豪華絢爛!メシアンのトゥランガリラ交響曲を聴く!(前編)

putchees2005-06-28


たまにはオーケストラでも聴こうよ


オーケストラを聴きに行くといつも感じることですが、
観客の年齢層が、非常に高いことに驚かされます。


平均して50歳近いのではないでしょうか。
中高年層から、お年寄りが圧倒的です。


たまに若い人もいるのですが、
マニアや音楽学生とおぼしき人を除けば、
その数はごくわずかです。


いわゆる「クラシックの名曲」のコンサートでしたら、
たしかに、お年を召した方が聴くのに
ふさわしいかもしれません。


しかし、先鋭的な現代曲のプログラムでも、
やっぱり中高年以上のお客さんがほとんどというのは、
どうしたわけでしょう。


ガンガンキリキリとやかましい前衛音楽を、
上品なマダムたちが聴いているのは、
どう考えても奇妙な光景です。


そういう現代の作品は、ノイズ音楽などに慣れた
若い人が聴くほうが楽しいのではないでしょうか。


それに前衛に限らず、20世紀以降の曲には
わりと面白い作品があるので、
そういうのは、若い人が聴いた方がいいのになぁと、
ぼくはいつも感じています。


オーケストラなんて、年取ってから行けばいいや、
なんて言わないで、若いうちから
出かけてみてはいかがでしょうか。


そりゃもちろん、ガンガンの大音量で、踊れる
ロックやポップス、テクノのほうが面白いかもしれません。


ただ、音楽それ自体に関心がある人なら、
たまにはオーケストラも悪くないと思います。


きょう紹介するのは、それこそロックやジャズ、
テクノ好きの人が夢中になれそうな曲ですよ。


なにしろ、世にも珍しい電子楽器と
巨大オーケストラの共演ですし、
複雑な変拍子と、わかりやすい
明快なメロディにあふれているのです。


ポップスに飽き足りない人は、
ぜひトライしてみてください。


え?
クラシックなんてCDでじゅうぶん、ですって?


とんでもない。


きょうご紹介するのは、
やっぱりオーケストラは実演でないと面白くない
ということを実証してくれる作品ですよ。


もし興味を持ったら、
このレビューを最後まで読んでみてください。
あなたの趣味のひきだしに、
ひとつ宝物が増えるかもしれません。



今回はコンサート報告です


東京都交響楽団定期演奏会
Aシリーズ 第611回


●6月27日(月)19:05〜21:15
●東京上野・東京文化会館

ミュージシャン


管弦楽東京都交響楽団
●指揮:井上道義
オンド・マルトノ:原田節(ハラダタカシ)
●ピアノ:野平一郎

曲目

● 原田節:「薄暮、光たゆたふ時」
 −オンド・マルトノとオーケストラのための
メシアントゥーランガリラ交響曲


●【プレトーク
井上道義+原田節が語るメシアンの音楽とオンド・マルトノの魅力」

リストラにあえぐオーケストラ


CDレビューと銘打ちながら、ライブ報告が続きます。
ご容赦ください。


今回は東京都交響楽団都響)の定期演奏会に行って来ました。
N響と並んで、日本を代表するオーケストラのひとつですが、
最近は東京都からの助成金の削減がひどくて、
運営がたいへんだそうです。


要するに、リストラです。


みなさん、たまにはオーケストラでも聴いて、
都響を助けてあげましょう。
個人的には、N響よりずっといいプログラムを
組んでいるオーケストラだと思っています。


もうすぐ都議会議員選挙ですので、
音楽好きの都民は、都響の運営への影響を考慮して
投票するのもよろしいかと思います。

もてないコンサート


今回は都響のホームグラウンドである
東京文化会館でのコンサートでした。


このホールは、1961年(昭和36年)に完成した建物で、
いまとなっては、いささか古めかしい印象です。


上野公園の中にあるため、
周囲におしゃれなレストランがあるわけでもなく、
夜のコンサートが終わって表に出ると、公園を散歩するか、
さもなければ、まっすぐ駅に向かうしかありません。


いまふうのデートにはあまり向かない
コンサートホールといえましょう*1


しかも今回は、いかにも女の子が聴きたがらない種類の音楽です。
まったくもって、もてないコンサートだったといえるでしょう。


ちなみに今回の曲は、大編成のオーケストラが
必要です。レギュラーの団員だけでは足りませんから、
エキストラを呼ばなければなりません。
つまりオーケストラにとっては、余計にお金がかかります。


もうかっていないのに、
こんなもうかりそうにないプログラムを組む、
都響の心意気にエールを送りましょう。

世界最古の電子楽器なのだ!


