魂のピアニスト、マル・ウォルドロンの音を聴け!

putchees2005-04-13


今回のLP

クワイエット・テンプルLes Nuits de la Negritude」
マル・ウォルドロンMal Waldron
(1963/ Powertree AP 1003)

ミュージシャン

マル・ウォルドロンMal Waldron (ピアノpiano)
ジョージ・タッカーGeorge Tucker (ベースbass)
アル・ドリアーズAl Dreares (d)
録音:ニューヨークNYC 1963

曲目

【A面/Side:A】
Summerday
Easy Going
All of My Life
Ollie's Caravan
Modal Air
Lullaby Chant
【B面/Side:B】
The Call to Arms
Skipper's Waltz
Love Span
Quiet Temple (All Alone)

スミマセン、今回はアナログ盤です


今回紹介するアルバムは、
残念ながらたぶんCDにはなっていません。


ごくマイナーな作品ですが、
かつての日本ではジャズ喫茶などで愛聴されていました。
国内盤がトリオレコードから出ていたほどです。


入手はそんなにムツカシくないと思うので、本レビューで紹介いたします。

欧州と日本で愛されたピアニスト


アフリカ系アメリカ人のジャズピアニスト、
マル・ウォルドロン(1926〜2002)は、本国アメリカでは不遇でしたが、
欧州と日本で人気を博し、60年代中期以降、晩年に至るまで、
そのふたつの地域を往復しつつ音楽活動を続けてきました。


マルについては、過去の本レビューで、
彼の有名な作品「レフト・アローンLeft Alone」を擁護する文章を
書いていますので、よかったら読んでみてください。
id:putchees:20041219

ヘタだけど、それがどうした!


マル・ウォルドロンのピアノのスタイルは、極めて個性的です。
というか、はっきりいってヘタクソです。


少なくとも、器用なピアニストでなかったことは明白です。


アドリブのときは、似たようなフレーズの繰り返しですし、
指づかいはたどたどしく、テンポも揺れまくりです。
「モールス信号」と揶揄された、執拗な同音反復をよくやります。
すこしも流麗ではありません。


そして、自作曲もたいへん暗く、重く、孤独なサウンドです。


どこを取っても、あまり人気が出そうにありません。

魂のピアニスト


彼が死んだときの追悼文で、山下洋輔
「彼の和音の秘密を知りたくて、共演のとき、鍵盤を押す指先をのぞき込んでいた」
という意味のことを書いていました*1


マルの弾く和音は、たいへん重いのです。


スマートさを旨とするジャズピアニストならぜったいに避けて通るような、
分厚いヴォイシング*2です。


たとえば、アルトサックス奏者、
エリック・ドルフィーEric Dolphyの歴史的名盤
「アット・ザ・ファイブスポット 第1集At the Five Spot vol.1」(1960)
に収められたマルの曲「ファイアー・ワルツFire Waltz」の
イントロを聴いてください。


地の底からわき上がってくるような重厚なピアノの和音に、
誰もがおののきます。


こんな和音は、どんなジャズの教則本にもありません。
だからこそ彼のサウンドはユニーク(唯一無二)であり、
また聴こうという気にさせる魅力を放っているのです。


ヘタクソでもかまいません。
彼の魂の音に、リスナーはしびれるのです。


彼の音楽の放つ独特のムードを言葉で表現するなら、
「憂愁」の一語で十分です。


きょう紹介するのは、彼の長いキャリアの中でも、
その「憂愁」をもっとも強く感じさせるアルバムです。

無駄を削ぎ落としたシンプルな音


このアルバムの来歴についてはよくわかりません。
フランス語の原題からも想像できるとおり、
どうやら黒人文化の振興を目指したレーベルからリリースされたもののようです。
全曲、マルのオリジナルです。


まあ、ごたくを並べるよりも、まずは聴いてください。
A面の1曲目、静かなメロディが流れ出します。
普通のジャズピアノとは違った、訥々としたタッチです。


流麗ではありませんが、ぽつぽつと数少ない音のひとつひとつに
込められた陰翳の深さがわかるでしょうか。


音が少ないからこそ表現できる美なのです。

強烈な和音に胸ふるわせろ!


このアルバムの日本盤のタイトル曲「Quiet Temple」は、
66年のソロパフォーマンス盤「All Alone」で再演される
タイトル曲と同じものです。


おそらく、一般にこのアルバムの名演と呼ばれるのは、
その「Quiet Temple」についてでしょう。
たしかに、さびしくふるえるようなメロディが胸を打ちます。


しかし、ぼくがもっとも胸打たれるのはA面2曲目の
「Easy Going」です。


単純なテーマで、ごく短い演奏です。
わずか3分ほどの小品です。


しかし、こんなにさびしく、孤独なメロディをぼくはほかに知りません。
この曲のテーマ部分に、くさびのように打ち込まれた、
厳しい和音の繰り返しを聴いてみてください。


ゴン、ゴン!と、強いピアノの打鍵に、
なにか弾き手の魂が乗り移ったように聞こえます。


この和音の放つ孤独感はたまらないです*3
まるで「人生しょせんムナシイのだ」とニヒルに宣言されているようです。


しかし、単に厭世的な音ではありません。
「人生ってムナシイけど、それでも生きていくしかないんだよね」
と言われているような気になるのです。


絶望の先にある、ほのかなぬくもりとでも言えばいいでしょうか。
そこがマルおじさんのピアノの深みであり、魅力なのです。


たどたどしいけど、たいへん暖かく、人間くさい。
心にぴんと響く、魂の音なのです。
これを感じられないようでは、人間まだまだです。


ぜひみなさんも、このピアノを聴いて、
酸いも甘いも噛み分けられるようになってください。


ただもちろん、こんな音楽を聴いていても、女の子にはぜったいにもてません。

*1:朝日新聞夕刊紙上

*2:コードを構成する音の重ねかたのこと

*3:この和音こそ、山下洋輔ならずとも知りたい、マルの音楽の秘義なのです。