セロニアス・モンクの能天気な不協和音を聴け!

putchees2005-02-15


今回のCD

セロニアス・モンク・トリオThelonious Monk Trio
アメリカ・Prestige LP7027)

曲目

1. LITTLE ROOTIE TOOTIE
2. SWEET AND LOVELY
3. BYE -YA
4. MONK'S DREAM
5. TRINKLE TINKLE
6. THESE FOOLISH THINGS
7. BLUE MONK
8. JUST A GIGOLO
9. BEMSHA SWING
10. REFLECTIONS

ミュージシャンMusicians

セロニアス・モンクThelonious Monk(piano)
ゲイリー・マップGary Mapp、パーシー・ヒースPercy Heath(bass)
アート・ブレイキーArt Blakey、マックス・ローチMax Roach(drums)

録音:1952〜1954年

アノトリオアルバムは冒頭5秒が勝負!?


いいピアノトリオのアルバムというのは、
冒頭の5秒でわかるというのが、経験から得られたぼくの持論です。


もちろん、例外があまりに多いので、極めて脆弱な理論ですが、
気分的に納得してくれるジャズファンは多いような気がします。


いくつか例を挙げてみましょう。


「女にもてるジャズ」の筆頭、
このレビューでは永遠に紹介できないであろうピアニスト、
ビル・エヴァンスBill Evansの「エクスプロレーションズExplorations 」(1961)。


このアルバム1曲目の「イスラエルIsrael」の冒頭の瞬間こそ、
ぼくがジャズを長く聴いてきた中で、もっとも感動を受けた瞬間のひとつです。


CDを買って、最初に聴いたときの感動を、
いまだに覚えているアルバムというのも珍しいです。


だいたい、ジャズを聴き始めのころは、
何回も同じアルバムを聴き返さないと、勘どころがつかめないものです。


逆に、1回目から感動を覚えるようなアルバムは、
2回、3回と聴き返すうちに、飽きてしまうような、底の浅いものが多いものです。


ところが、この「Explorations」は、そのどちらとも違います。
1回目から、現在に至るまで、聴くたびに新たな感動を覚えるのです。


それくらい、この「イスラエル」におけるエヴァンスのピアノはスゴイ。


エヴァンスの最高傑作は、このアルバム以外にあり得ません。

アノトリオの名盤ぞくぞく紹介!


さて、別の例を挙げてみましょう。
ハンプトン・ホーズHampton Hawesの「This is Hampton Hawes Vol.2 The Trio」。


冒頭の「あなたと夜と音楽とYou and the Night and the Music」のイントロから、
ハンプトン・ホーズのピアノは聴き手の心をつかんで放しません。
ぼくが、5秒で十分というゆえんです。


あと2枚挙げてみましょう。


ブラジルの名ピアニスト、
セザール・カマルゴ・マリアーノCesar Camargo Mariano*1のグループ、
サンバランソ・トリオSambalanco Trioの「サンブルースSambalanco Trio Vol.1」(1964)。


1曲目「Samblues」のかっちょいいイントロを聴いたら、
みんなもうメロメロです。


そして、ドイツのピアニスト、フリッツ・パウアーFritz Pauerの「ブルース・インサイド・アウトBlues Inside Out」 (1979)。
これも、透明感のある冒頭のピアノが心をわしづかみです。


どれも、最初の5秒でガツンと来ます。
間違いないです。

冒頭5秒でノックアウト!モンクの決定盤!


まだ例が必要ですか?
じゃあ最後に決定的なやつをひとつ挙げましょう。


さて、それが今回紹介するこれ、
セロニアス・モンク・トリオThelonious Monk Trio」。


セロニアス・モンクというのは、ジャズにおける名曲中の名曲、
「ラウンド・(アバウト・)ミッドナイト Round About Midnight)を作曲したピアニスト*2


ほかにも「ブルー・モンクBlue Monk」や「ストレート・ノー・チェイサーStraight, no Chaser」など、
モンクが作ってジャズのスタンダードになった曲は無数にあります。


そう聞くと、いかにも女子にもてそうな音楽という気がしますが、
彼のピアノは、決してオシャレではありません。
どこかたどたどしくて、ぶっきらぼうで、人を食ったようなピアノなのです*3

この「不協和音」を聴け!!


まあ、説明するより聴いたほうが早いでしょう。
このCDを掛けてみましょう*4


「ゴンゴンゴン! ゴンゴンゴン! ゴンゴンゴン!」


おお!これこれ!のっけから、ものスゴイ不協和音です。
おしゃれなOLさんやセレブな奥様が裸足で逃げ出す強烈なピアノです。


しかしこの強烈な「不協和音」、なんと魅力的なのでしょう*5
男の魂にガツンと響きます。
もう、5秒でノックアウトです。


これこそモンクの真骨頂。
最高です。


さて、この1曲目の「Little Rootie Tootie」、
ホントにヘンな曲です。


この不協和音って、なんか、機関車が突っ走るような音を想像させるなあ。
……と思って、オリジナルのライナーを読んだら、
やっぱりそうやって書いてあります。
汽笛を模した音のようです。


こういう厳しい不協和音が続く曲というのは、
ふつう、重苦しいシリアスな曲のはずなのですが、
この曲では、常軌を逸した不協和音の連打のあとに、
すっとぼけたメロディが臆面もなくあらわれます。
かと思うと、また同じ不協和音の連打です。


シリアスな気持ちで聴けばいいのか、
ユーモラスな気持になればいいのか、
さっぱりわからないので、
聴いているうちにどんどん不安になってきます。


しかし、そんなことおかまいなしに、
モンクのピアノは、すっとぼけた脳天気なアドリブをはじめます。


…ああ、やっぱり笑って聴けばいいのです。


ソロの途中で、さっきの不協和音に似たやつをさらに烈しく連打、連打、連打!
ここがたまらん。おしっこもれそう。


モンクらしい、人を食った曲です。
もう、最高*6

モンクの曲は全部メジャーキー?


