エリック・ドルフィーの天翔けるアルトサックスを聴け!

putchees2005-06-15


今回のCD

エリック・ドルフィー イン・ヨーロッパ Vol.2」
Eric Dolphy in Europe vol.2」(1961)


(米国Presige7350)ASIN:B000000YMY

曲目

1.ドント・ブレイム・ミーDon't Blame Me
2.今宵の君はThe Way You Look Tonight
3.ミス・アンMiss Ann
4.ローラLaura

ミュージシャン

エリック・ドルフィーEric Dolphy(フルートfl/アルトサックスas)
ベント・アクセンBent Axen(ピアノp)
エリック・モーゼホルムErik Moseholm(ベースb)
ヨルン・エルニフJorn Elniff(ドラムスds)


(1961年 コペンハーゲンでライブ録音)

ジャズとは即興なのです


ジャズがなんつっても楽しいのは即興演奏があるからです。


いうまでもなく、ヘタクソな即興は聴くに堪えないのですが、
よく訓練されたミュージシャンがひらめきのまま繰り出す
目くるめくアドリブは、
まるでセックスのように聴き手を恍惚とさせます。


だからジャズは中毒作用があるのです。
キモチいいからやめられないのです。


あらゆる芸術のうちで、
もっとも度を超した熱狂を作り出すことのできる
ジャンルのひとつと言っていいでしょう。


サックスだろうがピアノだろうがドラムだろうが
ハーモニカだろうか、まったく関係ありません。
どんな楽器でも、「ジャズる心」*1さえあれば、
絶頂に達することができるのです。

即興演奏の化身


さて、エリック・ドルフィーというアルトサックス奏者がいます*2
ちょっと風変わりなフレーズを吹くのですが、
ジャズを知らない人にとっては、
そんなことはどうでもいいかもしれません。


この人の吹くアルトサックスこそ、
即興の化身、ジャズの魔力そのものです。


エリック・ドルフィーは1928年ロスアンジェルス生まれ、
1964年ベルリン没です*3


と、生没年を書くと、ずいぶん昔の人です。
さぞかし古くさいスタイルのジャズなのでは?
と考える人もいるでしょう。


まあ、百聞は一見にしかずです。
いちど聴いてみてください。


その個性的なアドリブのスタイルは、
いまだに誰も真似できない、
「前衛」でありつづけているのです*4

最初に聴きやすいアルバムは?


ジャズの入門書を見ると、
エリック・ドルフィーの名前と一緒に、
たいてい、1961年のライブ盤
「アット・ザ・ファイブスポットEric Dolphy at the Five Spot Vol.1」か、
死の直前の録音「ラスト・デイトLast Date」(1964)が紹介されています。


あるいは、入手しやすいブルーノートBlue Note盤
「アウト・トゥ・ランチOut to Lunch」(1964)
が紹介されているかもしれません。
とくに「アウト・トゥ・ランチ」は、
ジャケットがカッコイイので、
最初にこれを手にしてしまう人もいることでしょう。
しかし、このブルーノート盤は、正直いって、
ドルフィーの最初の1枚としてはおすすめできません。
彼の全作品中、もっとも難解な音楽だからです*5


では「アット・ザ・ファイブスポットVol.1」は
どうかというと、たしかにすばらしい内容ですが、
重たくて、ちょっとシリアスすぎます。


そして「ラスト・デイト」は、
彼の死の直前の音ということもあり、
ちょっと厳粛すぎます。
ドルフィーの音楽をよく知ってからのほうが、
楽しく聴けると思います。


では、エリック・ドルフィーのCDで、
最初に聴くとすれば、どれがいいでしょうか。


ぼくがなによりすすめるのは、
今回紹介する「イン・ヨーロッパ第2集」(1961)です。
アノトリオ*6をしたがえたドルフィーが、
フルートとアルトサックスを駆使して、バリバリ吹きまくります。


このライブでは、先鋭的なサウンドは鳴りを潜め、
ごくごくフツーのジャズらしいサウンドを聴くことができます。
ドルフィーは、完全にひとりのサックス奏者として、
即興演奏を心から楽しんでいるようです。


はっきり言ってしまうと、
共演者があまりに凡庸なミュージシャンなので、
彼はフツーのジャズミュージシャンとして
即興演奏の楽しみを追求するしかなかったのです。


だからといって、
決して退屈な演奏というわけではありません。


ジャズのスタンダードを演奏しているから、
ドルフィーのスタイルを知らない人にも聴きやすいですし、
周囲が凡庸なミュージシャンであるからこそ、
ドルフィーの傑出した才能がはっきりするのです。

北欧でのライブ録音


デンマークコペンハーゲン
留学生会館(?)でのライブです。
ときおり笑い声が交じって、
たいへんリラックスした雰囲気が伝わってきます。


1曲目では、ドルフィーのフルートを聴くことができます。
この軽やかさ、歌ごころの豊かさはどうでしょう。
まるで鳥の歌のように、自由に生を謳歌します。


しかし、フルートを聴くなら、
同じコペンハーゲンでのライブ盤、
「イン・ヨーロッパ第1集In Europe Vol.1」が白眉です。


このアルバムで聴くべきは、なんといっても2曲目、
そして4曲目です。

ほとばしるサックス!時速300キロ!!


