重低音で腰を抜かせ!伊福部昭の日本組曲を聴け!!

putchees2006-08-23


クラシックは欧米のもの?


クラシックは退屈だと思う人、手を挙げて!


クラシックは欧米のものだと思う人、手を挙げて!


きょうは、いま手を挙げたあなた
聴いてもらいたい曲をご紹介します。

巨匠死す


作曲家・伊福部昭(いふくべ・あきら)が
亡くなって早くも半年です。


きょうは、
彼の代表作のひとつをご紹介します。


心臓の弱い人が聴いたら、
卒倒してしまいそうな激しい音楽です。


よかったら下までお読みください。

今回はCD紹介です


【今回のCD】
伊福部昭 傘寿記念シリーズ」
交響楽団
(1995ユーメックス TYCY-5424,5)ASIN:B000064V2E


【曲目】
●Disc 1
1. マリンバとオーケストラのためのラウダ・コンチェルタータ(1974)
2. 日本狂詩曲(1935)
3. 交響譚詩(1944)
●Disc 2
1. 管弦楽のための日本組曲(1933/1991編曲)
2. シンフォニア・タプカーラ(1954/1979年改訂版)
3. SF交響ファンタジー第1番(1983)


【ミュージシャン】
管弦楽:新交響楽団
指揮:小泉和裕原田幸一郎、石井眞木、小林研一郎
マリンバ独奏:安倍圭子

歴史的な巨匠


伊福部昭(1914-2006)は、
戦前から活躍していた作曲家です。


伊福部昭


なにしろ、第二次世界大戦中は満洲に出かけて、
甘粕正彦(あまかす・まさひこ)の要請で、オーケストラ曲
「寒帯林」を書いたというような経歴の持ち主です*1


芸能界でいうと、やはり満洲で仕事をして、
21世紀のいまなお現役の
森繁久彌(1913-)みたいなものでしょうか。
(ふたりはわずか1歳違いで、ほぼ同世代でした。
弟子たちに先立たれるというところも*2
伊福部とモリシゲはよく似ています


伊福部昭20歳そこそこ
イベールIbertやルーセルRoussel、
シベリウスSibeliusといった大作曲家に賞賛され*3
武満徹より半世紀も前に欧米での名声を高めました*4


伊福部昭は、音楽の世界では、
ブリテンBritten(1913-1976)、
ルトスワフスキLutoslawski(1913-1994)などと同世代です。
ほとんど歴史的な人物といっていいでしょう*5


遺した作品群からしても、
もっと尊敬を受けて当然という気がするのですが、
一般のクラシック音楽のリスナーからは
ゴジラの作曲家」ということで軽い扱いを受けているのが、
なんとも歯がゆいところです。

