新宿ピットインで坂田明&ジム・オルークを聴く!

putchees2005-04-24


本日はライブ報告です


SAKATA/O'ROURKE TOKYO SESSION
新宿 PIT INN 40th Anniversary Special Vol.9


日時:2005年4月21日(木)20:05〜22:15
場所:新宿ピットイン

ミュージシャン

坂田明(アルトサックスalto saxophone・クラリネットclarinet )
ジム・オルークJim O'rouke(ギターguitar)
坂田学(ドラムスdrums)
ダーリン・グレイDarin Gray(ベースbass)
クリス・コルサーノChris Corsano(ドラムスdrums)
吉見正樹(タブラtabla)

フリージャズミュージシャンなのだ。


一般にはテレビタレントや水棲生物研究家として知られる
アルトサックス奏者、坂田明のライブに出かけてきました。


ちなみに坂田明については、
今年の1月15日にも記していますので、そちらもごらんになってみてください。
id:putchees:20050115


彼はフリージャズのミュージシャンです。
おしゃれなスタンダードジャズを演奏する人ではありません。


フリージャズとは、簡単に言えば、
決まり事なしに、自由に即興しようという音楽です*1
もちろん、普通の人がそんなことをやると、単に騒音をまき散らすことになります。
むちゃくちゃの即興を「音楽」にできるかどうかが、ミュージシャンの腕の見せどころです*2
さて、今回はどうだったでしょうか。

豪華ゲストによる特別セッション


きょうのセッションでは、
ソニック・ユースSonic Youthジム・オルークと、
ポラリスPolaris坂田学*3が参加していました。


どちらもおしゃれな人に大人気のバンドです。
したがって、彼らふたりについて、
ぼくがわざわざなにかを書く必要はないでしょう。


というわけで、ぼくがこのレビューで書こうと思うのは、
坂田明のアルトサックスに関してです。


当夜の新宿ピットインは、大盛況でした。
予想通り、おしゃれな若者が大勢詰めかけていました。
おそらく、大半のお客さんは、ジム・オルーク坂田学が目当てだったのでしょう*4

ドラムスふたりが健闘


さて、バンドの編成は、アルトサックスにギター、ベース、
ドラムスがふたり、それにタブラという変則的な編成でした。


もっとも、フリージャズをやるのに、
標準的な編成などありはしないのですが。


始まる前は、どんなジャンルのサウンドだろうかと思っていたのですが、
今回の音楽はまごうかたなきフリージャズでした。


2セットで、前半が45分、後半が約1時間。そしてアンコールが約5分。
それぞれ、一曲ずつのフリーインプロヴィゼーション(アドリブ大会)でした。
余計なMCがほとんどなく、音楽だけに集中していたのが、たいへん好印象でした。
山あり谷ありの多彩な構成で飽きさせませんでした。


ドラムスふたりの強烈なビートが、きょうの音楽を特徴づけていました。


たとえどんな天才ドラマーであろうと、
ひとりで作ることのできるリズムには限界がありますが、
ふたりいれば、リズムのパターンはほとんど無限になります。
ふたりは緩急のメリハリある複雑で豊かなリズムを聴かせてくれました。


そのドラムにタブラがからみ、リズムはさらに豊かになっていました*5


ベースは、一定のビートを刻んだり、アルコ(弓)でキイキイいわせたり、
ときにはスティックで弦を叩いたりしていました。


そのリズム隊の上で、ジム・オルークのギターが
アヴァンギャルドなソロを聴かせてくれました。


彼は、デレク・ベイリーDerek Bailey*6などとの共演歴もあるそうで、
フリーな即興演奏家として、高いレベルにあることをうかがわせます。
とくにその多彩な音色が印象的でした。

やっぱりサカタはすごかった!!


しかしなんといっても、今回聴くべきは坂田明のアルトサックスでした。
というより、完全に彼のワンマンショーでした。


彼は決して器用なミュージシャンではありません。
梅津和時のように、さまざまなスタイルを駆使することはできません。
今回も、ひたすらフリーキーfreakyな即興を奏でていただけです。
しかし、彼の作り出すサウンドはすばらしいものです。


つややかで、輝かしく、澄み渡った音色は、
ほかの誰ともまちがいようがありません。


30年前の山下洋輔トリオ以来、彼のアルトサックスが、
まったく衰えていないことがわかります。
それどころか、いっそう凄みを増しているようにさえ感じられます*7


強力なリズム隊が、いかに爆音を轟かせようと、
彼のアルトサックスの音は、決してマスクされません*8


フリージャズのセッションでは、
いかに他人の音にかき消されないような音を出せるかが、
もっとも重要です。


大きな音を出せばいいってもんじゃありません。
音色が大切なのです*9


その点、この道40年近くのキャリアを持つ坂田明の音は、
ほかのミュージシャンとは、まったく格がちがうという印象でした。


なにがすごいといって、スピード感がすごいのです。
ただのロングトーンが、BPM300の*10猛スピードのフレーズに聞こえるのです。


もののたとえじゃありません。
ほんとうにそうなのです。


ドラマーがふたりがかりで追いすがっても、
決して追いつけないスピードなのです。


セシル・テイラーCecil Taylorの稿で書いたように*11
ジャズではスピード感が重要なのですが、
坂田明も超高速のスピード感を表現できる
超一流のミュージシャンであることがわかります。


