ナクソスの黛敏郎作品集、ついに発売!
今回のCD
日本作曲家選輯 黛敏郎
(香港・ナクソスNAXOS 2005)(8.557693J)
http://www.naxos.co.jp/8.557693J.html
天才のオーケストラ曲が1000円以下で聴ける!
日本人作曲家の作品を、手頃な値段で世界中のリスナーに
提供しようという良心的かつ野心的なCDシリーズ
「日本作曲家選輯」の最新盤は黛敏郎(まゆずみ・としろう1929〜1997)の作品集です。
発売が一時延期になっていて、やきもきしたのですが、
ようやく店頭に並び始めたようです。
この週末は、大型CD店でどこも山積みになっていると思います。
とにかく安いので、迷うより先に買ってください。
ぼくは渋谷のHMVで、890円で手に入れました。
秋葉原の石丸電気なら、もっと安いでしょう。
いずれにしてもヘタな文庫本より安価です。
買って納得。すばらしい内容です。
さあ、いますぐCDショップへGO!
このシリーズが大騒ぎされるワケ
どうしてこのシリーズが大騒ぎされているかというと、
おおよそ以下のような理由からです。
●(これが一番大事ですが)そもそも、日本人作曲家の曲は、音源が絶対的に少ない。
●とにかく安い。ナクソスは廉価版専門レーベルのパイオニア。
日本人作曲家のCDは、ふつう1枚3000円くらいします。
●ワールドワイドな販路に乗ること。ナクソスは世界中に販売網を持つレーベルです。
ふつう、日本人作曲家のCDは、国内盤のみです。
●コンサートのライブ録音じゃなくて、わざわざミュージシャンを雇ってスタジオ録音をしていること。
●体系的に日本人作曲家の代表曲を網羅していこうという姿勢。
場当たり的な企画ではなく、数十枚単位で構想されています。
●隠れた名作や忘れられた作曲家を発掘していること。
大栗裕や大澤壽人*1のCDはその最たる成果です。
上に挙げた理由を読めばわかりますが、要するに、
そのほかのジャンルなら当たり前のことが、
「日本の近現代音楽 」というジャンルでは
まったくなされていなかったというわけです。
日本人が、自国民の作品に対していかに冷淡であったかがわかります。
こういった企画は、日本政府が、公金を拠出してでも後押しするべき事業ではないでしょうか*2。
私企業に、しかも、海外に拠点を置くレコードレーベルにやらせておいて
平気でいるというのは、どういうことでしょう*3。
国民も政府も、なさけない限りです。
これまでの怠慢の穴を埋めるべく、すべての日本の音楽ファンは、
このCDシリーズを大量購入すべきです。
品質は保証します。安心してください。
黛敏郎の傑作群に酔う!
さて、今回のCDです。
黛敏郎については、3月10日に詳しく記していますので、
よかったらそちらも読んでみてください。↓
http://d.hatena.ne.jp/putchees/20050310
このCDには、彼の作品が4曲収められています。
黛敏郎の40年代から60年代初期のオーケストラ作品です。
年齢的にいうと、19歳から33歳のときの曲です。
若い!さすが早熟の才能です。
彼の作品リストでもっとも有名な「涅槃交響曲」(1958)とオペラ「金閣寺」(1976)は
入っていませんが、第2集以降に期待しましょう。
このCDは、黛敏郎の入門編としてじゅうぶんな内容です。
普通のクラシックファンには、「シンフォニック・ムード」が聴きやすいでしょう。
ドビュッシーClaude Debussyの「海La Mer」のように始まり、
ストラヴィンスキーIgor Stravinskyの「春の祭典Rite of Spring」のように盛り上がります*4。
「曼陀羅交響曲」は、シリアスな音楽ファンにオススメ。
スタティックで神秘的な魅力に満ちています。
ちょっとメシアンOlivier Messiaenふうで、いかにもな現代音楽です*5。
「ルンバ・ラプソディ」は、東京音楽学校(いまの芸大)在学中の黛敏郎が、
作曲科の指導教官・伊福部昭に楽譜をあずけて、そのままになっていた幻の曲*6。
陽性で無国籍ふうのサウンドが聴けます。
バレエ曲「舞楽」に酔いしれる!
