王」の残りのふたりは、松村禎三と石井眞木、もしくは三木稔でしょう。

*3:ぼくはその時刻、オペラシティ内の酒場でビールを飲んでいました。

*4:もちろん生演奏を聴くのが一番ですが、なかなかその機会がありませんから、CDでガマンしましょう。