巨匠の一周忌・伊福部昭音楽祭を聴く!

putchees2007-03-08


作曲界の巨星・一周忌


作曲家・伊福部昭が死んで1年になります。


ぼくが世界でもっとも尊敬する芸術家でした。
これほど悲しいことはありません。


しかし、作曲家が死んでも、音楽は不滅です。
作品を後世に伝えていかなければなりません。


そういう思いに突き動かされた関係者の力で、
大規模な追悼コンサートが行われることになりました。


その名も伊福部昭音楽祭」


行かないわけにはまいりません。
今回はそのコンサート報告です。

今回はコンサート報告です。


【今回のコンサート】
伊福部昭音楽祭


【日時】
2007年3月4日(日)15:00-19:00
赤坂・サントリーホール 大ホール


【曲目】
第1部 室内楽
●二十五絃箏甲乙奏合交響譚詩
(筝:野坂惠子 小宮瑞代)
アイヌ叙事詩に依る対話体牧歌
(歌:藍川由美 ティンパニ:高田みどり


第2部 映画音楽
(映像上映とのコラボレーション)
ゲスト:高畑勲 富山省吾
●SF交響ファンタジー第1番 
●銀嶺の果て 座頭市物語 ビルマの竪琴
●「わんぱく王子の大蛇退治」より"アメノウズメの舞"
●オーケストラのための特撮大行進曲
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団 指揮:本名徹次


第3部 管絃楽曲
●管絃楽のための「日本組曲
シンフォニア・タプカーラ
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団 指揮:本名徹次

名門ホールで演奏会


今回の音楽祭を主催したのは、
伊福部昭の弟子たち、それにレコード業界や
映画界、東京音楽大学の関係者といった多くの人たちでした。


音楽祭の会場は、赤坂のサントリーホール


サントリーホール


ここの大ホールで追悼コンサートを開ける
作曲家なんて、そうそういません。


3部構成で、4時間にわたって、室内楽から管弦楽まで、
さまざまな伊福部作品が取り上げられました。


なんと豪華な催しではありませんか。

親密な雰囲気


当日の客席は、舞台後ろの席まで含めて、
だいたい7割くらいの入りという印象でした。


満席になってほしかったので残念です。


しかし、きょうのために遠くから駆けつけた
ファンもいたようです。


(当日のホール内)


