レフト・アローンはやっぱり名曲なのだ!

putchees2004-12-19


今回のCD

レフト・アローンLeft Alone(1960)

マル・ウォルドロンMal Waldron
曲目

  1. Left Alone
  2. Cat Walk
  3. You Don't Know What Love Is
  4. Minor Pulsation
  5. Airegin

Mal Waldron(piano), Julian Euell(bass), Al Dreares(drums), Jackie McLean(alto sax)
(米国BETHLEHEM BCP 6045)

簡単なメロディです


ジャズの「名曲」というのはいくつかあるのですが、
そのひとつが「レフト・アローン」であることは間違いないでしょう。


メロディはこうです。


「レ レ ラ〜 ファ ソ ファ〜 レドレ〜(繰り返し)」


これではなんだかわかりませんが、
単純なメロディであることは明瞭です。


リコーダーを持った小学生でも吹けそうな曲です。


ポイントになるのは、最初の「レ レ」で、
1オクターブ上がるところでしょう。


たったそれだけで、
魂をふるわせるような力のある曲です。


この曲、日本人の心にガツンと響くサムシングを持っているらしく、
生まれた米国じゃまったく知られていませんが、
日本では昔からジャズ喫茶あたりでよく聴かれてきました*1
「ジャズ名盤100」みたいなのにも、たいがい載ってるはずです。


この曲、ジャンキー社長こと角川春樹が監督した
「キャバレー」という映画(1986)で
テーマ曲的に使われて、一気に有名になりました。

「名曲」は恥ずかしい?


ところで冒頭の文で「名曲」に「 」がついているのは、
ジャズを知らない人にも知られているような曲、
という微妙なニュアンスを含んでいます。


つまりは、根っからのジャズ好き(スノッブ)にとっては、
「レフト・アローン? ケッ!」という調子が含まれていることを意味します。


ほかのジャンルでもそういうのはあるのだろうと推測します。
たとえばクラシックに関して、

女「私、クラシックって大好きなんですぅ。“パッヘルベルのカノン”を聴くと泣いちゃうんですぅ。
あれって 名曲ですよねぇ」


男「うんうん、名曲だね」


このときの「名曲」というニュアンスに近いかと。


もちろん、衆人にあまねく知られている曲が、
陳腐なものばかりであるとは限りません。


きょうは、その「レフト・アローン」について、


「陳腐じゃなくてやっぱりいい曲なんだよ」


ということを強引に論証してみたいのです。

大向こうに受ける曲とは?


一般に、広くウケる曲というのは、

  1. あまりに人畜無害でのほほんとしたメロディか、
  2. あまりに通俗的で臭みのあるメロディか、


このどちらかなのだろうと思います。


で、この「レフト・アローン」という曲に関していえば、
明らかに後者(2)に属します。


一聴してわかる、臭みのあるメロディ、
日本人に親しみのあるマイナーキーの5音音階です。


といっても、作ったのは日本人ではありません。


作曲したのはマル・ウォルドロンという黒人ピアニスト、
初録音は写真に挙げたベツレヘム盤です。
最初はビリー・ホリディBillie Holydayが歌うための曲だったようですが、
レコードでテーマを取るのはアルトサックスです。


ジャッキー・マクリーンJackie McLeanという人が吹いてます。
(はっきりいってヘタクソですが、味はあります)


このアルトサックスの音色があまりに感傷的なので、
スノッブたちは文句を言うわけです。


あと、あまりに有名なので、聴くのをはばかってしまうのです。


ジャズ喫茶でリクエストしようとすると、店のオヤジに嫌がられます。
CDショップでは、ジャズの初心者以外にまず誰も買いません。


そんなCD、そんな曲です。

先輩の教え


大学のジャズ研あたりだと、アルトサックスの初心者がこの
「レ レ ラ〜♪」をやろうとすると、
すぐに先輩がやってきて、
鼻で笑うということに相場が決まっています。


そうすると繊細にして敏感な初心者は、
「あ、この曲をやると恥ずかしいんだな」
ということがわかって、
すぐに最寄りのヤマハに行って、先輩に教わった
CHARLIE PARKER OMNIBOOK in Eb」
を買うということに相場が決まっています。


さらにその初心者は、オムニブック(コピー譜)の中の、
「Now's The Time」か「Confirmation」のコピーを
さっそくはじめるというところも相場が決まっています。
(パーカーなんて聴いたこともないくせに!)

こんにちは「スペイン」


それでもって、夏合宿のジャムセッションともなれば
みんなでチック・コリアChick Coreaの「スペインSpain」をやるということも
相場が決まっています。


繊細にして敏感な初心者は、
「あ、この曲をやるとかっこいいんだな」
ということがすぐにわかりますから、
合宿の最終日ともなればみんなで


「ちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃ〜ららら♪」


などと「スペイン」の練習に励むというのも、相場が決まっています。


もはや誰も、「レフト・アローン」なんて思い出しません。


野暮ったい「レフト・アローン」なんかより、
複雑でモダンでかっこいい「スペイン」のほうが、
よっぽど女の子にもてるからです。


「スペイン」万歳!チック・コリア万歳!
マルのおじさん、ぼくをジャズの入口まで案内してくれてありがとう。
さようなら。いつまでもお元気で。


……ところが、です。


人生そう簡単にはいきません。


永遠にお別れしたはずの「レフト・アローン」に、
再び帰ってくる日が来るかもしれません。

さようなら「スペイン」


大学のジャズ研では、
明らかに「スペイン」のほうに価値がありました。


ですが、一生つき合っていける曲はどちらかと問われれば、
答えはまるきり逆になります。


わたしは、迷うことなく「レフト・アローン」だと思うのです。


「スペイン」なんて、若いうちにかかるハシカみたいなものです。


単純な曲なのに?


