セシル・テイラー衝撃の初来日ライブを聴け!

putchees2005-02-16


今回のCD

アキサキラAKISAKILA
セシル・テイラー・ユニット・イン・ジャパン
CECIL TAYLOR UNIT IN JAPAN
(トリオ/MTCJ2533-34)

曲目

1.BULU AKISAKILA KUTALA(Part 1/Part 2)

ミュージシャン

セシル・テイラーCECIL TAYLOR(piano)
ジミー・ライオンズJIMMY LYONS(alto saxophone)
アンドリュー・シリルANDREW CYRILLE(drums)


1973年5月22日/東京・新宿厚生年金会館大ホール

日本中が待ち望んだ来日公演


アメリカのフリージャズピアニスト、セシル・テイラー Cecil Taylorの音楽は、
ジャンルの分け隔てなく、すべての人が聴くべきすばらしい音楽です。
ややこしいリクツなしに聴けば、たちどころにモーレツな感動がもたらされるのです。


彼は1973年に初来日、各地でコンサートを行いました*1


来日したユニットのメンバーは、
セシルの盟友、アルトサックスのジミー・ライオンズを含むトリオ。


セシル・テイラーのピアノのユニークなスタイルは、
ブルーノートレーベルに残された有名な2枚のアルバム、
コンキスタドールConquistador!」(1966)
「ユニット・ストラクチャーズUnit Structures」(1966)
をはじめとするレコードによって、日本のリスナーにも知られていました。


そして、当時はすでに、日本でも独自のフリージャズが育ち、
成熟期に入っており、山下洋輔(ピアノ)、
沖至(トランペット)、阿部薫(アルトサックス)といった、
すぐれたミュージシャンがあらわれていました。


アメリカから訪れる「前衛ジャズのチャンピオン」の演奏を、
日本のリスナーは、心から楽しみにしていたのです。


当時、セシル・テイラーは、きわめて豊かな内容の
ソロ・パフォーマンス盤「インデントINDENT」(FREEDOM/FCD41038)
を録音した直後(インデントの元になったコンサートは3月11日)
であり、音楽家としてもっとも充実した時期でした。


当時のセシル・テイラー・ユニットのメンバーの変遷を調べると*2
72〜74年にかけては、ベースを含む4人か、
もしくは来日時と同じ3人がレギュラーだったようです。

運命の1973年5月22日


5月19日に来日したセシルは、いくつかのコンサートをこなし、
離日するまでに2枚組のライブ盤ひとつと、
ホール録音によるソロ・パフォーマンス盤*3を残しました。


このうちのライブ盤が、今回紹介する「アキサキラ」です。


ときは1973年5月22日(火曜日)。
コンサート会場は、新宿・厚生年金会館大ホール。
靖国通り沿いに、いまも健在の有名ホールです。


コンサートは平日ゆえ夜で、2部に別れていました。
第1部は、トリオによる約80分間の演奏、
第2部は、セシル・テイラーによる歌とダンス(!)でした。

山下洋輔によるコンサート報告


山下洋輔のエッセイ「ピアニストを笑え!」(新潮文庫)の中に、
この夜のコンサートの様子が詳細に書かれています。


この文章(“セシル・テイラー 蜜月の終り”)を読むと、
当夜のコンサートがいかに衝撃的であったかがわかります。


同じフリージャズのピアニストとして、
山下洋輔の受けた衝撃がいかほどであったか、
痛いほどに伝わってきます。


彼は、セシル・テイラーのピアノの向こうに、
世界を垣間見たと記しています。


そしてセシルのプレイをもっとも的確に表している言葉はつぎの一節です。


「時間を追い抜いて走っているのだ」

ジャズにはスピード感が必要なのだ!


時間を追い抜くというフレーズは、アルゼンチン生まれの作家、
フリオ・コルタサル Julio Cortazarの小説
「追い求める男 El Perseguidor」を思い出させます。


この小説では、チャーリー・パーカーCharlie Parkerをモデルにした
アルトサックス奏者が登場します。


その中に確かこんな一節がありました。


「なんてこった!このフレーズは明日吹いてしまったフレーズじゃないか!」


その作中のアルトサックス奏者は、
時間を追い抜いて、“明日吹くべきフレーズ”を今日、
吹いてしまったというわけです(わけわかんないけど)。


山下洋輔とフリオ・コルタサルはなんの交渉もなかったはずで、
単なる偶然ですが、
それはつまりジャズには「時間を追い抜く」ような
スピード感が重要な要素だということです。


ジャズにはスピードが必要だというのは
そのほかの場所でもよくいわれることで、
それは単に速いフレーズを弾く(あるいは吹く)
というのとはまったく別の話で、
スピード感のある音色(あるいは音の流れ)を作ることが
必要だということです(ますますわけわかんないですか?)。

セシル・テイラーのピアノは世界最速!


チャーリー・パーカーの猛烈な即興演奏には、
確かにコルタサルのいうような時間を追い抜く感じがあります。


本邦でも、アルトサックス奏者の阿部薫は、
「ぼくは誰よりも速くなりたい」という言葉を残しています。


実際、彼のアルトサックスソロは、
誰よりも速いスピード感をそなえています。


ゆっくりしたフレーズでも、聴いていて、
なんだか猛烈に“速い”気がするのです*4


そんなジャズ界の中にあって、セシル・テイラーのプレイは、
史上最速といってもいいんじゃないでしょうか。

来日コンサートの証人に会った!


