吉松隆の筝曲で、日本の伝統の深みに触れよう!

putchees2006-04-28


日本人なら筝や尺八を聴こう!?


ぼくたちは西洋音楽に囲まれて日々過ごしています。
しかし、せっかく日本に生まれたのですから、
たまにはこの国の伝統楽器でも聴いてみましょう。


もしもあなたが音楽好きなら、
自分のふるさとに根ざした音楽を聴かないで死ぬなんて、
もったいなさすぎると思いませんか?


「伝統楽器なんて退屈じゃない?」とか、
「古くさい音なんじゃない?」
とかいう心配はいりません。


ためしに今回ご紹介するCDを聴いてみください。


現代的な曲なのに、ちゃんと日本の音がします。


日本の伝統楽器のすばらしさに目が開かれるはずです。


入り口はなんでもいいのです。
いいからいちど聴いてみて!


というわけで、
どうぞ下までお読みください!

今回はCD紹介です


【今回のCD】
「すばるの七ツ 吉村七恵 プレイズ 吉松隆
(カメラータ・トウキョウ28CM-578)


【曲目】
吉松隆(よしまつ・たかし1953-)
●夢あわせ夢たがえ Within Dreams without dreams(1998)
●すばるの七つ Subaru(1999)
●もゆらの五つ Moyura(1990)
●なばりの三つ Nabari(1992)


【ミュージシャン】
吉村七重(二十絃箏)
四戸世紀(クラリネット
松原勝也(ヴァイオリン)
菊地知也(チェロ)

異質な作曲家


ことしで53歳になる作曲家の吉松隆は、
日本のクラシック畑の作曲家としては、
異質な存在です。


吉松隆


なにしろ、彼は音楽らしい曲を書きます。
きちんとメロディとハーモニーがある曲です。


それだけでも珍しいのですが、
彼は(富をもたらす)サウンドトラック
ポピュラー音楽の分野には
ほとんど興味を示しません。


あくまで「芸術音楽」のフィールドで
作曲を続けています。


そういう人は、ほんとうに珍しいのです。


彼は今後も経済的な成功とは縁がなさそうです。
それより、自分の作りたい曲を作る道を選んでいるのでしょう。


彼はいつも甘ったるいメロディを書くので
クラシックのマニアからはバカにされているようですが、
マニア以外からは素直に賞賛されています。


ぼくも彼の音楽が好きです。*1


以前、このレビューで、彼のピアノ協奏曲
「メモ・フローラ」をご紹介しました。
id:putchees:20041218


たいへん美しい音楽です。

甘さひかえめの名曲


さて、彼の器楽曲でもっとも有名なのは、
ピアノ独奏のための「プレイアデス舞曲集」
シリーズでしょう。


(プレイアデス舞曲集:田部京子


そのCDを、このレビューで紹介しようと思ったのですが、
思い直しました。


その曲集は、あまりにロマンチックな音楽なので、
ちょっと女にもてそうな感じがします。


さながらキース・ジャレットKeith Jarrett
「ケルン・コンサート」みたいな曲ですから。


ここは「女にもてないCDレビュー」なので
ちょっと甘さひかえめの、このCDをご紹介しましょう。


「すばるの七ツ」
吉松隆の、筝のための作品集です。


というわけで、冒頭の話のつづきです。
これこそ日本の伝統楽器のよさに目を開かれる名盤なのです。

信じられないほど美しい


このCDには4つの曲が入っていますが、
いちばんのおすすめは「すばるの七ツ」です。


二十絃筝のための7つの小品をあつめた曲です。*2
1曲あたりの長さは、1分から2分ですから、
全曲で10分ほどです。


とにかく聴いてみてください。


あ、美しい。


そう感じるに違いありません。


これはハープなのか?


いや、日本の筝です。


音の深みは、西洋のハープ以上でしょう。


聴いているとぞくぞくしてきませんか?


