カミソリの切れ味・ヒンデミットのクールなオーケストラ曲を聴け!

putchees2006-05-31


もてない巨匠


今回も、もてないクラシック音楽をご紹介します。
20世紀前半の巨匠のひとりでありながら、
おそらくもっとも人気がなく、
女性から無視される作曲家のひとりです。


その名も、パウルヒンデミット
Paul Hindemith(1895-1963)


クラシック好きな方なら、
ああ、と納得されるでしょう。


ヒンデミットはドイツ生まれの作曲家です。
いちおう巨匠だというのに、
やれ難解だの、味気ないだの、渋すぎるだのと
さんざんな言われようです。


しかし、ほんとうにつまらないかどうか、
ぼくのオススメの1曲を聴いて確かめてみてください。


女の子にウケないのは間違いありませんが、
カッコイイ音楽だとわかっていただけるはずです。


クラシック嫌いの方にこそおすすめしたい逸品です。
よかったら下までお読みください。

今回はCD紹介です


【今回のCD】
ヒンデミット管弦楽作品集」Hindemith: Orchestral Works
(DECCA TRIO 475 264-2)
ASIN:B0000C6IW2


【曲目】
CD1
交響曲「画家マティス」Symphony Mathis der Maler(1934)
●葬送音楽Trauermusik for viola and orchestra(1936)
ウェーバーの主題による交響的変容Symphonic Metamorphosis
after Themes by Carl Maria von Weber(1943)
CD2
弦楽と金管のための演奏会用音楽
Konzertmusik for strings and brass(1931)
●白鳥の肉を焼く男Der Schwanendreher Concerto
after old folk songs for viola and small orchestra(1935)
組曲「いとも気高き幻想」Nobilissima Visione - suite(1938)
CD3
シンフォニア・セレーナSymphonia Serena(1946)
交響曲「世界の調和」Symphony Die Harmonie der Welt(1951)


【ミュージシャン】
サンフランシスコ交響楽団San Francisco Symphony Orchestra
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団Gewandhausorchester
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテットHerbert Blomstedt
ヴィオラ独奏:ジェラルディン・ウォルサーGeraldine Walther (viola)
(録音:1987-97)

マイナーな20世紀の巨匠


ヒンデミットは、主に両大戦間のドイツで
活躍した作曲家です。


バッハBach以来のクラシカルな作曲法をふまえつつ、
表現主義や未来主義などの、20世紀的で
角張ったモダンな響きを追求した人です。


一般にはまったくマイナーな作曲家だと思います。
このレビューで取り上げるのにぴったりです。


(パウルヒンデミット


今回ご紹介するCDには、ヒンデミットの代表的な
オーケストラ作品が3枚組でまとめられています。


彼の作品の中でおそらくもっとも有名な
交響曲「画家マチス」をはじめ、
ヴィオラ協奏曲など、名曲が目白押しです。


ブロムシュテットの指揮はきびきびとして、
冷静なヒンデミットの音楽にぴったりです。


そのなかで、ぼくがイチオシなのが、
「弦楽と金管のための演奏会用音楽」です。


実に男らしい、竹を割ったような音楽なのです。

音楽に語らせろ


それにしても、「弦楽と金管のための演奏会用音楽」とは、
なんておかしなタイトルでしょう。
これじゃ、何も言っていないのと同じです。


ディズニーの「白雪姫Snow White」に、
「子供と女のための映画館用アニメーション」
という題名をつけるようなものです。


人間は、それらしいタイトルがついていたほうが
安心して鑑賞できるというものです。


現代美術の展覧会に行って、
ラクタみたいなオブジェに
「孤独」というタイトルがついていれば、
「ああこれは、人間の孤独を表したものなんだな」
と、わけがわからないながらに納得してしまいます。


音楽も同じです。


交響曲第五番」なんていうタイトルより、
「運命」というタイトルのほうが、
はるかに感情移入しやすいものです*1


しかし、もっともらしいタイトルが付いている場合に
ありがちですが、聴き手は音楽そのものを聴かず、
単にタイトルの意味内容を
音と結びつけようとしているだけだったりします。


マイルス・デイヴィスMiles Davisは、
「音楽はそれ自体に語らせろ」
といいました。


タイトルも解説も不要だというわけです*2


われらがヒンデミットも、
音そのものに語らせようとした人です。


聴いてみましょう。

血も涙もないクールな音楽


冒頭から、とがった響きがガツンときます。


これがクラシック??


金管がガンガン吼えて、
弦がグイグイうなります。


角張ったメロディがずんずん進みます。
モーレツに昂揚します


か、カッコイイ!!


このモダンさはどうでしょう。
実にクールで、ドライで、都会的です。


ウェットな情緒はいささかもありません。


知的なハーモニーと躍動するリズムが、
ドイツ的な厳格さで組み立てられています。


ほとんど機械的といってもいいほどです。


まるで、ドイツの戦車軍団が
ロシアの大平原を驀進していくような響きです。


しかし、その比喩はヒンデミットに失礼かもしれません。
なにしろ、彼はナチスに嫌われて、合衆国に亡命した人ですから。


別の連想をしましょう。


100万台のメルセデスベンツが、
ワイマール時代の
古き良きベルリンを走り抜けるさまでも
思い浮かべてみてください。

クラシックらしくない音楽


いずれにせよ、この硬質な響きは、
甘ったるい19世紀音楽的な情緒と無縁です。


クラシックっぽさを期待した人は、
完全に裏切られるでしょう。


ヒンデミットは、甘ったるいメロディで
都市ブルジョアにこびるような音楽を嫌ったのでしょう。


ラジオと新聞と民主主義に親しむ
20世紀の大衆には、それにふさわしい
音楽があると思ったわけです。


その典型が、この
「弦楽と金管のための演奏会用音楽」だといえます。


同時代の音楽だと、
オネゲルHoneggerの「パシフィック231 Pacific231」(1924)や、
ヴォーン・ウィリアムズVaughan Williamsの
交響曲4番Symphony No.4(1935)などに通じる、
モダンでドライな響きです。