高田馬場のジャズ喫茶「マイルストーン」のマスター、
Oさんに山下洋輔のエッセイの話をしたら、


「そのコンサート、行ったんだよ」


という答えが返ってきました。


「えっ!?マ、マジっすか?」


「いやー、すごいコンサートでさ、
これまでに行ったジャズのコンサートで確実に3本の指に入るね」


「うらやましいなー、で、コンサートの第2部は
セシルの踊りだったってホントですか?」


「そうそう、モダンダンスみたいなやつで、
それもよかったんだよね」


「うわー!」


Oさんは別にフリー狂でもなんでもなく、
ぼくはOさんの音楽に関する審美眼に全幅の信頼を置いています。


そんなOさんがいうのだから、
間違いなくスゴイコンサートだったに違いありません。


こうなりゃ、聴かないわけにはいかないです。

さあ、聴いてみましょう!


というわけで、そのときのコンサートのライブ盤
「アキサキラAKISAKILA」を聴いてみましょう。


残念ながら、第2部の歌と踊りが収録されていないのですが、
CDという商品の性格上、やむを得ないことです。


中身は、2枚組でたった1曲、
83分間休みなしの猛烈な即興演奏です。


普段のセシルの音楽は、事前にある程度の構成や
吹くべきフレーズが決められている印象ですが、
この日の演奏は、おそらく、
純粋な即興に近いものだったのではないでしょうか。


セシル・テイラー オン ピアノ! セシル・テイラー・ユニット!」


という、この手のライブ盤におなじみの
日本なまりの英語によるアナウンスで、3人の演奏が始まります。


セシル・テイラーのピアノは最初からアクセル全開でぶっとばします。
最初はとぼけたフレーズをのんびり吹いていたアルトサックスも、
ピアノとドラムにあおられるように、息せき切って走り出します。


あとは最後まで全力疾走です。

フツウの感覚を超越した即興演奏の嵐!


スゴイ。ものすごいです。


たった3人のグループで、
とんでもない密度と速度の音楽を作っています。


時間と空間を埋め尽くそうとするような演奏です。


アルトサックスは、ときどき(疲れて?)休んでステージの袖に消えますが、
ピアノとドラムは、ほとんどメリハリもないままに、
ひたすら超高速のフレーズを叩き続けます。


フツウの音楽なら、ときどきゆっくりになったり、
静かになったりする箇所がありますよね?
この演奏には、そういうのはいっさいないのです。
(びっくりでしょ?)


しばらくするとアルトサックスがあらわれて、ひとしきり吹くと、
また疲れ果ててステージから消えます。


これが3回繰り返されて、83分後、だしぬけにピアノがストップ、
気が付いたドラムが演奏をやめて、ステージが終わります。


このとき、アルトサックスは袖にひっこんだまま。


山下洋輔ならずとも、
「なんで3人一緒で演奏を終わりにしないんだ!?」と、
ビックリするところです。


ところが、聴衆は爆発的な喝采で演奏を讃えます。
要するに、そんなフツウのコンサートの感覚を超えた、
とてつもない迫力のステージだったわけです。

セシル・テイラー生涯最高速の演奏!


録音バランスの関係で、ドラムがいささかうるさく感じられるのですが、
セシルのピアノが最高潮を迎えるいくつかのパートと、
3人が全力で突っ走っているいくつかのパートでは、
聴く側の昂奮も最高潮を迎えます。


こと、セシル・テイラーのピアノの速度でいえば、
彼の生涯のパフォーマンスの中でも、
最高速と認定していいのではないでしょうか。


もうホントすごいです。
阿部薫の言葉を借りるなら、それこそ
アンドロメダより速い」ですよ*5


こんな演奏をしていながら、
セシル・テイラーは、汗ひとつかかず、
無駄な動きひとつせず、平然としていたそうです。


超人というほかありません。


このアルバムを聴かずにすませることは、
音楽好きの人生において多大なる損失です。


73年の来日コンサートには、
ジャズ方面以外からも多くのファンが訪れていたようです。


そのうち、作曲家の間宮芳生は、
セシルの演奏の衝撃を元に、
ピアノソナタ2番を書きました。


1961年のアート・ブレイキーArt Blakey来日や、
1966年のジョン・コルトレーンJohn Coltrane来日と並んで、
まさに、日本のジャズ史に残る画期的な事件だったわけです。


それにしても、こんな偉大な音楽家が、
いまだに完全にマイナーな存在でいるというのは
まったくもって不当な話です。


全世界のセシル・テイラーファンは
猛烈に宣伝活動をすべきではないでしょうか。


立ち上がれ、全世界のセシル者たちよ!


ぼくも非力ながらがんばろうと思うのです。


みなさんも、ぜひ彼の衝撃のピアノを聴いてみてください。
甘い癒しの音楽ばかりが、音楽の楽しみではありませんよ。


ただもちろん、こんなCDを聴いていても、女の子にはぜったいにもてません。

*1:初来日時の詳しいスケジュールは、調べても詳細がわかりませんでした。ご存じの方、ご一報ください

*2:Cecil Taylor Online Sessiongraphyから http://www.webmutations.com/ceciltaylor/

*3:「SOLO」(トリオ/MTCJ2532)

*4:これは、実際に聴いてもらうほかはないのですが

*5:なんのこっちゃ