戦前のモダン作曲家・大澤壽人の神風協奏曲を聴け!

putchees2005-02-21

今回のCD

日本作曲家選輯 大澤壽人HISATO OHZAWA
(香港・ナクソス&日本・アイヴィーNAXOS 8.557416J)
http://www.naxos.co.jp/8.557416J.html

曲目

ピアノ協奏曲 第3番 変イ長調「神風協奏曲」(1938)*
Piano Concerto No.3 "Kamikaze"(1938)
交響曲 第3番(1937)(世界初録音)
Symphony No.3(1937)

ミュージシャンMusicians

ピアノ独奏:エカテリーナ・サランツェヴァ*
管弦楽:ロシア・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ドミトリ・ヤブロンスキー


こんな作曲家が戦前の日本にいたのか!?


大澤壽人(おおざわ・ひさと)という作曲家のことは、
おそらく誰も知らないでしょう。


日本人がまだ西洋音楽にそれほど親しんでいたわけではなかった
戦前から戦中期に、関西で活躍した作曲家です。


どうしたわけか、彼は戦後の日本では完全に忘れ去られた存在でした。
今回紹介するCDは、彼の作品が初めてCDに録音されたものです。


収録作品はピアノ協奏曲と、交響曲が1曲ずつ。
ピアノ協奏曲には、副題として「神風協奏曲」という名前がつけられています。


カミカゼ」!?なんとも、センセーショナルな名前ですね。
その種明かしは、あとでやりましょう。


さて、このCDは昨年(2004年)の5月にリリースされたのですが、
あまりに作品の内容が充実していたために、
「どうしてこんな作品の存在が知られていなかったのだ!?」
と、クラシック・現代音楽のファンに大きな衝撃を与えました。


このCDは、香港に拠点を置くナクソスレーベルと、
日本における代理店であるアイヴィー社(愛知県)の協同によって生まれた
日本作曲家選輯」の1枚です。



1枚あたりわずか1,000円という値段で、
日本の芸術音楽の作曲家を次々に紹介していこうという、
きわめて良心的で良質のシリーズです。


このシリーズのプロデュースに深く関わっている
評論家の片山杜秀の存在が、このCDの誕生にはおそらく不可欠でした。


この作品集にも、彼は入魂のライナーノートを提供しています。
やる気のない、凡庸なライナーノートを想像してはいけません。
それ自体読み応えのある、すばらしい内容です。


このシリーズは、日本近現代音楽のエヴァンジェリストとしての
片山杜秀のライフワークになりそうです。


それはさておき、日本現代音楽作品のファンというのはほんとうに少数で、
このCDも、その小さなサークルの中で評判を呼んでいるに過ぎません。


これはなんとしても、
もっと広い範囲の人たちに聴いてもらわねばなりません。
そのために、本レビューで紹介することにいたします。

アストル・ピアソラキース・ジャレットと同門なのだ!


さて、大澤壽人は1907年(明治40年)に神戸で生まれ、
1953年に同地で死にました。


彼は1921年から30年まで関西学院に学び*1
その後渡米。アメリカとパリで作曲を学び、かの地で多くの作品を発表しました。


洋行中はセルゲイ・クーセヴィツキーSerge KoussevitzkyやイベールJaques Ibert、
タンスマンAlexandre TansmanやルーセルArbert Rousselと交流したそうです。


ちなみに、パリでの大澤の師は、ナディア・ブーランジェNadia Boulangerで、
要するに大澤とアストル・ピアソラAstor Piazzollaは、同門ということになります*2


日本への帰国は1936年(昭和11年*3
このCDに収められた交響曲3番が作られたのが1937年*4
そして「神風協奏曲」が翌1938年に作曲・初演されます。

カミカゼ」とは!?


さて、この「神風KAMIKAZE」というのは、第二次大戦末期の「特攻隊」とは関係ありません。


朝日新聞の飛行機の名前です。その名も神風号。


東京-ロンドン間1万5357キロを94時間17分で飛び、
当時の飛行記録を塗り替えた民間航空機の名前なのです。


1930年代は、欧米各国が航空機の飛行記録を競っていたころで、
日本も、航空機産業の成熟期を迎え、この競争に参加していました。


朝日新聞社は、国威発揚と新聞の部数増を企図して、
帝国陸軍のために三菱が制作した機体をゆずり受け、
高速通信連絡機として、野心的な飛行に挑戦したのです*5


折しも英国でジョージ6世戴冠式を控え、
これに合わせてロンドンまでの親善飛行というわけです*6


戦闘機も旅客機もほとんど輸入でまかなっている現代では
信じられないことですが、神風号は純国産の航空機でした*7


ヨーロッパの飛行家たちが挑戦しては失敗した日本-ヨーロッパ間の記録飛行に、
日本の航空界が挑んだわけです。


「神風号」は、1937年の4月6日に東京府立川飛行場を飛び立ち、
途中11箇所に着陸・給油しながら、
10日にロンドン郊外のクロイドン飛行場に到着しました。


実飛行時間は51時間19分、これは当時としてはたいへんな記録でした。


神風号は、ロンドンっ子たちの熱い歓迎を受け*8
さらにベルギー、ドイツ、フランス、イタリアと、欧州各国への親善飛行を行い、
搭乗員の飯沼正明操縦士と塚越賢爾機関士は、一躍英雄になったのでした。


