ショパンがどうした!ピアノの隠れた名曲を聴こう!

putchees2005-11-02


今日はまともな曲をご紹介します


いつも、一般の人が裸足で逃げ出すような
音楽ばかり紹介しているので、たまには
おしゃれですてきな音楽をご紹介しましょう。
ただ、マイナーで「もてない音楽」という
ことは、いつもと同じです。

本日のCD


イベール ピアノ作品集
Ibert: Piano Music


(香港・ナクソスNaxos 8.554720)

曲目


1.スケルツェットScherzetto
2.ロマンティックな小品Piece romantique
3.アルベール・ルーセルの名によるトッカータ
Toccata sur le nom d'Albert Roussel
4.小人国の村のいたずらっ子
L'espiegle au village de Lilliput
5.フランス風に:ピアノのためのギター曲
Francaise:'Guitarre' pour le piano
6.廃墟を渡る風Le vent dans les ruines
7.小組曲Petite Suite en quinze images
8.物語Histoires
9.めぐり逢いLes rencontres

ミュージシャン


チャン・ヘウォンHae-Won Chang(ピアノ)

ショパンが好きなんです」


「私、ピアノやってるんです」という女の子は多いです。
女の子のお稽古ごとのナンバーワンはピアノですからね。
日本も文化的になったものです。


たとえば合コンのときなどですが、そういう女の子に
「どんなピアノ曲が好き?」と訊くと、
返ってくる答えの80パーセントはショパンが好き」です。


ぼくの場合は、ここでいきなり出鼻をくじかれてしまいます。
なぜならショパンを聴かないからです。
悲しいかな、話の接ぎ穂がありません。


「ほかにはどんな作曲家が好き?」と、
悪あがきをするのですが、
「んー、あとはモーツァルトやリストとか…」
という答えが返ってきたりすると、もうお手上げです。
ぼくはモーツァルトもリストも聴かないからです。


しょんぼりして別の話題を探すほかありません。


ぼくみたいなのが、女の子と音楽の話をしようとしたのが
間違いだったのです。

「日本人はみんなショパン」?


いったいどうして日本の女性は
こんなにショパンが好きなのでしょうか。
まさか、彼女たちがショパンしか知らないということは
ないと思うのですが。


ぼくはピアノを演奏できないのでよくわかりませんが、
日本のピアノ教育に問題があるのではないかと、
首をかしげたくなります。
ショパンばかり弾かせているわけじゃないですよね?


つい先日も、ピアノが弾ける女性に好きな作曲家を訊ねたのですが、
「好きなのはショパンかな」という答えに、
同席していたクラシック好きのアメリカ人が、
「やっぱり!」と言ってました。
首をすくめて「日本人はみんなショパン」と、呆れてましたよ。


みなさん、アメリカ人にそんなこと言われてていいんですか?

Roll Over Chopin !?


ショパン……フレデリック・ショパンFrederic Chopin
ポーランド生まれの作曲家・ピアニスト。
1810年3月1日生誕、1849年10月17日没。
生涯に書かれた曲の大半はピアノ曲……だそうです。
彼もまさか150年後に、世界の果てでこんなに
愛されるようになるとは思わなかったでしょう。


ぼくも、ショパンは嫌いではありません。
これでもいちおう、ショパンピアノ曲は全部聴いたんです*1
でも、残念ながらほとんどなにも感じませんでした。


英雄ポロネーズPolonaise Op.53 in A flat major "Heroic"」を聴いても、
カレー鍋がぐるぐる回ってる映像しか思い浮かばないし、
24の前奏曲 第七番ニ長調24preludes Op.28-7 in A major」を聴いても、
(ほかの多くの人と同じように)太田胃散しか思い浮かびません。


CDを13枚聴いた結論は
「こういう音楽は自分には縁がない」ということです。
いかにも「クラシック」という感じがして、
聴いていてどうにも違和感があるのです。


いちおう、iTunesで全曲、PCに放り込んであるので、ときどき
ランダムで回ってくるショパンの曲に耳を傾けています。
そのうち、好きになるかもしれません。


しかし、いまのところその気配はありません*2


ショパンの話を情熱的にできるようになれば
きっと女の子にもてるだろうと思うのですが*3
最低でも今後10年は、そういうことにはなりそうもありません。
そうこうしているうちにぼくは立派な中年オヤジです。
若い子に気味悪がられて男としての人生も終わりです。ああ。


まあ、それはさておき。


今回は、たまにはマイナーなピアノ曲でも聴いてみませんか、
というお誘いです。

忘れられた作曲家


フランスにイベールという作曲家がいます。
フルネームはジャック・イベールJacques Ibert
1890年生まれ。1962年没。
ヒトラーAdolf Hitlerド・ゴールCharles De Gaulle、
ホー・チ・ミンHo Chi Minhなどと同世代です*4


エキゾチックなオーケストラ曲「寄港地Escales」(1922)が
有名ですが、一般にはほとんど無名です。
本国以外では忘れられた作曲家といってもいいくらいです。


ちなみに第二次世界大戦中、大日本帝国政府は、
皇紀2600年*5奉祝の式典のために、
ナチスNazis占領下のフランス政府を通して、
このイベールに作曲を委嘱しています。


イベールはそれに応えて
名曲「祝典序曲Overture de fete」(1940)を書きました。
日本にも、まんざら無縁な作曲家ではないのです。
伊福部昭(いふくべ・あきら)が1935年にパリで行われた作曲賞・
チェレプニン賞Tcherepnin Awardを取ったときの
審査員のひとりがこのイベールでした。伊福部昭のもとには、
イベールから届いた手紙が、いまも残されています*6