こんなに美しい音色の楽器が、日本にあるのです。

筝の音色の勝利


吉松隆はキャリアのごく初期から
邦楽器のための作品を書いています。
彼が二十弦筝の独奏曲に取り組むようになったのは
90年代に入ってからです。


このCDに併収の「もゆらの五ツ」「なばりの三ツ」は、
「すばるの七ツ」に先行する作品です。
これらふたつの曲では、
吉松隆箏曲の伝統に敬意を表して(?)、
日本の五音音階に近い音で作曲しています。


しかし、どこか不自然というか、
きゅうくつそうというか、
借りてきたネコのような印象です。


ところが「すばるの七ツ」では
すっかり開き直って(?)、
西洋風の音階で作曲しています。


このほうが、はるかに吉松隆らしさが出ています。
彼のセンチメンタルさが、むずがゆくなるほど
濃厚に練り込まれています。


ちょうど、「プレイアデス舞曲集」を
筝に移し替えたという印象です。


しかし、筝という楽器のもつ深みが、この作品を
ただの甘い「ヒーリングミュージック」
になることから救っています。


ピアノによる「プレイアデス舞曲集」は、
あまりに軽く響くきらいがありますが、
「すばるの七ツ」は、
筝の音色が曲に風格を与えています。


日本の伝統の勝利といっていいでしょう。


これをアメリカ生まれの友人に聴かせたところ、彼は、
「西洋的なメロディではあるものの、これは日本の音だ」
と評していました。


その友人の言うとおり、
現代性と日本の伝統がうまく調和した名曲といえるでしょう。


ぼくはいちど、この曲の実演を見ていますが、
あまりの美しさに陶然としました。


以前紹介した、三木稔の大傑作「芽生え」*3と並んで、
この曲を弾くために二十弦筝を始める人が現れても
不思議ではない、傑作だと思います。


吉松隆の数ある作品の中でも、
ぼくがもっとも愛するもののひとつです。


たしかに地味かもしれませんが、
こういうのを、ほんとうにいい音楽というのではないでしょうか。

筝の名手による演奏


付記しておきますが、
このCDの1曲目は、筝と西洋楽器の組み合わせによる
室内楽です。


悪い曲ではありませんが、音色が調和していません。


こういう組み合わせには感心しません。


筝のよさがまったく生きないからです。


西洋楽器と合わせるなら、いっそ
筝じゃなくてハープを使えばいいのに、
と思ってしまいます。


このCDで聴くべきは、あくまで2曲目以降の、
筝の独奏だと思います。


ちなみに、
このCDで筝を弾いているのは、
野坂惠子と並んで、二十弦筝(新筝)の第一人者である、
吉村七恵(よしむら・ななえ)です。


彼女は、現代の作曲家と組んで、つぎつぎに
二十弦筝のための新曲を生み出しています。


CDはもちろんですが、彼女の生演奏は、
音楽好きなら一度は聴きに行く価値があります。


その瞬間から、ピアノなんてやめて
二十弦筝をやろうと思うかもしれません。

音楽にも「品格」を


数学者・藤原正彦による
国家の品格という本が話題です。


本の内容に完全に賛同はしませんが、
著者の主張のひとつである、


「日本人は日本人らしくすることで、はじめて世界に通用する人間になる」


という点については賛同します。


それは、ぼくが敬愛する作曲家・伊福部昭が、
生前に繰り返し述べていたことと同じだからです。


エスニックなものがもっともインターナショナルだ」


ということを、伊福部昭は信念としていました。


音楽も同じことです。


「日本らしい音楽こそが世界に通用するのだ」


ということです。


吉松隆は、伊福部昭の弟子である
松村禎三の薫陶を受けた作曲家ですから、
その要諦を忘れるようなことはありません。


彼の作品には、日本の伝統を踏まえた音が常に響いています。


この「すばるの七ツ」も、そうして生まれた、
日本の音楽です。


日本の伝統楽器を知らない人が、
はじめて聴くのにふさわしい、
聴きやすい箏曲です。


こわがる必要はありません。
ぜひ一度、「すばるの七ツ」を聴いてみてください。


そして、筝をはじめ、日本の伝統楽器のすばらしさに
目を開くきっかけにしてください。


自分の足もと(日本)にこそ、
真の美が隠れているはずですからね。


ただ、残念なことに、こんな音楽を聴いていても、
女の子にもてるわけではありませんけど。


(この稿完結)

*1:ときに、いくらなんでも甘すぎるかなと思うことはありますけど。

*2:二十弦筝というのは、弦が二十一本ある筝のことです。筝の絃は、時代とともに数を増してきましたが、二十弦筝は、1969年に筝奏者の野坂惠子と作曲家の三木稔が開発したものです。新筝とも呼ばれています。

*3:三木稔の「芽生え」については、過去の記事をお読みください→id:putchees:20041208