フリージャズをBGMにしてみよう!セシル・テイラーの静謐なピアノをどうぞ。

putchees2005-03-21


セックスのBGM??


CDショップに行くと、店員が手書きの宣伝文句をくっつけているPOPをよく見かけます。
「超名盤!」「ぜったいおすすめ」とかですね。
マニアな店だと、店員の好みがモロに出ていたりして、熱のこもった文章が面白いものです。


さて、ずいぶん前のことですが、都内のCDショップに行ったら、その店頭POPに


「セックスのBGMに最適!」


と書かれていて、仰天しました。


なんのCDだったか忘れましたが、それを見てぼくが驚いたのは、
セックスが、BGMを必要とするようなレジャーとみなされていることでした。
いったい、世の中はいつの間にそんなことになっていたのでしょうか。


ちっくしょう。


もてない男には、まったく縁のない話です。


ぼくがエロにぴったりの音楽として思いつくのは、せいぜい、
サンタナCarlos Santanaの「哀愁のヨーロッパEurope」ですが、
あれは、セックスというより、明らかにストリップ小屋のBGMで、
同じように思いつくガトー・バルビエリGato Barbieriのエロっぽいテナーサックスも、
ねちねちしていて、おしゃれなセックスのBGMには到底なりそうにありません*1


せめて、もてる秘訣を知るために、
そのCDを買って聴いておくべきだったかも知れません。

BGMになりそうにない音楽


「女にもてない」ことを標榜しているレビュアーとしては、
セックスのBGMになりそうにない音楽なら、いくらでも思いつきます。


その筆頭は、たとえば、ショスタコーヴィチDmitri Shostakovichの交響曲すべてです。
共産主義ロシア万歳を高らかに謳歌する、勇ましくもそらぞらしい音楽は、
明らかにセックスのBGMには不向きです。


もちろん、ヴェーベルンAnton WebernやリゲティGyorgy Ligetiなどの現代音楽も、
BGM向きではありません。


フリージャズ全般もそういえるでしょう。
セックスよりは、性犯罪のドキュメントのBGMによく合いそうです*2


とにかくやかましいし、品格にも情緒にも欠ける(と一般に思われている)ので、
セックスはおろか、いかなる局面でもBGMに向かないのがフリージャズです。


ところが、なにごとにも例外があるように、フリージャズにも例外的に、
BGMにできそうなアルバムがあるのです。


きょう紹介するのは、静謐で格調高く、
コーヒーや酒を飲むBGMにくらいにはできそうなフリージャズです。
(とはいえ、セックスのBGMにはなりそうにありませんが)

今回のCD

「ソロSOLO」
セシル・テイラーCecil Taylor
(LP/トリオ:PA-7067 CD/PJL:MTCJ-2532)
ASIN: B0000635FP

ミュージシャン

セシル・テイラーCecil Taylor(ピアノpiano)

曲目

1. CHORAL OF VOICE
2. LONO
3. ASAPK IN AME
4. 1st LAYER PART OF INDENT
(録音:1973年5月23日 東京・イイノホール

セシル・テイラーはデタラメピアニストではないッ!!


前にも紹介していますが*3アフリカ系アメリカ人セシル・テイラーは、
フリージャズのピアニストです。


1960年代初頭から、独自のスタイルのジャズを演奏してきました。
彼の決定的な名盤は、「Silent Tongues」(1974)や「Dark to Themselves」(1976)などです*4


ちょっと聴いただけだと、セシルのピアノはいかにも暴力的で、
情緒もなにもないように聞こえるかも知れません。


しかし、彼のプレイは、実はきわめて理知的で、
彼なりの乾いたリリシズムを秘めています。


彼のそんな面をもっとも強くあらわしているのが、このアルバムです。
1973年、東京で録音されたピアノ独奏です。


彼の普段のピアノがダイナミック(動的)であるとすれば、
ここでのプレイは極めてスタティック(静的)です。


この年、初来日したセシル・テイラーは、
アルトサックスとドラムスを従えたトリオで、
猛烈にダイナミックな演奏を繰り広げます。


5月22日、東京・新宿の厚生年金会館大ホールで聴衆を熱狂の渦に巻き込んだあと、
セシル・テイラーは、内幸町のイイノホールへ移動、
深夜に及ぶレコーディングで、この4曲の演奏を吹き込みます。


アルバム「アキサキラAkisakila」に録音されたモーレツな演奏のあとで、
ほとんど時間をおかず録音されたことになります。


彼のスタミナはいったいどうなってるのでしょう。
(アキサキラについては、こちらを読んでください→id:putchees:20050216)

普通の音楽ファンにも楽しめる演奏なのだ


さて、この演奏です。
たいへん美しく、静謐な音楽です。


彼のタッチは強く、ガンガン弾くのですが、ここでは
激しさの中に不思議な静けさを湛えています。


フツウのジャズとはまったく違いますが、
わけのわからない現代音楽やノイズ音楽とは一線を画しています。


美しいメロディラインを、はっきりと聞き取ることができるはずです。
もちろん、甘いロマンチックな音楽ではありませんけど。


クラシック好きの人だと、プロコフィエフSergei Prokofievや
モソロフAlexander Mosolovあたりのピアノソナタが聴ける人なら、
まず違和感なく耳に入ってくるでしょう。


ジャズ好きの人だと、マイルス・デイヴィスMiles Davis
「プラグド・ニッケルLive at the Plugged Nickel 1965」における
ハービー・ハンコックHerbie Hancockのピアノが好きなら、
じゅうぶん聴いて楽しめると思います。


つまり、一般の音楽ファンのみなさんにも、楽しんでもらえる演奏なのです。
決して「デタラメ」などではありません。
セシル・テイラーの入門盤としてちょうどいいかもしれません。

ぜひ深夜のBGMにどうぞ


それにしても、聴くほどに味わいの増すアルバムです。
深夜に録音したせいかどうかわかんないけど、濃厚な夜を感じさせる音楽です。


深夜に、キツイ酒でも飲みながら聴くのにちょうどいいのではないでしょうか。
BGMとして聴くことのできる、希有なフリージャズのアルバムだと思います。


フリージャズだからといって、なにも恐れることはありません。
このアルバムに収められているのは、単に痛快でかっこいい音楽なのです。


たまには、こういう音楽をBGMにしてみるのも、イキだと思いますよ。


ただもちろん、セックスのBGMにはなりそうにありませんし、
こんなのを聴いていても、女の子にはぜったいにもてませんけど。

*1:もっとも、マーロン・ブランドMarlon Brandoは、ベルトリッチBernardo Bertolucciの「ラスト・タンゴ・イン・パリLast Tango in Paris」(1972)で、ガトーのサックスをバックに、セックスをガンガンかましていましたが。

*2:関係ありませんが、山下洋輔は、大和屋竺の「荒野のダッチワイフ」(1967)のサントラを手がけていましたね。

*3:過去のセシル・テイラーに関するレビューは→ id:putchees:20041225 id:putchees:20050212 id:putchees:20050216

*4:有名なブルーノート盤の「コンキスタドールConquistador!」と「ユニット・ストラクチャーズUnit Struscrures」は、最初に買うセシルのアルバムとしてはオススメしません。いささか現代音楽風なので、彼のピアノのスタイルに慣れない人は入り込めないと思います。ぼくもそうでしたから。