会場は、ふだんのコンサートでは感じられない、
親密な空気でした。


ちょうど、3年前の
伊福部昭卆寿記念コンサートのときのようです。*1

二面の筝による超難曲


司会は、音楽評論家の片山杜秀でした。


彼が音楽の世界に入ったのは、
伊福部昭の音楽に魅了されたことがきっかけでした。


ややぎこちなかったのですが、
それでも堂に入った司会ぶりでした。


第1部は、室内楽です。


まず、野坂惠子と小宮瑞代のデュオによる、
二十五絃筝曲「交響譚詩」です。


オーケストラ曲の代表作を、作曲家が晩年に
二面の筝のために編曲し直したものです。


ぼくは、この曲を聴くのは初めてでしたが、
日本最高の筝奏者をもってしても、
演奏は困難を極めるようでした。


高音を担当する野坂惠子のほうにミスが目立ちました。
難曲ですから、無理もありません。


彼女は、この曲を極めるにはあと10年かかると語っていました。
ぜひ、がんばってもらいたいものです。

この日いちばんの名演


2曲目はソプラノの藍川由美
ティンパニの高田みどりによる
アイヌ叙事詩に依る対話体牧歌」。


伊福部昭の歌曲の中で、
おそらくもっとも有名な作品です。


藍川由美は、ベストセラー
「これでいいのか、にっぽんのうた」を著し、
音楽学としても知られています。


今回の演奏は、この日の白眉でした。


藍川由美の朗々たる歌声が、
大ホールの堂内に響き渡ります。


ティンパニのリズムが生命力を喚起し、
ソプラノが、生きる喜びを歌い上げます。


これぞ伊福部音楽。


エネルギッシュでノスタルジック。
ぼくと一緒に行ったSさんは、
あまりの美しさに涙を流していました。


大の男を泣かせる音楽なんて、
この世にそうそうありません。


ぼくがこの曲を聴くのは3度目でしたが、
今回がもっともすばらしい演奏でした。

映画音楽いろいろ


第2部は、映画音楽編です。
演奏は日本フィル。


まずは「SF交響ファンタジー第一番」から。


おなじみの怪獣音楽メドレーです。


続いて、伊福部昭の代表的な映画音楽が3つ
演奏されました。


オリジナルのスコアをもとに、
弟子の和田薫が編曲したものだそうです。


「銀嶺の果て」の、有名なコーラングレのソロは
たいへん美しかったです。


隣の席のSさんは、座頭市の有名なボレロ
身を震わせていました。
映画ファンにはたまらないでしょう。


第二部の最後は、映画「わんぱく王子の大蛇退治」から、
「アメノウズメの踊り」が演奏されました。


この曲については、以前このレビューで書いております。
id:putchees:20051024


今回は組曲から抜粋しての演奏でしたが、
いずれぜひとも全曲演奏を望みたいところです。

猛スピードの日本組曲


そして第3部
伊福部昭のオーケストラ作品の演奏です。


最初は「日本組曲」。


この曲については、以前このレビューで書いております。
id:putchees:20060823


名曲なのですが、今回は弦の鳴りが弱かったようです。
管楽器と打楽器の音はよく通るのに、
弦の音が聞こえてこないのです。


これでは、オーケストラ曲としての厚みが出ません。
弦の力不足か、それともぼくの座った席が悪かったのでしょうか。


第四楽章の「ねぶた」のフィナーレで、
猛烈なスピードになって終わったのでビックリしました。


今回の指揮者は本名徹次
彼なりの解釈ということなのでしょうが、
これまで聴いたことのない演奏でした。

新しい解釈のタプカーラ


さて、大トリを飾るのは
伊福部昭の代表作シンフォニア・タプカーラ」


この曲は、ひと月足らず前に、池袋で
新響がすばらしい演奏をしてくれました。*2


今回の演奏は悪くありませんでしたが、
やはり新響には及ばない印象でした。


「日本組曲」と同じく、弦が弱い気がしました。


本名徹次は、ゆっくりのところはいっそうゆっくりと、
速いところはいっそう速くして演奏していました。


第三楽章のフィナーレでは、
「日本組曲」のときと同じように、
びっくりするような速さで駆け抜けて終わりました。


こんなタプカーラを聴くのは初めてでした。

いろんな演奏を聴ける幸福


本名徹次は、慎重で堅実な指揮者というイメージだったので、
きょうの演奏の大胆さにはとても驚きました。


ひょっとすると、
これが本来の彼の持ち味なのかも知れません。


今回はスタジオセッションではなく、
また、客席には作曲者もいませんから、自由に
彼なりの解釈で演奏したということなのかも知れません。


ぼくが面食らったのは、
これまでにないタイプの解釈だったからで、
初めて日本組曲やタプカーラを聴いた人たちには、
面白く聴けたのかも知れません。


きょうはお祭りなのですから、
こういう景気のいい演奏でもいいのかなと思いました。


大切なことだと思うのですが、
ひとりの日本人作曲家の曲が、
こうして何度も大ホールで演奏されて、
出来不出来をうんぬんできるということ自体が、
すでに幸福なことなのです。


同じ作曲家の同じ交響曲が、
東京でひと月の間に2度も演奏されるなんて、
まるでヨーロッパの大作曲家のようではありませんか。


伊福部音楽のファンは、そのありがたみ
しみじみと味わっていいと思います。

来年も伊福部昭音楽祭!


個々の演奏の出来については不満もありますが、
追悼コンサートとしては、
じゅうぶん過ぎるほど楽しめました。


終演後、ホールの出口で、
六花亭ホワイトチョコレートが配布されていました。


伊福部昭は北海道の有名人ですから、
北海道の銘菓がスポンサーに付いたのでしょう。


おなじみの白いラベルに、
「2008年3月16日 第2回伊福部昭音楽祭 杉並公会堂全館にて開催予定」
とありました。


(六花亭のチョコレート)


来年もやるのです。
なんとうれしいことではありませんか。


今年行けなかった方も、
ぜひ、来年の3月、杉並公会堂に足を運んでください。


ぼくももちろん行きます。
どんな音楽が聴けるのか、楽しみです。


ただ、もちろん、こんな音楽を聴いていても、
女の子にはぜったいにもてません。


(この稿完結)

*1:卆寿記念コンサートのレビューはこちらid:putchees:20041224

*2:2007年2月の新響のタプカーラのレビューはこちらid:putchees:20070206