こりゃ、女の子にはもてないよ。

アメリカ向けのドライな音楽


この曲は、ボストン交響楽団Boston Symphony Orchestraの
ために書かれ、1931年にクーセヴィツキーSerge Koussevitzky
の手で初演されました。


なるほど、アメリカのオーケストラには、
この乾いた響きがいかにもぴったりです*3


一方、ヒンデミットのオーケストラ曲で
もっとも有名なのは、このCDにも収められている
交響曲 画家マティスでしょう。


「画家マティス」は、
ヒンデミットがドイツを離れる直前の作品です。
そのためかどうか、ヨーロッパの香りが濃厚に漂います。


モダンな中に、クラシカルで
ちょっぴりロマンチックな香りを漂わせた響きは、
たいへん美しいものです。


ドライそのものの
「弦楽と金管のための演奏会用音楽」とはずいぶん違います。


なるほど、ふつうのクラシック音楽ファンは、
ヨーロッパの香りが濃厚な
「画家マティス」のほうを好むに違いありません。


しかし、ロックやポップスや映画音楽に親しんだ耳には、
ひょっとするとカラカラに乾いた
「弦楽と金管のための演奏会用音楽」のほうが、
面白いかもしれません。


特に、クラシックの曲は、どうもベタベタしていて
いやだという人には、ぜひ聴いてほしいと思います*4

音楽は音そのものを楽しむ


ヒンデミット
「弦楽と金管のための演奏会用音楽」は
そっけないタイトル、そして角張った響きと、
もてない要素がそろっています。


これは、音そのものの美を追究した音楽だからでしょう。


人間はロマンチックな空想を好むものですから、
「音楽とは音響にすぎない」だとか言われると、
興ざめしてしまうようです。


しかし、実際音響に過ぎないのですから
しかたありません。


ロマンチストの期待とは裏腹に、
楽器の音は、愛だの花だのといった具体的なイメージを
伝えることは決してできません。


ピアノやギターの音を聴いて、
聴き手がなにかを思い浮かべるのは勝手ですが、
そのイメージは、映像のように
万人に共通のものではありえません。


要するに、曲のタイトルと音楽の内容に
直接の関係はないのです。


たとえタイトルに「神」とか「愛」という言葉があっても、
音響を聴いて、おのおの好き勝手な
イメージを思い浮かべればいいのです。


音楽を楽しむことにおいて、
曲の作られた背景だとか、
タイトルに込められた意味だとかは、
あくまで二次的な要素でしょう。


音そのものを楽しむことが第一であるはずです。


ある時期のヒンデミットは、情緒や哲学や神学といった、
夾雑物でべたべたになった西洋音楽を、
純粋な音の喜びに還元しようとしたのではないかと思われます。


そうして生まれた作品のひとつが、
「弦楽と金管のための演奏会用音楽」
だったのではないでしょうか。


この曲のカミソリのような鋭さは、
「響きの美」を追究した純粋さが
結晶したものなのかもしれません。

ケレン味が足りない


ヒンデミットが活躍した第二次大戦前のドイツ語圏には、
シェーンベルクArnord ShoenbergやベルクAlban Bergといった
革新的な大作曲家がいました。


ヒンデミットの音楽も角張っていましたが、
シェーンベルクなどに比べると保守的で、
作品にいまひとつケレン味が足りませんでした。


そのため、同時代の作曲家の中でも地味で、
影が薄いようです。


しかし、20世紀前半の音楽を愛する人なら、
ヒンデミットを聴かずに済ませるのは
あまりにもったいないでしょう。


ぼくは数年前、この曲を沼尻竜典指揮の実演で聴いて、
たちまちとりこになってしまいました。


今回紹介した3枚組のCDで、
もっともクラシックらしくないのがこの曲です。
ぼくのように、もともとクラシックに縁のないリスナーには、
この曲がもっともガツンとくるのではないでしょうか。


個人的には芥川也寸志
「交響管絃楽のための音楽」と同じくらいカッコイイ
曲だと思っています。


これぞ男のロマン
女子供にゃわかるまい。
ってなもんです。


ぜひみなさんも、ぜひいちどお試しください。
ヒンデミットのクールさを味わってみませんか。


ただし、こんなのを聴いていたら、
女の子にはぜったいにもてませんけどね!


(この稿完結)

*1:デンマークの作曲家、ニールセンCarl Nielsenの交響曲第四番などは、「不滅」という日本語訳タイトルのおかげで人気を得たそうです。

*2:ですから、マイルスの曲は「So What」(それがどうした)といった、どうでもいいタイトルばかりなのです。

*3:ヒンデミットは、ナチスの迫害を逃れて、10年以上合衆国に滞在していました。おそらく、彼の好むドライな響きが合衆国の風土に合い、居心地がよかったのでしょう

*4:ドライな音楽がお好きなら、ついでにバーバーBarberとかコープランドCoplandとか、合衆国の作曲家を聴いてみても面白いと思います。