本題に入りましょう。


今回のプログラムは、2曲のうちいずれも
世界最古の電子楽器、
オンド・マルトノ(オンド・マルトゥノ)
ondes martenotが大活躍する曲でした。


オンド・マルトノって?


フランスのチェリスト(チェロ奏者)
モーリス・マルトノMaurice Martenot*2によって
1928年に発明された楽器です。


小さめの電子オルガンみたいな演奏台があって、
その周囲に、いろんな形のスピーカーが並べられています。


有名なテルミンthereminより、登場は後ですが*3
楽器として世間に認められたものとしては、
オンド・マルトノこそが、世界最初の電子楽器といえます。


メシアンOlivier MessiaenやジョリヴェAndre Jolivet、
マルティヌーBohuslav MartinuやオネゲルArthur Honegger
といった作曲家*4が、
オンド・マルトノのために曲を書いています。


オンド・マルトノがどんな音色かというと、
実際に聴いてもらうしかないのですが、とりあえず
以下のヤマハのページでちょっとだけ聴くことができます。
http://www2.yamaha.co.jp/himekuri/view.html?ymd=19981014


弦楽器のようであり、管楽器のようでもあり、
なまめかしく、神秘的で、ときに機械的でもあり、
とにかく変幻自在、なんでもありのマカフシギなサウンドです。


テルミンやムーグMoog Synthesizer、メロトロンMellotronなど、
初期の電子楽器に興味のある方なら、ハマること間違いなしです。


ちなみに、オンド・マルトノという楽器については、
以下のページが参考になると思います。


【概説:オンド・マルトノ奏者、原田節のサイト】
http://mirabeau.cool.ne.jp/onde/

【奏法や楽器の構造について】
http://www.geocities.jp/ondes55/ondesmartenot.html


(あと、Wikipedia日本語版の記事も参考になります)


なお、オンド・マルトノについては、
後日、ジョリヴェのオンド・マルトノ協奏曲を
ご紹介しますので、その折にまた詳しく書くことにします。

日本人のオンド・マルトノ奏者がいる!


とにかく珍しい楽器ですから、
奏者も世界中でごくわずかしかいないのですが、
幸いなことに、日本には、
パリ、コンセルヴァトワール*5オンド・マルトノ科を
首席で卒業したオンディスト(オンド・マルトノ奏者)、
原田節(ハラダタカシ)という人がいるため、
実演を聴く機会は、ほかの国より多いはずです。


そして、原田節がいるので、日本人の作曲家が、
さかんにオンド・マルトノのための曲を作っています。


たとえば、ぼくは以前、
西村朗*6オンド・マルトノ協奏曲
「アストラル協奏曲・光の鏡」
という怪しいタイトルの作品を、
原田節のソロで聴いています*7
曲自体は退屈な印象でしたが、
オンド・マルトノの多彩な音色にびっくりしました。


さらに、原田節は、自分でオンド・マルトノのための
曲まで作っています。


そのひとつが、今回演奏された
オンド・マルトノ協奏曲「薄暮、光たゆたふ時」です。

オンドが生き残ってきたわけ


ところでマイナーな楽器がメジャーになるためには、
決定的な名曲というのが必要です。


たとえば、ピアソラAstor Piazzollaは、バンドネオンのために、
バンドネオン協奏曲Concierto para bandoneon y orquesta」
を書きました。
この曲さえあれば、バンドネオンは、
クラシックの世界で決して忘れられることはないでしょう。


オンド・マルトノの場合は、
オリヴィエ・メシアン
「トゥランガリ交響曲Turangalila Synmphonie」が
それにあたります。


オンド・マルトノという楽器が忘れられずに
これまで残ってきたのは、
ひとえに、この曲を演奏するためと言っても
過言ではないほどです。


オンド・マルトノとピアノが前面に立ち、
100人を超える大オーケストラと
80分間にわたって狂乱のうたげを繰り広げる、
豪華絢爛な音響の一大絵巻なのです。


どんな曲なのか、興味が湧いてきませんか?