たとえ日本ではマイナーでも、ラヴェルMaurice Ravel
ルーセルAlbert Roussel、オネゲルArthur Honeggerや
プーランクFrancis Poulenc、ミヨーDarius Milhaudなどとならんで、
近代フランスを代表する作曲家のひとりであることは間違いありません。


彼はオペラから映画音楽まで、幅広いジャンルの
作品を残しましたが、そのなかで、ピアノ独奏曲は
ちょうどCD1枚におさまるくらいの分量です。


今回紹介するCDは、彼のピアノ曲のコンパクトな全集です。
全36曲。1分弱から、長くても4分前後の
小さな曲ばかりが収められています。


小曲だからといって、おもしろさに欠けるものでないことは、
言うまでもありません。


学校で習うような、お勉強っぽい、
いわゆる「クラシック」ではありませんから安心してください。
現代人の自然な感覚にぴったり合う、すてきな音楽なのです。

これが「パリのエスプリ」か


まずは、彼のピアノ曲でもっとも有名な
「物語Histoires」(1922)という組曲を聴いてみてください。


1曲目の「金の亀を使う女La meneuse de tortues d'or」を
聴いたとたんに、きっと魅了されるはずです。


な、なんと繊細な音楽でしょうか
きゅっと、胸がしめつけられるように切ないメロディです。


フランス音楽界の至宝ラヴェルMaurice Ravelの残した
ピアノの名曲に勝るとも劣らない出来です。
たとえば、ラヴェルピアノ曲
クープランの墓Le Tombeau de Couperin」の
第2曲「フーガFugue」や、「マ・メール・ロワMa mere loye」の第1曲
「眠りの森の美女のパヴァーヌPavane de la Belle au bois dormant」
を思わせるような曲調です。


かそけくも凛とした美しさ。そしてこのセンス。
さすがフランスと言いたくなります。


イベールはパリに生まれてパリに没した生粋のパリジャン*7
とうてい、ぼくら出っ歯のアジア人には、こんな音楽は作れません。


「パリのエスプリ」*8というありふれた、しかし実際のところ
意味不明のフレーズがいやでも脳裏に浮かびます。


「物語」には名曲揃い*9ですが、ぼくがほかで好きなのは
第9曲の「水売り女La marchande d'eau fraiche」です。
みなさんも一度聴けば、必ず好みの曲が見つかるはずです。

ピアノ好きにはたまらない


さて、最初に戻って、CDの1曲目から聞いてみましょう。
「スケルツェットScherzetto」の陽気でかわいらしいメロディで、
まず耳が惹き付けられます。
そしてそれにつづく「ロマンティックな小品Piece romantique」は、
文字通りロマンチックな小品です。
この2曲だけで、メロメロになってしまう人は多いでしょう。


そして最後まで、小粋で繊細で陽気な小品が続々と現れるのです。
もう、ピアノ好きにはたまりません*10
古くさいクラシックではありませんし、かといって、
現代の作曲家による甘ったるいだけのピアノ曲とも違います。
気品と親しみやすさが、適度にバランスを保っているのです。


もちろん、中には平凡な作品もありますが、
これだけ気の利いた曲がつづくさまは感動的です。

ショパンだけじゃない!


ナクソス日本語版のオビの惹句*11には、
こう書かれています。


「ちょっとでもピアノをかじったことのある方なら、
弾いてみたくなる曲がすぐにでも見つかることでしょう。」


その通りです。
ぼくも、もしもピアノが弾けたなら、きっとイベールの楽譜を
まっさきに買ってくることでしょう。


どうして、こんな名品がまったくマイナーな存在なのでしょうか。
こりゃまたどういうわけだ、世の中間違っとるよ、と言いたくなります。


世の中には、ショパンモーツァルトじゃなくても、
すてきなピアノ独奏曲があるのです。
とくに、20世紀前半のフランスは名曲の宝庫です。


そうした名曲を聴かずに(あるいは弾かずに)済ませるのは、
あまりにもったいないと思いますよ。


ぜひみなさんも、いちどイベールピアノ曲を聴いてみてください*12


こんな小粋な曲を聴いていても、
女の子にまったくもてないというのが間違っているのです。


ぜひとも「イベールを聴くのがおしゃれ」というような
時代になってほしいものです。(…まさか!!)


(次回はのなか悟空&人間国宝のフリージャズライブのご報告です)

*1:「聴きもしないで偉そうなこと言うな!」と言われたくないからですけど。

*2:ぼくの中では「日本人にはショパンみたいな音楽はわからないのではないのか」という疑念が渦巻いています。

*3:そんなわけないか。

*4:作曲家だと、チェコマルティヌーBohuslav MartinuやロシアのプロコフィエフSergei Prokofievと同世代です

*5:いわゆる「紀元2600年」。

*6:なお、伊福部昭については、過去のレビューをお読みください→id:putchees:20050612 id:putchees:20050611 id:putchees:20050522 id:putchees:20050513 id:putchees:20041224 id:putchees:20041202 id:putchees:20051024 id:putchees:20051026

*7:もっとも、彼はイタリアのローマでの暮らしも長かったのですが。

*8:「フランスのエスプリ」って言うのが一般的でしょうか??

*9:世間では第2曲の「白い小さなろばLe petit ane blanc」が名曲と呼ばれているようです。

*10:「小組曲Petite Suite en quinze images」も、ぐっとくる名曲ばかりです。

*11:名文句が多い。

*12:なんと、このCDは1000円以下ですよ?