「飛行家」という職業があった、
航空発展期の晴れがましいエピソードのひとつです。


ちなみにこの記録飛行のふたりの搭乗員のうち、
日英混血*9塚越賢爾機関士は、
かわぐちかいじの劇画「ジパング」(講談社・モーニング誌上で連載中)
に登場しています。


第二次世界大戦の予感に、政情・世情は風雲急だったのですが、
こんな平和なニュースがあったんですね。

欧米の最先端の音楽に負けない魅力!


さて、大澤壽人は、日本中が沸き立ったこの「神風号」の快挙をモチーフに、
ピアノ協奏曲をものしたわけです。


そう書くと、大澤が、能天気な国粋主義者で、
国威発揚のお先棒を担いでいたような印象を受けるかも知れませんが、
片山杜秀は、そうではなく、
自作を広く一般の聴衆に聴いてもらうきっかけとして、
神風号をモチーフに使ったのだと記しています。


たしかに、ただの「ピアノ協奏曲3番」より、「神風協奏曲」のほうが、
聴きに行こうという気になりますからね。


さて、この「神風協奏曲」、3楽章で演奏時間は約27分。
なかなか大きな曲です。


戦前の日本人作曲家の曲なんて、未熟で、地方的で、
西洋のまねごとで、とても聴くに足りない、なんて先入観を持っていませんか?


この作品は、そういう見方を完膚無きまでに打ち破ってくれます。


当時最先端のテクノロジーである航空機をモチーフにした
このピアノ協奏曲は、モダニズムの粋とも言える先鋭的な音楽でした。


たしかに、なにかにかこつけなければ、
とても当時の未成熟な聴衆には受け入れられそうにない内容です。


第1楽章と第3楽章では、ラフマニノフSergei Rakhmaninovや
プロコフィエフSergei Prokofiev、あるいは
バルトークBela Bartokのピアノ協奏曲を彷彿とさせる、
美とモダニズムの混じり合った躍動的な音楽を聴かせます*10


科学の粋を集めた飛行機が大空をぐんぐん進んでいくというモチーフが、
見事に音楽的に表現されています。


とても力強く、確信に満ちた音楽です。


そして、緩徐楽章では、ジャズを思わせる、ハイカラで繊細なメロディを奏でます。


もちろん、派手な両端の楽章が耳をひくのですが、
この協奏曲、もっとも注目すべきは、
実は緩徐楽章(ゆっくりしたテンポのパート)である、第2楽章のほうです。

なんとサックスまで使っている!第2楽章が最高!!


第2楽章の冒頭、いきなりサックスが飛び出してビックリします。
当時、サキソフォン管弦楽に用いた作曲家は、
日本ではごくまれだったのではないでしょうか。


サックスの音色は、この曲が、当時東京・上野の音楽学校で主流だった、
ドイツロマン派至上主義とはまったく無縁であることを告げています。


要するに、欧州の最先端の音楽とだいたい同時代的なものであったわけです。
当時、日本でここまで進んでいたのは、
大澤壽人ただひとりだったと言えるかも知れません。


4分13秒目以降の、日本的な情緒を持った美しいメロディを聴いてください。


オケとピアノが、日本の音階で、ジャズふうのメロディを奏でるのです。


ビルディングが建ち並び、地下鉄や自動車が行き交う近代都市、
1930年代の大阪・神戸が連想されます*11


その街の中で息づく、庶民たちのつつましくもたくましい日常が
浮かぶような音楽です*12


モチーフに即していえば、神風号が、
華麗な夜間飛行を行っているさまが浮かぶようです。


この楽章の中には、日本的であることと、モダンな感性が、
まったく矛盾なく同居しています。


なんと情緒纏綿たる音楽でしょう。
日本人にしか表現することのできない美の骨頂です。



まるで、ラヴェルMaurice Ravelのピアノ協奏曲ト長調(1929〜31)の
第2楽章を思わせる繊細さです。


ジャズ風のところは、
ちょうどガーシュインGeorge Gershwinのピアノ協奏曲ヘ長調(1925)を
思わせます*13


とにもかくにも、たいへん美しい。


第三楽章の最後は、「え、これでおしまい?」っていうくらい、
あっけないですけど。


とにかく、日本人であるならば、絶対に聴いておくべき1曲。
ぜったいにビックリします。


ピアノを弾くサランツェヴァと、オケを指揮するヤブロンスキーは、
この曲の持つダイナミズムを見事に表現しているのではないでしょうか*14


戦前・戦中の日本の先鋭的なピアノ協奏曲というと、
同じく民族的モダニズムの粋ともいえる
伊福部昭の「ピアノと管弦楽のための協奏風交響曲」(1942)
が挙げられるのですが、ポピュラリティや曲としてのまとまりからいうと、
この大澤の「神風協奏曲」のほうに軍配を上げざるを得ません。


それにしても、なぜこのような名曲が、忘れ去られていたのでしょうか。

日本人はいまだに「舶来がいちばん」なのか!?