その2曲目「今宵の君は」では、
ドルフィーは本来の自分の楽器である、
アルトサックスに持ち替えます。


くつろいだ雰囲気の中で、
ドルフィーのサックスは快調そのもの。


この曲では、しょっぱなからドラムが飛ばしまくります。
テンポが速すぎて、ちょっとやりすぎです。


ドルフィーは明朗なテーマを楽しそうに奏で、
最後のフレーズを跳ねるように歌い上げたあと、
一気に怒濤のアドリブに突入します。


このスピード感はものスゴイ。
スゴイのひとことです。


時速300キロ以上の猛烈な速度で、
即興演奏を繰り広げます。


絶頂期のチャーリー・パーカーCharlie Parker
オーネット・コールマンOrnette Coleman*7
キャノンボール・アダレイCannonball Adderleyをもしのぐ、
フレーズの奔流です。


ドラムスはほとんど狂ったように、
ドルフィーをプッシュしまくります。
あまりの速度に、リズム隊はもうメロメロです。


ピアニストは、速さについてこられなくて、
途中で伴奏を休んだりします。


ベースはどうにか追いつこうとするのですが、もう必死です。
ときどき4ビートの伴奏があやしくなります。


ドルフィーは全速力で歌い上げたあと、
ピアノへソロを渡します。


そしてピアノソロから
ドルフィーのアルトが戻ってくる5分26秒目、
この瞬間こそ、ジャズの歴史に残るエクスタシーの瞬間です。


その刹那、ぼくたちの耳には、
なにが起こったのかわからないくらいです。
猛烈な勢いで、ドルフィーのアルトサックスが爆発します。
ミュージシャンのパッションと創造性が、
人間の限界を超えた瞬間です*8


その音を聴いたドラムスは、興奮しすぎたせいか、
8小節でのソロ交換を、間違って途中から4小節にしてしまいます。
ドルフィーは当惑しつつも、演奏を止めるわけにはいかないので、
どうにか最後までつきあいます*9


陽気なテーマを、最後にもういちど奏でて、
気持ちよく演奏を締めくくります。


実にスカッと爽快!
これこそ、ジャズを聴く醍醐味です。

ドルフィーのサックスは天を目指す!


3曲目は、ドルフィーのオリジナル曲である「ミス・アン(レスLES)」。
ここでの演奏は、彼としてはごく標準的なもの。


そして4曲目「ローラ」です。
ドルフィーはアルトサックスを吹きます。
このアルバムの真のクライマックスは、このスローチューンでしょう。
冒頭の無伴奏ソロから、ドルフィーのアルトサックスは
天を目指して羽ばたきを始めます。


ドルフィーは、この曲のテーマから、
天才のひらめきで、無限のメロディをつむぎだします。
どうやったらこんな演奏ができるのでしょうか。
彼のアルトサックスは、地上を離れ、軽やかに飛翔します。


圧巻なのは、最後の無伴奏によるソロ(カデンツァ)です。
ぼくたちは、アルトサックスという楽器の可能性をすべて
耳にすることになるでしょう。


このような即興演奏を形容する言葉はありません。


この晩、ドルフィーはジャズそのものになって、
天高く飛翔します。


羽の生えたドルフィーの音が、ぼくたちを連れて、
星空を駆け巡るのです。


「今宵の君は」と「ローラ」の演奏を聴いている間、
あなたは、ジャズという音楽が、
これよりほかの形をとるという可能性が
考えられなくなるでしょう。


もしもこういう表現が許されるなら、
ジャズと世界がひとつになる瞬間が、
このCDの中に収められています。


この演奏こそがジャズであり、これこそが音楽なのだ。


そう感じさせてくれる演奏なのです*10


もちろん、ドルフィーには、
ほかにもすばらしい演奏はあるのですが、
親しみやすく、彼の音楽の真髄にまで
触れられるアルバムということになると、
これをおいてありません。

自由に歌うこと


エリック・ドルフィーという、
40年前に36歳で死んだジャズミュージシャンのことを、
現在知る人は、ごくわずかです。


しかし、彼の音楽に触れたとき、
だれでも、音楽というものの、もっとも
基本的な楽しみを思い出すのではないでしょうか。


それは自由に歌うことです。


きまりごとに縛られず、
鳥のように自由に歌うことを、
もし忘れていたのなら思い出してみてください。


ドルフィーのアルトサックスやフルートは、
それを教えてくれるはずです。


ぜひいちど、彼の即興演奏を聴いてみてください。


ただもちろん、こんな音楽を聴いていても、
女の子にはぜったいにもてません。

*1:フランス・ギャルFrance Gallの歌にそんなタイトルがありましたね。 原題は「Le Coeur Qui Jazze」っていうそうですが。

*2:ほかにはフルート、ベースクラリネットバスクラリネット)、クラリネットを演奏しました。

*3:エリック・ドルフィーに関する、日本語によるたいへん詳細なページがあります。ぜひいちどごらんになってください。http://home.m04.itscom.net/dolphy/eric/index.html

*4:わけがわからないことのいいわけとしての「前衛」じゃなくて、本来の語義通りの「前衛」です。ぼくたちの音楽に対する感性を拡張してくれたミュージシャンなのです。

*5:彼自身の音楽としては、もっとも完成されたものですが。

*6:ピアノ、ベース、ドラムスのこと。リズムセクションともいいます。

*7:オーネット・コールマンについては、過去のレビューを読んでみてください→id:putchees:20041206 id:putchees:20041207 id:putchees:20041210

*8:これに匹敵するのは、オーネット・コールマンの「ゴールデンサークル第1集At The Golden Circle Vol.1」に収められた「Faces and Places」で、ドラムソロからオーネットのアルトが戻ってくる瞬間くらいではないでしょうか。いずれもちびりそうになる瞬間です。

*9:アルトサックス奏者の阿部薫は、この部分を聴くと、ドラムがヘタクソで、ドルフィーがかわいそうだと言って泣いていたそうです。

*10:音楽に限らず、真にすぐれた芸術というのは、そういうものではないでしょうか?目の前にある作品こそが世界だと、感じさせてくれるもののことです。