メルニコフの劇的なショスタコーヴィチを聴く


コンサート報告です


【今回のコンサート】
アレクサンドル・メルニコフ、ピアノリサイタル
日時:2012年2月26日(日)13:00-16:10
場所:浜離宮朝日ホール(築地)


【ミュージシャン】
アレクサンドル・メルニコフAlexeder Melnikov


【曲目】
ショスタコーヴィチ24の前奏曲とフーガ 作品87 (全曲)
Schostakovich: 24 Preludes and Fugues Op.87


20世紀の大曲


クラシックのピアノリサイタルに行ってきました。


メルニコフという
ピアニストのことは知らなかったのですが、
Twitterで流れてきた情報で興味を持って行ってきました。


曲目は、ショスタコーヴィチの大作
24の前奏曲とフーガ」。


ぜんぶ演奏すると2時間半です。


この曲、大好きなんです。


古今のあらゆるピアノ独奏曲の中でいちばん好きといってもいいくらい。


めったにない機会なので行ってきました。


ユニークな傑作


この作品は1950年ごろ作られたということですが、
同じ時代に、こんな曲を作っていた作曲家は、ほかにいません。


西欧では、無調や前衛が花盛りだったころ。


ショスタコーヴィチは、そういう状況は知りつつも、
いってみれば古くさい形式で、この曲を作ったわけです。
(バッハの「平均律」を範に)


その結果、いとも不思議な曲ができました。


この曲は、ショスタコーヴィチのほかのどの曲とも似ていない気がします。
もちろん、同時代のほかの作品にも、似たような曲はありません。
そして音楽史の中にも、似たような作品を探すことは困難です。


ぼくはバッハの「平均律」にも、必ずしも似ているとは思わないです。
(音の背景に生身の人間…作曲家の人間性を感じさせない、という点ではよく似ていますけど)


きわめてユニークで、隔絶した作品という気がします。
名曲たるゆえんでしょう。

劇的な演奏


会場の朝日ホールは、7〜8割の入り。


満席でないのはさびしいけど、
まあ、なにしろマイナーなプログラムだから。


きょうの演奏はもちろん、1番から順に。


1番の冒頭から、美音にうっとりです。
あ、このピアニストうまい!


この曲の冒頭、大好きなんです。
孤独で冷たい音楽。
きわめてクールに。
うーん、しびれる。


しかし、メルニコフは、この曲に
かなり熱っぽく情感を込めていきます。


ほかの演奏家とは違ったアプローチ。
劇的な演奏なんです。


速く、遅く、大きく、小さく。
踊るように、祈るように。


聴きながら、ぼくはなんとなく
リヒテルの弾く「平均律」を思い浮かべてました。


あるいは、曲の配置が同じという、
ショパンの「24の前奏曲」を思い出しました。


ロマンチックなショスタコーヴィチ


じつは、ぼくはもっとスムーズに流れる、
冷たい、感情を押し殺した演奏のほうが好きなんです。


でも、コンサートホールで、
集中して聴くには、こういう演奏のほうがいいに違いありません。


だって、あんまり平板だと眠くなっちゃうもんね。


メルニコフは、この大曲を、
飽きさせずに、ドラマチックに最後まで完走しました。


喝采


ただ、ぼくは最後までなんとなく違和感が残りました。
曲に対するイメージが強すぎたのかなあ?
初めて聴いた人なら、きっと、すばらしいと思ったはずですけど。


ただ、こういう演奏がいいか悪いかと聴かれたら、
そりゃいいに決まってます。


いろんな解釈ができるということは、いい曲の証しでしょう。


そういや、この曲の最後の24番(Dマイナー)って、
冒頭がバッハの「シャコンヌ」に似てるのね。調性同じだし。
ブゾーニのピアノ版を思い出しちゃった。
だから、余計に終曲というイメージが強まった(バッハのシャコンヌも終曲)。


メルニコフは、ケラスやファウストなんかと共演してるみたいなので、
室内楽のほうも聴いてみたいと思いました。


こういうピアノリサイタルならまた行ってみたいものです。
次はメシアン「20のまなざし」全曲とか行きたいな。


もちろん、ショスタコーヴィチなんて聴いてたら、
女の子にはぜったいにもてないよ