片山杜秀は、ライナーにこう記しています。


「そもそもこの国は、黒船来航このかた、西洋音楽も海の向こうから来るものと
確信していて、自国人がわざわざ西洋クラシック音楽流の作曲をすることに
対してはどうも冷淡なまま、今日まで至っている。」


伊福部昭は、日本人のこうした性質について、
日本人は、神棚にまつるときに、海から採れたものをいちばん上に置き、
次いで山のものを、里のものは、もっとも下に置くのだと言っています。


こうした考えの底にあるのは、


「舶来がいちばん、自国のものは一段下のもの」


というメンタリティです。


つまり、自分たちの同胞の作ったものに対して、
侮る気持があるということです。


こうした考え方は、日本人一般に根深いもののように思います。


南洋のカーゴ・カルトCargo Cultじゃないけど、
すべてのすばらしいものは、海の向こうから来るのだと、
日本人はいまだに信じているのです。


日本人が作った「クラシック音楽」にも、いいものがあるのです。


イギリスではイギリス人作曲家の曲が、
オランダでは、オランダ人作曲家の曲が、
フランスではフランス人作曲家の曲が、盛んに演奏され、聴かれているのです。
日本人は、なぜそうしないのでしょう。


虚心坦懐に、同胞の作ったオーケストラ曲を聴いてみてください。
舶来の音楽からは得ることのできない、
心のいっそう深いところからの共感と感動を得られるはずですから。


大澤壽人のこのCDはわずか1,000円です。
ちょっと高めのランチを食べるような気持で、
仕事帰りにCDショップで買い求めてはいかがでしょうか。


ただもちろん、こんなCDを聴いていても、女の子には絶対にもてません。


ちなみに、「日本作曲家選輯」の次なるCDは、あの黛敏郎作品集です。
発売は3月。クラシック・現代音楽ファンならずとも、必聴の1枚です。
刮目して待て!
http://www.naxos.co.jp/8.557693J.html

*1:ちなみに、その直前の関学では稲垣足穂が学んでました(1914〜1919年まで)。

*2:あと、コープランドAaron Coplandやフィリップ・グラスPhilip Glassキース・ジャレットKeith Jarrettなんかもブーランジェの弟子ですね。まあ、長年教師をしていた人ですから、弟子が多いのは当たり前ですが。

*3:日本では二・二六事件があり、欧州ではナチスドイツのラインラント進駐とスペイン内戦の勃発、中国では年末に西安事件が起こった年です。ついでに阿部定事件が起こったのも1936年

*4:蘆溝橋事件が起こり、国共合作の中国と帝国日本が全面戦争に突入する年。

*5:当時、読売、毎日、朝日各紙の部数拡大競争は熾烈を極めていました。

*6:ちなみにジョージ6世が王位に就いた(1936年)のは、兄のエドワード8世がアメリカ人女性と結婚するために退位したため。有名な20世紀最大のスキャンダルですね。そして、このジョージ6世が、現エリザベス2世の父親です。

*7:日本の敗戦後、合衆国を中心とする連合国は日本の航空機産業を(二度と自分たちに歯向かうことのないよう)根絶やしにしました。

*8:CDのジャケットに使われている写真がそれです。

*9:別の資料によると日仏。どっちが正しいのかな?

*10:これらの中で、いちばん印象が近いのは、プロコフィエフのピアノ協奏曲3番(1917〜21)かもしれません。

*11:1930年代の宝塚で育った手塚治虫の描く「アドルフに告ぐ」(1983〜85)を読んでみると、具体的なイメージが浮かぶかも知れません。

*12:都市に暮らす消費生活者というものが、日本においては戦後あらわれたものであるという考えはまったくの誤りです。もしも第二次大戦による破壊がなければ、日本の都市と、生活者の意識は、いまとはまったく違った独自の発展を遂げていたに違いありません。

*13:ジャズをモチーフにしたピアノ協奏曲は、20〜30年代にかけてさかんに作られました。たとえばシュルホフErwin SchulhoffやアンタイルGeorge Antheilなど。

*14:もっとも、ほかの演奏と比べようがないので、本当のところはよくわからないのですが。