問答無用。山下洋輔の最高傑作を聴け!

putchees2005-03-29


今回のCD

「クレイCLAY」
山下洋輔トリオYamashita Trio


(1974年、ドイツ・エンヤEnja)
(LP:ENJA 2052 . CD:ENJ-1012現在廃盤)

ミュージシャン

山下洋輔(ピアノpiano)
坂田明(アルトサックスalto sax・クラリネットclarinet)
森山威男(ドラムスdrums)

曲目

●ミナのセカンドテーマMina's Second Theme
●クレイClay


(1974年6月2日、ドイツ、第3回
メールスニュージャズフェスティバルNew Jazz Festival in Moersにおけるライブ録音)

世界が驚倒した超絶フリージャズ


山下洋輔は、ジャズピアニストですが、
一般には、エッセイストや小説家、
あるいはジャズの啓蒙家として知られているでしょう。


したがって、
「ああ、ヒジでピアノを弾く人ね」とか、
タモリ筒井康隆のお友だちね」とか、知識としては知っていても、
彼の演奏を聴いたことのある人は、そう多くないはずです。


彼はときどき「世界のヤマシタ」などと呼ばれますが*1
ほとんどの人には、まったく実感がないはずです。


よくわかんないけど、「世界の」っていわれるくらいだから、
偉い人なんだろうなあ…と、それ程度にしか認識されていないはずです*2


しかし、今回紹介するCDを聴けば、
なぜ、山下洋輔がすごいのかという、
すべてのギモンが氷解するはずです。


山下トリオの「クレイ」は、世界のあらゆるジャズのレコードの中で、
最高峰に位置するアルバムのひとつです。


マイルス・デイヴィスMiles Davisの「カインド・オブ・ブルーKind of Blue」や、
ジョン・コルトレーンJohn Coltraneの「至上の愛Love Supreme」
などと同列に扱っていいほどの傑作なのです。


これほどの爆発的なパワーを秘めた演奏は、
ちょっとほかに見あたりません。


ジャズ以外のジャンルでも、見つかるかどうか疑問符がつくほどです。


山下トリオの演奏はいわゆる「フリージャズ」ですが、
べつに気にすることはありません。


スタイルはアヴァンギャルドですが、
真にすぐれた演奏は、スタイルを超えて万人に理解されるものです。


屁みたいな理屈なんていらないのです。
痛快無比のジャズとして楽しめるのです。


とにかくいっぺん聴いてみてください。


ロックでもテクノでも、あらゆるジャンルのリスナーとプレイヤーは、
このアルバム一枚で、ジャズというジャンルに嫉妬するはずです。

伝説になった山下トリオの初ヨーロッパツアー


1974年初夏、トリオ結成5年を迎えた山下洋輔は、
ドラムの森山威男、それにアルトサックスの坂田明とともに、
初めての海外ツアーに出かけます。


三人が向かったのはヨーロッパ。
このツアーをプロモートしたのは、ドイツ人で、
エンヤレコードを主宰するホルストウェーバーHorst Weberでした。


5月29日に羽田空港を飛び立ったトリオの面々は、当時の西ドイツ、フランクフルトに到着。
5月31日のルクセンブルクでのライブを皮切りに、
欧州の聴衆の前で演奏をはじめます。


そして6月2日、西ドイツの小都市メールスで、
「ニュージャズフェスティバルNew Jazz Festival」に出演します。


この「クレイ」は、そこでのライブ録音を収めたものです。


当時は、まだ日本人ミュージシャンが海外で演奏をする機会はごくまれで、
山下トリオは、「日本のジャズを背負う」という、
ある種の悲壮感をもってツアーにのぞみました*3


悪いことに、山下洋輔が欧州到着早々に風邪をひき、どうにか治ったものの、
3人はツアーの当初、相当の不安を抱いていたようです。


しかも、このジャズフェスに出演していたのは、
アンソニー・ブラクストンAnthony Braxton、
スティーヴ・レイシーSteve Lacy、
アルバート・マンゲルスドルフAlbert Mangelsdorff、
ペーター・ブロッツマンPeter Brotzmannといった、
当時の先鋭的なジャズを代表するミュージシャンたちでした。