いいじゃないですか。
単純なものにこそ、ホンモノが宿るのです。


「スペイン」ていい曲じゃない?


飽きるんですよ。すぐに。
技巧的なものってその程度です。


「レフト・アローン」万歳!マル・ウォルドロン万歳!
チョビ髭のチックおじさんさようなら。
いつまでもお元気で。

「日本人好み」でどこが悪い


「トシを取ると懐古的になっていやねぇ」とか、
「お前にはムツカシイ曲はわからないのだ」とか、
「感性が貧困なんだ」とかいわないでください。


そんなことはありません。


そもそも、この曲が嫌いだという人に限って、
「日本人好みのマイナーキーの曲でいやらしい」というのです。


でも、日本人好みで、どこが悪いというのですか。


あなた、日本人じゃないの?


ステーキを食べに行って、


「日本人ぽくてかっこわるいから」


という理由で、ライスじゃなくて、
パンを選んでる人みたいですよ。


ステーキには白いメシ。
そっちのほうがうまいに決まってるじゃないですか。


だって日本人なんだもの。
おハシの国の人だもの。


西洋人の好みに合わせることがかっこいいと思っている人は、
ああなんてかっこわるいんだろう。


自分の感性にウソをついちゃいけません。


自分の心にビビビと響く音楽を聴けばいいのです。


というわけで、繊細にして敏感な初心者も、
スノッブ気取りの先輩の呪縛から逃れたころ、
「レフト・アローン」にまた戻ってくるのです。


シャープやフラットがたくさんくっついてて、
たくさん転調するような曲がエライと教えられたのが、
全部ウソだったとわかる日が来るのです。


改めて聴いて、簡勁な旋律に涙する日がきっと来るのです。

思わずコブシが回ったっていいじゃないか


そもそも通俗的で何が悪いというのでしょう。
日本的で何が悪いというのでしょう。


まさかいまどき、高尚な「芸術音楽」がすばらしいだなんて、
信じている人はいないでしょう。


吉幾三の「雪国」や石川さゆりの「天城越え」に
一度たりとも感動しちゃったことがないとでもいうのでしょうか?


風呂場で思わずコブシを回しちゃったことがないとでもいうのでしょうか?


即興の鼻歌が、いつでも「ドレミファソラシド」だとでもいうのでしょうか?
「ラシドミファラ」と、“ヨナ抜き”になったことが一度でもなかったというのでしょうか?


そんな日本人はいないだろうと思うのです。


そもそも、自分の感性を恥ずかしがるようなメンタリティを、
日本人はさっさと捨てるべきだと思うのです。


自分の感性は武器であると、早く気が付いてほしいのです。


ペンタトニック(5音音階)で、いいじゃないか。
マイナーキーで、いいじゃないか。
転調しなくったって、いいじゃないか。
コブシが回りまくったって、いいじゃないか。


そういうことです。


「レフト・アローン」という曲の美点に気付いた自らの炯眼に、
誇りを持つべきなのです。


マル・ウォルドロンは、実際、本国アメリカでは不遇で、
60年代に欧州に移住し、かの地と日本で長く活動しました。


そして2002年、永眠したのです。


改めて聴くと、「レフト・アローン」は、たいへんいい曲です。
米国では無視されたといいましたが、
個性的なアルトサックス奏者、エリック・ドルフィーEric Dolphy*2が、
この曲を繰り返し演奏しています。


エリック・ドルフィーによる複数の録音が残っていますが、
もっともすぐれているのは、
アルバム「ファー・クライFar Cry」(1960)
に収められたバージョンでしょう。


ここでは、彼はフルートを使っています。
それを聴くと、この曲の魅力がさらに浮き彫りになります。
なんと愛らしい旋律でしょうか。


エリック・ドルフィーは、ちゃんとこの曲の美点を知っていたのです。


どんな曲であれ、
好きだからといって、そのために
恥ずかしがることはないのです。

アノトリオの名盤!


アルバム「レフト・アローン」は、
表題作のほかに、「Cat Walk」や
「You Don't Know What Love Is」
「Airegin」といった名曲名演の宝庫です*3


とくに2曲目の「Cat Walk」は、
このアルバムの白眉といえる内容ではないでしょうか。


暗く、クールな中に、どこか温かみを感じさせるピアノは、
マル・ウォルドロンならではです。


初心者の方はおじけづくことなく、
ベテランの方も、恥ずかしがることはなく、
堂々と、好きなように好きなだけ楽しんでください。


ちなみに、この曲とアルバムは、
亡きビリー・ホリディに捧げられたものだそうですが、
それを知ったからといって、
音楽自体の価値に関わるとは思えないので、
とりあえず気にしなくていいと思います。


もちろん、こんな曲を聴いていても、女の子にはぜったいにもてません。
もてたい人は、チックの「スペイン」でも聴いててください。

*1:ジャズには、そういうベンチャーズみたいなミュージシャンや曲がたくさんあります

*2:彼自身もまた、晩年には米国で活動することに絶望してしまうのですが

*3:アルトサックスのジャッキー・マクリーンは1曲のみのゲスト。実質的にはマルのピアノトリオアルバムです