チャーリー・パーカーの危険なサックスの音を聴いてみよう(後編)

putchees2006-10-25


前編よりつづき


モダンジャズの開祖・
チャーリー・パーカー
CDボックスセットをご紹介しています。


気になる方は、前編からお読みください
id:putchees:20061022

パーカーのスピード感


前編は、パーカーの音色について書いたところでした。
では、つぎにスピード感について。


(ぼくだけの感じ方なのかもしれませんが)
パーカーのサックスは、聴いていると、
ちょっと上ずりそうになる感じがあります。


もう少しで音がプヒッ、とかいって
裏返ってしまいそうなのですが、
決してそうはなりません。


上ずりそうになりながら、どこまでも進みます。
それが、音楽に猛烈なスピード感を与えています。


ちょうど、
FIマシンが風圧でひっくり返りそうになりながら、
それに抗して猛スピードで駆け抜けていくような感じがします。


たとえゆったりした曲であっても、
パーカーの音色自体には猛烈なスピード感があります*1


しかし、そういう猛烈なスピードというのは
非常に危険です。


パーカーは「バード」と呼ばれた通り、
天駆けるようなアドリブプレイが身上でしたが、
彼の飛翔は、空中分解すれすれの、
あやういものだったという気がします。


飛行機が猛スピードで飛びながら、
機体がギシギシと悲鳴を上げているような状態です。


こんな高速のアドリブプレイを連日繰り返していたら、
精神的にも肉体的にももたないだろうと思われます。


このあやうい感じが、
パーカーの音楽のデモーニッシュな魅力の正体なのでしょう。

誰もマネのできない音


実際のところ、
クリント・イーストウッドClint Eastwoodが監督した
1988年の映画「バードBird」をごらんになった方はご存じだと思いますが)
彼はドラッグと酒に溺れ、精神を病み、
最後はボロボロになって死んだのでした。


しかし、そういうことは音楽を聴く上ではどうでもいいことです。


パーカーのすぐれた音色とスピード感は、
同時期のほかの誰にもマネできないものでした。


共演者のディジー・ガレスピーDizzy Gillespie
ハワード・マギーHoward McGheeが
パーカーと似たようなフレーズを演奏をしても、
パーカーにはとても及びませんでした*2
(実際、このCDの録音で確かめてみてください)


同じく重要な共演者のひとりだったマイルス・デイヴィスは、
そのことがよくわかっていたのか、
パーカーのマネのようなプレイはしていません。
(それも、このCDで実際に確かめてみてください)


マイルスは、あたかもパーカーの陰画のような、
音数を削った、まろやかな音色のプレイをしています。


しばしば指摘されることですが、
パーカーをマネしてもしかたがないと悟ったところから、
彼のキャリアがスタートしたのではないでしょうか。

どの演奏も一緒


ぼくが次に気がついたのは、
ストックフレーズが意外に多いということでした。


パーカーは泉のごとく瞬間的に楽想が湧いたといわれていますが、
よく聴いていると、似たようなフレーズの多いこと多いこと。
要するに、手クセで吹いていた部分がかなりあったようです。


さすがのパーカーも、無限に
フレーズを生み出すことはできなかったようです。


あるいは、何も考えないで、惰性で吹いていた
セッションがたくさんあったということかもしれません。


もっとも、ストックフレーズの出ない
ジャズミュージシャンはいませんから、
そのことは彼の音楽にとって
大きな瑕(きず)にはなりません。

本質的にはどれも同じ演奏


それよりもこの10枚のCDを聴いてもっとも大きな発見は、
彼のプレイがどれも一緒だということでした。


要するに、どんな曲でも、パーカーはただ
自分の吹きたいように即興をするだけなのです。


もちろん、ゆっくりのテンポと速いテンポの曲では
音楽の雰囲気が違いますが、極端に言えば
「ゆっくりのパーカー」
「速いときのパーカー」の2種類があるだけです。


彼は自分の作り出したたったひとつのスタイル
死ぬまで吹き続けたミュージシャンだったのです。


もちろんそのスタイルがあまりにすばらしいものであったから、
彼は音楽の歴史に名をとどめたのです。

その場限りの即興演奏


ジャズ評論家の後藤雅洋は、
ずいぶん昔にパーカーについて
「徹底的に刹那的な消費の原理に貫かれた音楽」
という意味のことを言っていました。


昔は、何のことかよくわからなかったのですが、
いまならなんとなくわかります。


パーカーは即興に命を賭けるいちサックス吹きでした。


彼はジャズのイノベーターと言われますが、
理論的指導者ではなくて、
いちサックス吹きとして確立したスタイルが、
結果的に無数の追随者を生み出したということでした。


ジャズという音楽を発展させることも、
バンド独自のサウンドを作ることも、
おそらく彼の念頭にはありませんでした。


「いま」という時間の中に
どれだけたくさんの音を押し込めることができるか、
ということに集中した
ミュージシャンだったという気がします。


それはいわば純粋な消費であり、
再生産には少しもつながらないのです*3


パーカーは「明日なんてどうでもいいもんね」
というように*4、毎晩やみくもな即興演奏に身を投じたのです。


その勢いが、上述のような猛スピードの、
人間の限界を超えたデモーニッシュな音になったのでしょう。

小説に描かれたパーカー


以前にも書きましたが*5
アルゼンチンの作家、フリオ・コルタサルJulio Cortazarの
小説「追い求める男El Perseguidor」は、
まさにそういう刹那的なパーカーの姿を描いています。


主人公のサックス奏者は、
猛スピードの即興に集中するあまり、
「いま」という時間を追い越してしまって、
未来の音を先取りしたと感じます。
そして徐々に心の歯車を狂わせていきます。


この小説の主人公のように、
音楽の化身となったパーカーは、
人間という存在であることに
耐えられなくなっていったのかもしれません。

安いからとにかく聴いてみて


パーカーは、たったひとつの音楽を
死ぬまで演奏し続けたミュージシャンでした。


同工異曲のプレイを立て続けに聴いていると
さすがに飽きるかもしれませんが、
ある程度まとまった分量を聴かないとわからないことってあるものです。


パーカーの音楽の特質を知るためには、
CD10枚組というこのボックスセットは最適です。


アドリブフレーズはどれも一緒かもしれませんが、
音色とスピード感のすばらしさには、
決して飽きることはありません。


繰り返し聴くのはしんどくても、
一度はためしてみても悪くないと思いますよ。


みなさんもぜひいちど、このCDボックスを聴いてみてください。
なにしろフツウのCD1枚を買うより安いですから、
損をすることは決してありません。


ただもちろん、こんな音楽を聴いていたら、
女の子にはぜったいにもてません!


(この稿完結)

*1:以前、坂田明の稿で書いたことと同じです(id:putchees:20050424)。長年ジャズを聴いてきた人にはすぐわかっていただけると思います。

*2:トランペットとアルトサックスでは楽器が違うとか、そういうことは問題になりません。パーカーとガレスピーとでは、音楽の質が違うのです。

*3:ジョン・コルトレーンJohn Coltraneと比べてみればわかりますが、コルトレーンは音楽を発展させることと、バンドの新しいサウンドを作ることに心を砕きました。

*4:つまり「いまという時間ししか存在しない」ということです。

*5:こちらをごらんください→id:putchees:20050216