ジム・オルークも含め、ほかのすべてのミュージシャンは、
坂田明の伴奏をつとめているに過ぎないという印象でした。


彼のサックスと対峙すると、ほかのミュージシャンは、
背景であることに甘んじるほかないのです。


今回のセッションは、いってみれば、
ギターとリズム隊がぐちゃぐちゃに塗りたくって真っ黒けになった背景の上に、
坂田明が、鮮やかな色で輪郭を描いていく絵画のようでした。


それほどまでに卓越したサックスの音なのです*12

さすがに息がぴったり…とはいかず


さて、決まりごとなしのセッションでは、
いかに音楽を終わらせるかが、たいへん重要なポイントです。


試しにやってみるとわかりますが*13
事前の打ち合わせなしに、アドリブだけでセッションをやっていると、
みんなの息が合わないと、永遠に音楽を終わらせることができません*14


「これでおしまいだよー」


なんて、言葉を使って終わらせるのは野暮の極みです。
音だけで、それを合図しなければならないのです。


そのために、何度も同じメンバーでリハーサルやセッションを繰り返すことが重要なのですが、
今回は、それが不足していた印象でした。


毎回、坂田明が、両脇を見ながらタイミングをはかり、
サックスを高く掲げて、ハイおしまいと合図していました。


その点は、にわか仕立てのセッションバンドということで、
やむを得ない欠点でした。


しかし、全体を通してみれば、よく練られた構成だったのではないでしょうか。


バンドが一丸となって「うりゃー!」とばかりに突っ走る場面では、
猛烈なカタルシスをもたらしてくれました。
それは、ひとりひとりのミュージシャンの底力によるものでしょう。

アンコールで音楽の神秘を知る


圧巻はアンコールです。
始める前に、坂田明はこういう意味のことを言いました。


「こんな音楽にアンコールなんてどうかと思いますし、
なんの用意もしていないのですが、どうせ曲なんて最初からないので、
ともかくやってみます」


そしてアルトサックスをピロピロとすごいスピードで吹き始めました。
ほかのミュージシャンがそれに続きました。全員全力疾走です。


約5分間、単にみんなでめちゃめちゃに音を出していただけなのに、
まぎれもなく「音楽」になっていました。しかも最上の。


こんな不思議なことがあるでしょうか。
これこそが、フリージャズの、ひいては音楽の神秘なのです。


古典的な音楽の概念に縛られた人は、
この種の音楽をデタラメといってバカにしますが、
このライブを聴いたあとで、はたして同じようにバカにできるか、
試してみたいものです。


ステージが終わって、聴衆は完全に打ちのめされていました。
みんな口々に「最高」と呟いていました*15


めちゃめちゃな即興が、みごとな音楽になっていたのです。
音楽を聴く楽しみが凝縮された、最高のステージでした*16


ぜひみなさんも、坂田明のサックスを聴いてみてください。
驚倒すること間違いなしです。


しかしいうまでもなく、こんな音楽を聴いていても、女の子にはぜったいにもてません。


(来る5月5日、大阪で山下洋輔坂田明、森山威男という最強のメンバーで、
伝説の山下トリオが再現されます。ファンの方は、聴きのがしてはならないでしょう。
ぼくもどうにか、駆けつけたいと思っています。)

*1:フリージャズについては、過去のレビューが参考になるかもしれません。→id:putchees:20041222

*2:容易に想像できるように、そういうことが可能なミュージシャンは、一流の人だけです。

*3:坂田明の息子。アルトサックス奏者の息子でドラマーというと、オーネット・コールマンOrnette Colemanの息子、デナード・コールマンDenard Colemanが有名。親子共演しているところも、坂田親子と似ている。

*4:と思ったのですが、ぼくの隣に座っていた青年は、坂田明を聴きに来たと言っていました。ジョン・ゾーンJohn Zornのライブでゲスト参加した坂田明のサックスに魅了されたのだそうです。こういう人が意外に多かったのかもしれません。

*5:ジャズにタブラが入ると、しばしばマイルス・デイヴィスMiles Davisの「On the Corner」ふうに聞こえます。

*6:「孤高の」と形容されることが多い、フリー系ギタリスト。

*7:むしろ、山下洋輔のほうが、ミュージシャンとして衰えているのではないかと思わせるほどです。

*8:もちろん、クラリネットの音色もたいへんすばらしいです。B管クラリネットを使って、あれほど鋭い音の出せるジャズミュージシャンはほかにいないのではないでしょうか。

*9:そのために、フリージャズのミュージシャンは、テクニック面はともかく、音色に関してだけは異常に鍛えられます。例として渋さ知らズのメンバーを思い浮かべてみてください。

*10:beat per minute、つまりテンポのこと。

*11:id:putchees:20050216

*12:いくらかひいき目が入っているかもしれませんが、客観的に見てもこの評価は正当であると信じています。

*13:フリージャズのセッションは楽器ができなくても、誰でもできるので、もし仲間がいれば一度お試しあれ。聴く分にはどうかわかりませんが、やってみる分にはたいへん面白いです。

*14:盛り上げたり、静かにしたりといったことは音の応答次第で意外に簡単にできるのですが、終わらせるのがムズカシイのです。恋愛に似ているかもしれません。

*15:もちろん、中には不満を感じた人もいたでしょうが。

*16:ちなみに当夜のステージは、Digidesign社のPro Toolsシステムで録音されていました。ライブ盤が出るそうですから、楽しみです。