だいたいモンクの曲はヘンなのが多いのです。
悲しいのか陽気なのか、ムードが一様でないのです。
明るいかと思えば暗くなるし、
センチメンタルかと思えば陽気になります。


音楽に自分の感情を仮託して、聴き手が
センチメンタルな気分に浸るのを拒絶するような音楽なのです*7


そこが、彼の音楽の魅力なのではないでしょうか。
どこへ連れて行かれるかは、すべてモンク任せ。
純粋に、音の快楽に身を任せる音楽なのです。


以前、ぼくの友人が
「モンクの曲って、全部メジャーキー(長調)なんじゃないの?」
と言ってました。


自分で確かめたわけではないし、まさかそんなことはないだろうと思うのですが、
たしかに、マイナーのコードで終止するような曲は思いつきません。


このアルバムに収められている曲も、
マイナーキーで終わるようなのはなさそうです。


モンクの作品で、「悲しい」気分一辺倒の曲というのは、
あまりなさそうです。


たとえば名曲「ベムシャ・スウィングBemsha Swing」。
これは、切ない曲なのですが、どこかユーモアがあります。


逆に、陽気な雰囲気の曲でも、同時に寂しさや哀しみを感じさせるものが多くあります。
このフシギな味わいこそが、モンクの音楽の魅力です。


そして大切なことですが、彼のソロもまた、
能天気なようでいて、同時に醒めた理性や孤独を感じさせます。


テーマとソロが一体となったときに、ジャズの名演が生まれるのです。
モンクは、オリジナル曲を弾くときにもっとも輝くと言われるゆえんです。


テーマとソロの部分が、まったく違和感なくつながるのですから。


このアルバムは、LP最初期の録音でありながら、
いまなお輝きを失わない、モンクの最良の演奏のひとつ。


1曲目がなんといってもすばらしいのですが、ほかも名演揃い。
とくに「ベムシャ・スウィング」でのピアノはスゴイ!
マックス・ローチのドラムも相俟ってすばらしい演奏です。


モンクのピアノの豊饒な世界に浸りたいときは、ぜひとも聴いてほしい一枚です*8

補足:「不協和音」なんて存在しない!


ちなみに、不協和音という言葉についてひとこと。


モンクはたしか、
「複数の音を同時に押さえて鳴らすと気持ちいいんだ」
という意味の言葉を残していたように思います。


……そんなの当たり前じゃん!
なんて、つい思ってしまいそうですが、
ぼくは、とても含蓄のある言葉だと思っています。


この言葉は、西洋式のコードに従うのではなくて、
あくまで自分の感性に従って和音を構成していこうという、
モンクの意思をあらわした言葉ではないかと思うのです。


「不協和音」なんて、ヨーロッパ人が作った、
19世紀までの古くさい概念です。
ぼくたちは、どんな音の組み合わせであっても、
気持ちよければ、和音として使っていけばいいのです。


そのひとつが、「Little Rootie Tootie」におけるあの和音です。
あれが不協和音だなんて、とても考えられません。
最高に気持ちよいではありませんか。
効果的な音の組み合わせは、すべて和音なのです。


だから、なるべくぼくは不協和音という言葉は使いたくないのです。
上で使ったのは、あくまでわかりやすくするためです*9


ぜひともみなさんも、モンクの不可思議な和音の魅力にノックアウトされてみてください。
冒頭5秒でわかりますから。


ただし、こんなCDを聴いていても、女の子にはぜったいにもてません。

*1:エリス・ヘジーナ(レジーナ)Elis Reginaの夫

*2:ただしこの曲を有名にしたのは、いうまでもなくマイルス・デイヴィスMiles Davis

*3:それがモンクのいいところです。「剛毅木訥仁に近し」です。

*4:ぼくが持っているのはアナログ盤ですが

*5:どんなヴォイシングか、ご存じの方がいたら教えて下さい。ぼくはこの和音だけで、ご飯3杯はイケます

*6:このタイトルの「Rootie Tootie」って、なんのことだろうと長年ギモンに思っていたのですが、今回調べたところ、どうやら、当時(50年ごろ)アメリカでTV放映されていた、子供向けのパペットショーの登場人物の名前のようです

*7:といって、彼のピアノが非人間的ということではありません。彼のピアノは、人間らしい温かさに満ちた、優しい音楽です。

*8:数多くある彼のソロピアノ盤より、ぼくは、このトリオ盤のほうがずっと、彼のピアノがよく鳴っているように感じます

*9:もし西洋式の和音の考え方に拠るなら、日本の伝統音楽にあらわれる2度の和音は、すべて不協和ということになってしまいます