ヘンな指揮者とヘンな楽器


きょうの出演は
オンド・マルトノが、もちろん原田節、
そして指揮は、井上道義でした。


マーラーGustav Mahler
ショスタコーヴィチDmitriy Shostakovichの交響曲
得意とする、日本随一の爆演指揮者です。


彼は体がデカイ。まさに魁偉という感じで、
指揮台上での存在感は圧倒的です。


ショスタコーヴィチ交響曲を振るときの彼は、
まるで鬼神が憑依したかのようです。


クラシック演奏家のことはさっぱりわからないぼくですが、
井上ミッチーの大迫力の指揮は、
いっぺんで好きになりました。


見かけで音楽家を判断するのはどうかという声もありますが、
ハッタリが大事な指揮者という仕事は、
見た目も重要なのではないでしょうか。
彼は美男ではないのですが、ある種のフェロモンというか、
カリスマ性のようなものを放出しています。


「トゥランガリラ」のような激しい曲を振らせるなら、
日本ではなんといってもこの人です。


そして、指揮台を降りても、彼の存在感は圧倒的です。
きょうは、ステージの上でスーパーマンのシャツを着てました*8


ヘンな楽器に、ヘンな指揮者*9
そしてとびきりヘンな曲。
これはもう、ベストな組み合わせといえるでしょう。

演奏の前にトークショー


きょうの会場は、6分の入りという感じでした。
平日、しかも月曜日の午後7時という時間を考えると、
やむを得ないでしょうか。


しかも、デートには到底使えそうにないプログラムですし。


仕事帰りのサラリーマンよりは、
リタイアした老夫婦という感じのお客さんが多かったようです*10
(そういう人たちが、「トゥランガリラ」を聴いて楽しいのか、
ぼくには大いにギモンです。)


演奏の前に、原田節と井上道義によるプレトークがありました。
井上道義のしゃべりも、たいへん個性的です。
鷹揚で、迫力があります。
神経質そうな原田節のしゃべりとはまるきり対照的です。


その中で興味深かったのが、きょうは、
トゥーランガリラ交響曲」のために、
オーケストラの配置を変えているということでした。


井上ミッチーが考案したアイディアだそうです。


まずオーケストラの左手最前列、つまり
第1ヴァイオリンの位置に、パーカッション(打楽器)が
ずらりと配置されていました。
パーカッションの後ろにはヴァイオリンが。


そして、ステージの最後列にコントラバスが、
ずらりと10本並んでいます。まさに壮観。
都響にはそんなに多くのコントラバス奏者はいませんから、
何人かはエキストラでしょう。


右手には木管楽器群、右手奥(普通はコントラバスの場所)に
金管楽器が並んでいます。


そして、指揮台の右にオンド・マルトノ
左にピアノです*11


井上道義が語ったところでは、
「トゥランガリラをやるには、この配置がいちばん」
とのことでした。


たしかに、各種パーカッションが大活躍しますから、
最前列に置いてあるほうが、
音響も指揮者とのコミュニケーションも、
いいのかもしれません。


楽器の配置まで変えて、
「トゥランガリラ」対策はバッチリというわけです。


いやが上にも、期待が高まります。


都響がこの曲を演奏するのは10年ぶりということです。
さあ、今回の演奏はどうだったでしょうか?


(以下、後編へつづく→id:putchees:20050703)

*1:サントリーホールは、その点では、まさにデート向きのホールといえるでしょう。

*2:(1898〜1980)

*3:テルミンの登場は1920年

*4:フランス人が発明した楽器なので、フランスの人が多い。

*5:パリ国立高等音楽院Conservatoire National Superieur de Musique de Paris

*6:にしむら・あきら。東京藝術大学卒業の作曲家。現在、東京音楽大学教授。

*7:1999年のサントリーサマーフェスティバルにて。新日本フィルハーモニー交響楽団、指揮は外山雄三でした。

*8:もちろん、ジャケットの下にですが。

*9:これはもちろん、ほめているのです。

*10:たぶん定期会員の方々でしょう。

*11:プレトークのときは、ピアノは置いてありませんでしたが。