処女作をオーケストラ向けに編曲


そんな伊福部昭の処女作は、
以前ご紹介した「ピアノ組曲(1933)です*6


19歳伊福部昭が、
ドビュッシーの親友だったピアニスト・
コープランドCopeland*7のために書いた独奏曲です。


日本人の土着のパワーが爆発する、
たいへん難度の高いエネルギッシュな音楽です*8


昭和8年という時期に
まったくの独学でこのような曲を作ったというところに、
若き伊福部の才気煥発ぶりがうかがわれます。


時代は飛んで1980年代末、
サントリー音楽財団が主催する「作曲家の個展」のために、
伊福部昭は新作のオーケストラ曲を委嘱されました。


周囲は完全な新作を期待していましたが、
伊福部昭は処女作の「ピアノ組曲」を
オーケストラ用に編曲することを選びました。


こうして生まれたのが
「管絃楽のための日本組曲です。

とんでもないアレンジ


この作品は1991年9月、東京・赤坂のサントリーホールで、
井上道義(いのうえ・みちよし)指揮・
新日本フィルによって初演されました。


ただでさえパワフルなピアノ独奏曲が、
大オーケストラで、
途方もないスケールに生まれ変わりました。


ことに第1曲「盆踊」の終盤、
ピアノの左手による高速の五連符が、
トロンボーンによって演奏されることに、
観客は度肝を抜かれました。


「ブボボボボ、ボボボボボ、ブボボボボ、ボボボボボ」と、
トロンボーンがうなります。


ホンモノの重戦車が驀進する、旧ソ連の戦争映画でも
見ているような気分になる、大迫力のアレンジでした。


オリジナルの作曲からおよそ60年の時を経て、
なおもヴァイタルに進化する
伊福部昭の音楽家としての底力を見せつけたステージだったのです。


このときの模様は、フォンテックからCDでリリースされています*9


井上ミッチーらしい、ダイナミックで
キビキビとした演奏を聴くことができます。


しかし、きょうご紹介するCDは、この初演をはるかに凌駕する、
極めつけの名演です。


これを聴かずに、
伊福部音楽を語ることはできないとさえ思われます。

力のあるアマチュアオーケストラ


今回のCDは、1994年、
伊福部昭の八十歳(傘寿)を記念して
行われたコンサートシリーズを収録したものです。


伊福部昭の代表作である「シンフォニア・タプカーラ」や
「交響譚詩」などが収められています。


また、マリンバ協奏曲の「ラウダ・コンチェルタータ」は、
ベルリンで演奏された貴重な記録です。


演奏しているのは、アマチュアオーケストラの
交響楽団


伊福部昭の一番弟子・芥川也寸志が育てた楽団です*10


新響では、昔から伊福部昭の作品を多く取り上げてきました*11


近年では、2002年に行われた伊福部昭米寿記念コンサートでの
熱演が記憶に新しいところです*12

驚異の大迫力!


さて、このCDの中で、もっともすぐれた演奏は、
まちがいなく「日本組曲」です。


2枚組ですが、この曲を聴くためだけに
買っても決して損はしません。


ともあれ聴いてみてください。


第1曲「盆踊」の冒頭から、
ただならぬ雰囲気です。


前奏を締めくくるEメジャーの
「ジャン!」という強奏に続いて始まる
弦パートのハーモニーが、すでにただごとではありません


楽譜上ではユニゾンに近い、シンプルな音だと思うのですが、
聞こえてくるのは、驚くほど厚みのある音です。


ヴァイオリン、ヴィオラといった弦楽器の群れから、
日本的というより、遠くアラブやモロッコ
スペインまでも包含したような、
壮大なアジア的音響が聞こえてきます。


こんな響きは、井上ミッチー指揮の
「日本組曲」からはまったく聞こえてきません。
新響のメンバーが、渾身の力を込めて生まれた音なのでしょう*13


そして終盤へ向けて、
恐ろしいテンションでガンガン進んでいきます。


フィナーレがすごい。
まさしく爆発的


これは、断じて優雅な盆踊りなどではありません。
日本人の血と尊厳をかけた、命がけの祝祭なのです。


あまりの力の入り具合に、
金管が音をはずしまくっています。
トロンボーンの五連符が、爆音に埋もれて
ほとんど聴き取れません。


しかし、そんなことどうでもいいのです。
この迫力! これぞ音楽じゃないか!


最後は津波のような轟音に包まれてジャン!!
と終わります。


もう、打ちのめされて動けません。
マジで腰が抜けそうです。

4曲目で失禁せよ!


第2曲「七夕」、第3曲「演伶(ながし)」は、
静かに進んでいきます。


第4曲「佞武多(ねぶた)」で、
再び豪快な歩みが始まります。


真のクライマックスはこの曲であるといえます。


この曲は、「盆踊り」のような派手さはありません。
演奏の仕方によっては、優雅な雰囲気さえ漂いそうです。


ところが、このCDの演奏では、冒頭の悠然としたリズムが、
すでに殺気立っています


ただならぬ緊張感。
オーケストラは内に秘めた炎を、
次第に燃え上がらせていきます。


ズンドコズンドコという、
ねっとりとしたリズムがすばらしい。
これぞニッポンのリズム。
この摺り足の感じは、欧米のオーケストラには
おそらくマネできないのではないでしょうか。