さらに、ステージの前にいるのは、数千人の大観衆、
ジャズに対する肥えた耳を持ったドイツの聴衆です。


これで緊張しないほうがどうかしています。


小柄な東洋人3人がステージに現れたとき、
観衆はなにを思ったでしょうか。


トリオは坂田明作曲の「ミトコンドリア
山下洋輔作曲の「ミナのセカンドテーマ」
そして森山威男作曲の「クレイ」という3曲を演奏します。


おそらく、その場にいる聴衆の誰も、
彼らの演奏がそのようなものであるとは予想していなかったでしょう。


ステージで繰り広げられたのは、
それまでヨーロッパで誰も聴いたことがない種類のジャズでした。


闇を切り裂く稲妻のような山下洋輔のピアノ、
咆哮する千頭の獅子のような坂田明のサックス、
そして爆発を繰り返す火薬庫のような森山威男のドラム、


この3つが一丸となって疾走する音の塊に、聴衆は完全に打ちのめされます。


完全な混沌と思える暴力的な音の流れがひとつにまとまり、
最後はピタリと足並みを揃えて着地するトリオの演奏に、
すべての聴衆が酔いしれます。


そうか、ジャズというのはこういう音楽のことだったのだと、
すべての人が気付いたはずです。


「クレイ」の演奏が終わった瞬間、
「ウォー!!」という地鳴りのような大歓声がわき起こります。


山下洋輔トリオがローカルな存在を超えて、
ジャズの歴史に名前を刻んだ瞬間です。


3人は、鳴りやまないアンコールの声に応えて、
「グガン」を演奏します。


この奇跡的なステージを、CDを聴くことによって、
ぼくたちは追体験できるのです。


なんと幸福なことでしょうか。

なんとしても手に入れて聴くべし!


アルバムに収められているのは、残念ながらステージのすべてではなく、
4曲のうちのふたつだけですが、
ステージのすごさは、ビンビン伝わってきます。


とくに「ミナのセカンドテーマ」で、クラリネットのソロからトゥッティに戻る瞬間と、
「クレイ」で、ドラムソロからテーマに戻る瞬間、
このふたつは、最高の性的なエクスタシーと同じほどの強烈な快感を与えてくれます。


これを聴かないでジャズを語ることがはたして可能だろうかと思えるほどの演奏です。


あらゆる先入観を気持ちいいほどに裏切ってくれるはずです。


そして聴いた瞬間に、山下洋輔という名前が、
あなたにとっても特別な名前になるはずです。


真にすばらしいものは、好き嫌いを超えて、
誰にでも受け入れられるはずです。


あなたもぜひいちど、「クレイ」を聴いてみてください。
そして感動にうち震えてください。


ところが、この奇跡のアルバムが、2005年3月現在、
廃盤なのです。なんたることでしょう!!


みなさんは中古CD屋を巡ると同時に、エンヤレコードへ
再リリースを訴えましょう。ENJAのサイトはこちら↓
http://www.enjarecords.com/


なんとしても、手に入れ、そして聴いてください。
ぜったいに損はさせません。
ぼくの審美眼にかけて保証します!


しかしもちろん、こんなCDを聴いていても、女の子にはぜったいにもてません!

*1:「世界の○○」って言い方は古くさいですね。

*2:中村紘子小澤征爾なんかと同じようなものだろうと思っていませんか?

*3:この種の気負いは、現在では滑稽に思えるかもしれませんが、どんな分野でも、海外で活躍した先駆者は多かれ少なかれ、そうした思いを宿命的に背負わされてきました。彼らのようなパイオニアがいたからこそ、日本人が気軽に海外で活動できるようになったということを忘れてはならないでしょう。