しかしなんといってもすばらしいのは、「BUGAKU」です。
ブガクというのは舞楽のこと。
雅楽にインスピレーションを得たバレエ曲です。
1000年以上昔から伝わる日本宮廷の舞踏音楽を、黛敏郎は、
ダイナミックでリズミカルなオーケストラ曲にしてみせます。
たいへん典雅で、神秘的。
音色は色彩豊かで、きらびやかです。
もちろん、ユーモアがあって、たいへん洗練されています。
田舎っぽさや貧乏くささとは無縁です。
そして、なにより雄渾で男性的。
存在感とバイタリティに満ちています。
音楽としてのスケールの大きさに圧倒されます。
目くるめくリズムの祭典に酔いしれ、
フィナーレは、明瞭な和音で晴れがましく終わります。
これこそ、日本人にしか作れない音楽です。
日本の美は「わびさび」だけじゃない!
日本の美というと、「わびさび」という言葉に代表されるように、
そこはかとない、ほのかでかそけきものというイメージです。
しかし、黛敏郎の音楽は、どっしりとして、からっとして、曖昧さとは無縁です。
かといって、彼の音楽が非日本的かというと、そんなことはありません。
これもまた、日本的な美のありようなのです。
作曲家の池辺晋一郎によれば、黛敏郎は、
「ブツブツと独りごとをつぶやくような曲や、陳腐な常套句に被われた音楽を嫌っておられた」*7
そうです。それは黛敏郎の音楽を聴けばわかります。
黛敏郎の師・伊福部昭は、日本には古来、「万葉集」に代表されるような、
おおらかでスケールの大きな美観があったのですが、
近世以降スケールダウンして、
「わびさび」に代表される美観に変わってしまったのだといっています。
そして伊福部は、多くの日本人にとって「わびさび」の境地に入るのは簡単なことで、
それよりも、古代的な、雄渾で偉大な美を目指すべきだといっています*8。
黛敏郎は、その言葉を忠実に実践しています*9。
スケールが大きく、おおらかで、簡勁そのものの美です。
その保守的な発言から、黛敏郎にネガティブなイメージを抱いている人も、
このCDを聴けば、感銘を受けずにはいられないでしょう。
演奏もいいし、ライナーノーツも必読!
映画「ロード・オブ・ザ・リングThe Lord of the Rings」の劇伴でも活躍した
ニュージーランド響が、湯浅卓雄*10の指揮で威勢よく鳴り響きます。
「曼陀羅交響曲」と「BUGAKU」は、デンオンDENONが岩城宏之指揮で吹き込んだ名盤*11があるのですが、
このナクソス盤は、それに負けない演奏です。
ライナーノーツも充実しています。音楽評論家の片山杜秀が熱筆。
黛敏郎の伝記から作品論までカバーする充実の内容です*12。
ちなみにジャケット絵は戦前のモダニスト・古賀春江の名作「春」(1929)。
黛敏郎の生年に描かれた作品で、悪くないチョイスです。
黛敏郎を知っている人も知らない人も、
クラシックや現代音楽のファンもそうでない人も、
ぜひ、このCDを聴いてみてください。
ただし、こんなものを聴いていても、女の子にはぜったいにもてませんけど。
*1:大澤壽人については、2月21日に記しているので、よかったら読んでみてください。http://d.hatena.ne.jp/putchees/20050221
*2:もし税金を使ったとしても、土建屋に払ういたずらな道路工事の費用などより、はるかに安い値段で、日本の文化を世界に紹介できるはずです。納税者も納得するでしょう。
*3:といっても、この企画には、ナクソスの日本における代理店であるアイヴィー社が深く関わっているのですが。
*4:ぼくは1998年の黛敏郎追悼コンサートで、この曲の実演を聴いています(指揮は岩城宏之)。CDになるのは、今回が初めてだそうです。
*5:といって、決してムツカシイ曲ではありません
*6:伊福部は楽譜を返却しようとしたが、黛は固辞し続けたということです。なんでだろう?
*7:1998年、東京・サントリーホールでの黛敏郎追悼コンサートのプログラムより。
*9:黛敏郎は師の作品のうち「交響譚詩」(1943)を愛していたようで、演奏を聴くたびに涙を流していたそうです。自身でも、そのように記しています。
*10:ヨーロッパを中心に活動している指揮者。http://www.yuasa-takuo.com/
*11:ASIN: B00008BDDA
*12:シリーズを重ねるごとに文字量が増えて、今回はついにルビのような文字の大きさになっていまいました。