聴いていると、おもわず四股を踏みたくなります


弦の厚みが、また実にすばらしい。
これほどよく鳴るオーケストレーションは、
まさに伊福部マジック。


残り2分を切ったところから
聞こえてくる弦とティンパニ金管の響きには、
ほとんど戦慄さえ覚えます


音の塊が、スピーカーを通して
こちらに押し寄せてきます。


こんな音楽は聴いたことがありません。


1000人の力士が、どすこいどすこいと
突進してくるような錯覚を覚えます。


あまりの迫力に、おしっこがもれそうです。


最後は、音塊に張り手を食らわされて、
リスナーは土俵外に飛ばされてしまいます。
あっぱれなフィナーレです。


緻密な演奏からはほど遠いのですが、
伊福部音楽の真髄は、こうした荒々しい演奏でこそ
顕れるのではないでしょうか。


決してこけおどしではなく、
エンターテイメントとしての面白さと、
芸術音楽としての美が、みごとに両立しています。


クラシックは退屈だという先入観を、
気持ちよく裏切ってくれます


この「日本組曲」の指揮は小林研一郎
この演奏だけで、コバケンという指揮者は
ぼくにとって忘れがたい存在になりました。


名曲には名演が必要なのだということを痛感する名演中の名演です。
このような演奏を残してくれた
コバケンと新響に心から感謝したいと思います。

永遠不滅の音楽


もしも、伊福部昭という名前を、
ゴジラの作曲家というだけで記憶している人がいるとすれば、
それはあまりにもったいないことです。


この「管弦楽のための日本組曲」の演奏は、
クラシック音楽といえば欧米のもの
という先入観を取り去ってくれます。


日本にもすばらしい作曲家がいて、
すばらしい作品があるのだということを知ることができます。


そして、日本人の曲を日本のオーケストラが
演奏して生まれる美を実感することができます。


この曲と演奏は、世界じゅうどこへ出しても
恥ずかしくない名曲名演です。


日本人は、日本らしい作品を作ってこそ
世界に受け入れられるはずだということを、
知ることができるでしょう。


2006年2月、
伊福部昭は死にましたが、彼の音楽は不滅です。


ぜひ一度、魂を揺さぶる、
彼の音楽に触れてみてください。


ただし、こんな音楽を聴いていても、女の子にはぜったいにもてません。


(この稿完結)

*1:そのとき満州に同行したのは指揮者の朝比奈隆(1908-2001)でした。彼は敗戦まで新京(長春)やハルビンのオーケストラを指揮していました。

*2:モリシゲの弟子というと、役者ではないですが、先ごろ急逝した久世光彦の名が思い浮かびます。

*3:情報がはっきりしないのですが、伊福部を賞賛した作曲家の中に、オネゲルHoneggerの名を加えることができるかもしれません。

*4:ジャック・イベールについてはこちらをごらんください→id:putchees:20051102

*5:ベンジャミン・ブリテンについてはこちらをごらんください→id:putchees:20041209

*6:「ピアノ組曲」の詳しい記事はこちら→id:putchees:20050611

*7:作曲家のアーロン・コープランドAaron Coplandではありません。

*8:この曲が初演されたのは作曲の5年後、1938年、ベネチアにおいてでした。

*9:伊福部昭 作曲家の個展」ASIN:B00005EZXK

*10:芥川也寸志についてはこちらをごらんください→id:putchees:20060212 id:putchees:20060220

*11:そのように仕向けたのは、もちろん芥川也寸志の力です。なお、新響のウェブサイトはこちらです→http://www.shinkyo.com/ 伊福部昭について、興味深い記事が多く掲載されていますので、ぜひ一度訪れてください。

*12:ライブ盤がキングレコードから発売されています。「伊福部昭 米寿記念演奏会 完全ライヴ!」ASIN: B00006AUQB

*13:ひょっとすると、弦のピッチが微妙にズレて生まれた効果なのかもしれません。