これぞ大人の味!エルガーの渋いヴァイオリン協奏曲を聴け!

putchees2006-05-17


英国でもっとも有名な作曲家!?


イギリス最大の作曲家とは誰でしょうか?


そりゃもちろん、
レノン=マッカートニー
Lennon and McCartneyに決まってます。


が、クラシックの世界では、
エドワード・エルガーEdward Elgar(1857-1934)
ということに決まっています。


実は英国というのは
クラシック音楽不毛の地で、
クラシックの黄金期といえる18、19世紀には、
めぼしい作曲家がほとんど生まれていません。


知らない人にとっては、
「ウソ!?」
と言いたくなるような話です。


20世紀近くになって、ようやくこの
エルガー卿が登場します。


エドワード・エルガー


エルガーというと、
威風堂々Pomp and Circumstance Marches」で
日本人にもよく知られています。


あのメロディこそは、
「紳士の国イギリス」というフレーズを
日本人にもっとも強く意識させるものではないでしょうか。


実にシンプルでいさぎよい音楽です。


おっさん向けのCM(金融とか)のBGMに
多用されるのもうなずけます。


今回は、そんなエルガー
ヴァイオリン協奏曲を取り上げます。


この「もてないレビュー」で、
そんな有名な作曲家の作品なんて取り上げて大丈夫なのか?


まあ、大丈夫でしょう。
なにしろ、マイナーな曲なので。
それに、たいへん無骨で男臭い音楽です。


少なくとも、女性にもてる音楽でないことは
間違いありません。

今回はCD紹介です


【今回のCD】
エルガー:ヴァイオリン協奏曲ロ短調Op.61
序曲「コケイン(首都ロンドンにて)」Op.40
(香港・ナクソスNaxos8.550489)


【曲目】
●ヴァイオリン協奏曲ロ短調(1910)
Concerto for violin and orchestra in B minor, Op.61
●序曲「コケイン(首都ロンドンにて)」(1901)
Cockaigne Overture (In London Town) Op.40


【ミュージシャン】
カン・ドンスク(ヴァイオリン)Kang Dong-Suk
エイドリアン・リーパー(指揮)Adrian Leaper
ポーランド国立放送カトヴィツェ交響楽団管弦楽
Polish National Radio Symphony Orchestra

チェロ協奏曲に比べると…


さて、エルガーはヴァイオリンとチェロのために
協奏曲を書きましたが、圧倒的に有名なのは
チェロのほうです。


とくにジャクリーヌ・ドュ・プレJacqueline du Preの残した
1965年の録音が有名です。


悲運の美人チェリストが残した歴史的名演というと、
それだけで誰でも参ってしまいます。


かくて有名になったこの曲は、
いまも世界各地で、毎日のように演奏されています。


いっぽう、ヴァイオリン協奏曲のほうは、かつて
メニューインMenuhinやハイフェッツHeifetz
といった大物が吹き込んでいるにもかかわらず、
知名度いまひとつです。


ふたつの曲の雰囲気は同じようなものなのに、
ヴァイオリン協奏曲のほうは
いかにも地味だと思われているようです。


もてるチェロ協奏曲、
もてないヴァイオリン協奏曲という図式が完成しています。

音楽には「息の長さ」が大切だ


凛としたメロディがぐいぐいと進んでいく
チェロ協奏曲の力には、たしかにぼくも圧倒されます。


しかし、ぼくはヴァイオリン協奏曲のほうが
魅力的ではないかとひそかに思っています。


この曲は3楽章で演奏時間が45分という大作です。


チェロ協奏曲の演奏時間は約30分で、
それぞれの楽章は8分ほどです。
個人的には、いい気分になってきたと思ったころに
音楽が途切れてしまうので、ちょっと食い足りない気がします。


いっぽうヴァイオリン協奏曲は、
ひとつの楽章が15分ほども続きますから、
心地よいメロディにぞんぶんに身を任せることができます。


ヴァイオリン協奏曲は、音楽の息が長いのです。


音楽の長さというのは、
実は大切な要素ではないでしょうか。
だらだらと意味もなく長いのは最悪ですが、
中身のある長さなら、音楽に
それだけのエネルギーが込められていると感じます。

演奏の機会に恵まれない


もちろん、長いことがあだになることもあります。
この曲は世界の数あるヴァイオリン協奏曲の中でも
最大級の規模なので、なかなか演奏の機会に恵まれません。


気力と体力の充実した、
技術の確かなヴァイオリニストにしか弾けないでしょう。


オーケストラだって、一回のコンサートの半分以上を
この曲に取られるのは不自由でしょう。


聴くほうも、45分間集中するのはたいへんです。


そういった要素が重なって、
演奏されない→聴かれない→録音も少ない→人気がない
ということになるのでしょう。


しかし、この曲にはまちがいなく、
聴き手を45分間とらえて放さないだけの
魅力があります。


ものは試し。
無骨な英国音楽は嫌いだなんて言わないで、
聴いてみてください。

45分間の嘆き節!


この曲、いきなり嘆き節から始まります。


ああ苦しいな悲しいなと、オーケストラがひとしきり嘆いた後、
ヴァイオリンが満を持して登場。


ああもう、つらいな切ないな、なんてこの世ははかないんだろう、
と、輪を掛けた嘆き節を奏でます。


このメランコリックなメロディはどうでしょう。


クラシックの名曲の中でも、
これほど憂色濃厚なメロディは珍しいのではないでしょうか。


ヴァイオリンとオーケストラが、
悲しみに身もだえしています。


思わず聴き手も、身をくねらせてしまいます。


そのまま45分間、憂愁に沈み続けるのです。


ヴァイオリンのカデンツァでは、
悲嘆がしばしば頂点に達します。


たいへんロマンチックな曲ですが、
決してなよなよとしてはいません。
男性的で、無骨で、不器用で、ある種の節度があります。


もてない男のエレジーとでもいえばいいでしょうか。
こりゃあ、女の人は聴いてる途中で逃げ出しそうです。

英国文学と英国音楽


この曲に漂う憂鬱さは、
日本人の感じる「昭和枯れすすき」的な
貧乏くさいものではありません。


そこはやはり富める国イギリス。
この曲にあるのは、
物質的に恵まれても満たされぬ心に苦しむ、
ブルジョワインテリの憂鬱なのです。


いわばゴージャスな憂鬱


この暗さは、イギリスならではという気がします。
イタリアやフランス、スペインからは、こんな曲は
生まれてきそうにありません。


この音楽を聴くたびに、
ぼくはなぜか、19世紀英国ロマン派の作家
トマス・ド・クインシーThomas de Quinceyの
英吉利阿片服用者の告白Confessions of an English Opium Eater」の
一場面が脳裡に浮かびます。


雪のロンドンを、孤独な主人公が
失踪した少女を探してさまよう有名な場面です。


そんな連想が生まれるのは、ふたつが
同じ英国のものだからでしょうか。
孤独と憂愁のにおいに、
共通するものを感じるのです。


個人的な感じ方なのかもしれませんが、
エルガーヴォーン・ウィリアムズVaughan Williams、
ウォルトンWaltonなどの曲を聴くたびに、
ぼくは同時代の英国の作家、
たとえばチェスタトンChestertonやキプリングKipling、
ウェルズWellsやスティーヴンソンStevonsonなどを思い出します。


英国音楽と英国文学は、
どこか似通っているのではないでしょうか。


当の英国人たちは、
そんなことないって言うのかもしれませんけど。


ただ、きっと英国人たちは、日本の
村上春樹川端康成の小説と、
武満徹の音楽に共通点を見いだしているはずです。

典型的な英国紳士


さて、エルガーは、42歳のときに
エニグマ変奏曲Enigma Variations」(1899)で
初めて名声を得ました。
典型的な大器晩成型の作曲家だったのです。


彼は、20世紀はじめのロンドン社交界
重鎮的な存在でした。


チェスタトンの自叙伝には、
エルガー卿の発言が周囲からつねに
重々しく受け止められていたと記されています。


それは周囲の英国人たちが、
エルガーのことを、典型的な英国紳士
見なしていたからにほかなりません。


国王*1とも親しかったエルガー卿は、
いわば大英帝国と同一視されるような存在だったわけです。


この作品は、第一次世界大戦が始まる少し前に
作曲されています。
英国が最後の栄華を誇っていたころです。


この曲の持つ雰囲気は、
19世紀的な古くささではなく、
かといって20世紀的な奇をてらったものでもありません。


英国の、進取の精神と保守性という二面性がバランスよく
あらわれた作品という気がします。


たいへん健全な作風ですから、
現代人にも違和感なく受け入れられる音楽でしょう。


傷つく前の大英帝国が生んだ、
最良のオーケストラ作品といっても
いいのではないでしょうか。

ナクソスの名盤で聴こう!


ぼくはまさか、エルガーの曲を聴いて
感動することがあるなんて思ってもみませんでした。


その昔、「威風堂々」の実演を聴いたときは、
おもわず笑ってしまったほどです。


ようするに、どこか馬鹿にしていたわけです*2


有名だけど、大げさで古くさい音楽
作る人だと思いこんでいたわけです。


ところが、このCDを聴いて、
まったく考えを改めました。


これほど魅力的な音楽を作る人だったなんて。


このCDは1000円で手に入る廉価盤ですが、
うるさいクラシックのマニアからも認められているそうです。


韓国人ヴァイオリニストのカン・ドンスクは、
実にみごとなソロを奏でています。


音のバランスも良好。
人気が高いナクソスの英国音楽シリーズの中でも、
ぼくがもっとも繰り返し聴くCDのひとつです。


ぜひ、みなさんもいちどお試しください。
チェロ協奏曲に勝るとも劣らない魅力に気づくことでしょう。


まあしかし、こんなシリアスで男臭い音楽を聴いていたら、
女の子にはもてないと思いますけど。


(この稿完結)

*1:エドワード七世Edward VII 1841-1910 在位1901-1910。

*2:そのころ、ぼくは現代音楽にかぶれていました。